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第2章 眠れない騎士アランの憂鬱
3.慰めはケーキのあとで_①
しおりを挟むすぐにでも部屋に連れ込まれるかと思ったけれど、意外にも連れられて来たのは歩いてすぐの喫茶店だった。
本当にお茶に誘われただけ。意識し過ぎた自分が恥ずかしくなるも、必死に平静を装う。
と同時にまだ難関が続いていることに気づいてしまった。
(どうしよう、ベッドのお誘いは? やっぱり自分から誘わなきゃいけない展開に……!)
「ここ、ケーキが美味しくておすすめなんだ。何か苦手なものある?」
問われて咄嗟に首を振る。特にない。はずだ。
アランは「良かった」と笑ってフェリーチェに先を促した。
カランと扉の鈴が鳴り、ごく自然かつ優雅にエスコート。さすが元王族で現騎士見習い。隙がないというのが第一印象。
紅茶の豊な香りと甘い匂いに同時に包まれて、僅かながら緊張が和らいだ。続いて店内の喧噪に僅かに腰をひく。
客は圧倒的に若者が多い。若者というより学生。人気店なのだろう席はほとんど埋まっていた。
リーシェンロッテには王都とは別の魔法学園があるので、おそらくその学園の生徒たちだろう。あとはやはり、騎士団の制服が目立つ。
ちらほらと国外からの観光客も見受けられるけれど、それでもやはり若者に分類されるだろう。
一番奥のテラス席へと案内される。二人掛けながら広めのテーブルに程よい厚みの布張りの椅子。他のテーブルとは適度に距離もあり、優遇席であることが伺える。
店に入ってからも席に着くまでも、アランは店員や顔見知りの客との挨拶にずっと笑顔で応えている。常連客であることは明らかだった。
なんとなく居心地の悪さを覚えるフェリーチェに、向かいの席に座ったアランが穏やかに微笑む。
その余裕な態度になんとなくこちらの気持ちを見透かされていそうで、余計にそわそわと落ち着かなかった。
「王都から離れたって噂は本当だったんだねぇ」
「……ええ。離れたのは、もう半年も前のことですけれど……」
「知ってるよ、なかなか街には来なかったよね? 王都の学園にまだ通ってるの?」
言いながら、メニューを差し出された。きちんと向きを変えて、見やすいように。
その手慣れた様子に内心感心しながらも、目の前のメニューは目を滑るばかりだ。
確かにケーキの種類は豊富だし盛り付けや見た目への気合も感じられる。だけどフェリーチェの内心はそれどころではない。
今日はケーキを食べに来たのではないのだから。
「……いえ、今は……休学中です」
「そっかぁ、兄貴の婚約者じゃなければすぐに声をかけに行ったのになぁ」
おそらくその口ぶりから、フェリーチェへの接触は暗に禁じられていたのだろう。単に世辞の可能性もあるけれど。
第二王子であるベリルとの婚約中は、やはり異性との交友には何かと釘を刺されていたものだ。
それでもなお“ビッチ”を貫いたフェリーチェが、我ながらすごい令嬢なのだと改めて思う。実家を追い出されても仕方ない気がしてきた。
「知らない場所だと何かと不便だったでしょ」
「……そうですね。今はもう、慣れました」
「ていうか今日ほんとにひとりなの? 侍女とか従僕は?」
予想外の出会いと誘いに驚いてまったけれど、“フェリーチェ”は侯爵令嬢。貴族のお嬢さまなのだ。
慣れないとはいえこれまでの記憶を総動員してそれらしい振る舞いを思い出す。
意識すれば自ずと体は動いた。指先にまで貴族令嬢の血が流れているのだこの体には。
そう思うと狼狽えてばかりもいられない。
「残念ながら、どちらもおりませんので」
さりげなく視線であたりを探るアランに、フェリーチェはできる限り渾身の笑みを見せる。
おそらくアランはフェリーチェの今の状況もきちんと把握した上での、この誘いなのだろう。
ひとりです。フリーです。今なら面倒くさい柵もございません。
ちらりとテーブルの上に投げ出されていたアランの手を盗み見る。手でも握れば流石に察してくれるだろうか。
「アラン様の仰っていた通り、傷心の心をこの街の活気に慰めて頂こうと思って」
だからお持ち帰り可能です。
は、流石に言えない。淑女として。
「いいね、気晴らしにはもってこいの街だよ。リーシェンロッテは」
そこまでなんとか話を繋ぎながら、テーブルに置かれていた水のグラスに口をつける。
ほんのりと香る柑橘系の香りに、ほっと胸を撫で下ろす。なんとなく懐かしい香りがした。
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