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第十章
永遠の底②
しおりを挟む身を焦がすような熱と欲は互いの一番弱い部分を曝け出させる。
たぶんそれが一番欲しいのだ。弱くて愛しいその心が。
ぜんぶ欲しいと叫んでいる。手に入れられないものだからこそ焦がれて拗れて求めて止まない。
イリオスが心から何かを求めたのは、後にも先にも一度きりだった。
------------------------------
体の一番熱いところを、一気に最奥まで貫かれる。
その熱さと質量に思わず叫ぶのと同時に達したセレナが息を詰めた。イリオスのものを締め付けながら。
それを感じながら尚、イリオスはゆっくりと引き抜いた腰を再び強引に押し込める。その一番奥を深く抉るのも忘れない。
セレナがびくりと体を震わせながら泣いた。その目元からも繋がった部分からも零れる体液がシーツに染みをいくつも重ねる。夜の湿度が濃く香った。
「ま、まって、いま、イって、る…!」
「知ってるよ、気持ちよさそうに。うねってるね、なか。ここが良いの、セレナ」
「あ…! ゃ、やだ…!」
「ここはぜんぜん嫌がっていないみたいだけれど」
余韻に浸る暇さえ与えられず、また一番弱いところを何度も擦られ抉られる。
電流が脳裏を焼くような、眩暈がするほどの刺激にセレナは戦慄く。
思わず反らせたセレナの背中にイリオスは啄むような口づけを降らせた。
背後から抑え込まれて片手はイリオスの手によってシーツに繋ぎ止められたまま。イリオスのもう片方の手はセレナのお腹の上を押えつけている。
内側がさっきからもうずっとイリオスのものを締め上げてその形すら分かるほど。体だけがただ正直に与えられる快楽に呑み込まれていた。
ようやくお腹の上を離れたイリオスの手が後ろから伸び、セレナの顎を掴んでを自分の方に向けさせる。
イリオスの綺麗な顔が近づいてきて、セレナの開きっぱなしの口の端から零れる涎をその舌先が啜って舐めて取って自分の口内に収める。それだけでまた子宮が痛いくらいに疼いてイリオスを喜ばせる。
本心を見たいと思っていたイリオスの顔がもうそれを隠すことなくセレナの鼻先で強かに笑った。見たかったのはこんな顔だったっけと頭の片隅で思うもすぐに遠くに追いやられる。
舌を絡めたまま腰を打ち付けられて再び快楽へと押し上げられた。駄目だと思うのにまたひとりで。
「あ、また、いっちゃ…、あぁ…!」
「ふ、随分、かわいい声で鳴く」
もう理由も分からない波に翻弄されるままセレナの身体は何度でも高みに放り出されて、再びイリオスから与えられる刺激によって引き戻される。
イリオスがセレナの体に触れるのは初めてのはずなのに、イリオスの手も唇も腰つきもセレナの弱い部分をまるで全部知っているようだった。
いちいちセレナの気持ち良いところ全部を暴いて知らしめるみたいに最果てまで導く。
イリオスはまだ一度も達していない。
おかしい。イリオスの体にある呪いは確実に深い部分でセレナと触れ合っている。それなのにどうして彼はまだそんな余裕顔なのか。
セレナはもうとっくにただ感じて喘いでいかされるだけの状況だというのに。
だけど先ほどまでとは違いイリオスが意図的に欲を抑えている素振りはまるで見られない。
セレナの意識が逸れたその一瞬を諌めるように、イリオスがまた自身をセレナの中に突き立てる。ずくんと子宮に直接叩き付けるみたいなその衝動に眼窩の奥で火花が散った。
「ひ、ぁ…っ」
「考え事なんて、余裕だね」
「ちが、ぅ、んんっ」
「…っ、もう少し、力を抜いて。くいちぎられそう」
「む、り…! 誰の、せい、だと…!」
「…誰のせい?」
余裕顔に唯一滲む汗の雫だけが彼の余熱を物語っている。
だけどその顔から笑みが消えない。消せない、セレナの力では。セレナの体も心も完全にイリオスの手の内だ。
悔しい。自分ばかり。
ふたりの体にはもう同じだけの痣があるはずなのに。
唇を噛んで睨むセレナにイリオスは楽しげに笑った。意地の悪い笑みだと思う。それまでセレナに幾度か見せた笑み。
それなのにイリオスが愛おしそうにセレナの背中に唇を寄せて吸い付いて、赤い痕を幾重にも重ねる。
その行為が矛盾している気がしてセレナの心が追い付かない。
イリオスは目を合わせたままもう一度同じ言葉を口にする。
「誰の、せい…?」
訊いておいてまた強引に口づけられる。言葉を上手く発せられないし答えられない。
わざと流し込む自分の唾液に溺れるセレナをイリオスは眼下で見下ろしていた。呑み込む為に上下するセレナの喉をその指先がゆっくりと撫でる。
その手つきの優しさにセレナは嫌でも胸を焦がして内側を締め付けてしまう。満足そうに目を細めるイリオスを睨みながら。
溢れて零れるセレナのものを今度はイリオスが舐めとって喉に流す。自分の肌を滑るイリオスの、柔らかな金色の髪が心地良い。
温もりも肌もこんなにも自分に馴染むのに、口から出るのは何故かかわいくない台詞ばかり。
たぶんそれまでの行いが悪かったせいだ。イリオスの。
「…っ、いじ、わる、…きらい」
「そう、僕は、好きだけど」
言ってまたぎりぎりのところまで引き抜いた腰を強く捻じ込まれる。
痛みなんてないのにひりつく内側。その要求を解っていて、イリオスはわざと浅い部分だけでの抽挿を繰り返した。
そうして距離をとって暫くすると、セレナが物欲しげに自ら腰を揺らすのだ。
泣きながら喘ぎながら、自分でその欲を満たそうとするのにそれは決して叶わない。
イリオスは目を細めてその光景を見入る。唾と吐息が喉で鳴る。
「ふ、も、ぅ、…イリオス…っ」
「…やっと呼んだ」
呟いて自身を引き抜いたイリオスが、もう自分を支えることも叶わないセレナの腕を掴んで引き寄せ仰向けに組み伏いた。
それからまた口づけてセレナの舌を絡ませたままセレナの脚を持ち上げその内側を押し開く。
受け容れるだけになったセレナの悲鳴がイリオスに呑みこまれる。仰け反るその背中を抱き寄せて汗ばんだ肌がぴったりと重なった。
イリオスは触れたままのその口先で囁いた。
固く瞑った目に彼の心が宿る。誰にも見せないその心が。
「…結局、抱いてしまうなら…もっとはやく、僕のものにしてしまえば、良かった」
強く抱き締められていてその表情は見えない。
揺蕩う意識があまりに遠く投げ出されてしまい握っていたはずの指先の感覚すら曖昧だ。
ただイリオスの言葉に耳を澄ませる。
「傷つけてしまうくらいならいっそ、あの時僕が、殺してあげれば良かった」
更に力を込めたその腕の強さにセレナは顔を顰めた。痛いけれどとても振り払えない。その腕が今初めて縋り付くように心を零して泣いていたから。
本当に泣いていたかは分からない。だけどずっとひとりで抱えて傷ついてきたその心にようやく触れられた気がした。
そっとその背に腕を回す。汗ばんだ肌と広い背中。手の平越しに伝わる体温。
体の一番奥深くで繋がったままふたりじっと世界を閉ざす。
波がゆっくりとひいていって、呼吸も鼓動も重なって、まるでここにはひとりだけしかいないみたいだと思った。
遠い昔にもそんなことを、願っていたことを思い出した。
「なら、今度こそ…イリオスが、そうして。わたしを殺して」
そっと呟いたセレナの言葉にイリオスが目を瞠り体を起こそうとする。
だけどそれを拒むようにセレナの回されていた腕に力が篭り、セレナがそれをどんな顔で言ったのかイリオスには見えなかった。
「この先もしも、わたしがわたしじゃなくなったら…わたしを殺して、イリオスが。きっとイリオスにしか頼めない。あなた達がどんなにこの国を、恨んでも憎んでも…わたしはこの国が好きだよ。もう一度わたしに生きる道を与えてくれた」
どうしてそんな事を口にしたのか自分でもよく分からない。もう思考が正常に働いていない。
そんな事を今伝えるべきではないと解っていた。だけど。
――そうだ、エレナ。
あの日出会いほんの僅かな時間に交わした言葉がふと脳裏を過ったのだ。
この王国の5人の王子さま。知っているかと訊かれて上手く答えられなかった。自分の正体を明かすわけにはいかなかったから。
あれ、でもどうして。エレナと会ったのはノヴァの存在が公に明かされる前だった。
どうしてエレナは王子が5人だと知っていたのだろう。
エレナは5人を知っていると言っていた。だからきっと身分の高い人なのかもしれないと思った。
どこかの国のお姫さまか貴族のご令嬢。エレナはまさにそんな風貌だった。醸し出すその雰囲気も話し方も。
その細い指が自分の手をきつく握りしめて躊躇いがちにセレナにそれを訊いた。
――『もしも、たったひとりを選ぶとしたら。誰に命を預けられますか…?』
夜の庭で出会ってからずっと何かに怯えていたエレナのその心が少しずつ平静を取り戻していく中で、ものすごく神妙な顔でそれを訊かれた。
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誰かに聞いてほしい気分なだけなんです、と。だからその場での答えをエレナは求めているわけではなかったらしい。
――『“聖女”はそのひとりの為に国を滅ぼすと…そういう伝承が、あるそうなんです』
あの時エレナの口から出た“聖女”は、民衆に愛され国に迎えられた“表の聖女”のことだと疑わなかった。
聖女とは誰のことだったんだろう。きっとわたしのことではないはずだ。わたしにできることは唯一つだけ。
――『この国は今窮地に立たされています。だから、セレナ。もしも貴女の中にそれを望む気持ちが浮かんだ時…それを口にする相手はひとりだけ。ただひとり選んで、伝えてください。何も言えない私の代わりに』
選んだつもりはなかったけれど、きっとこれは必然だった。
誰かが胸の内側で傲慢だねと囁いた。その言葉にそうかもしれないと返す自分はやけに遠かった。
――『愛を選んだ者だけがこの国を救える…愛を、疑わないで』
その意味も意図もすべてを拾うことはできなかった。そこで会話は途切れてそれ以来エレナに会うことはできていない。
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だけど自分の身の内の呪いが完成してしまえば、そのが成就してしまえば――現国王を失った国はどうなるのだろう。
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流石に、それは、嫌だな。
世界を救う聖女になりたいわけではないけれど、悪役にもなりたくない。
守りたいひとが居るのだ。ここはもうわたしの国。
「わたしが誰かを傷つける前に…殺してね、イリオス。そうしたら全部、あなたのものだよ」
視界が真っ黒に染められて、自分がかたく目を瞑っていただけだと気付いた時にはもう、イリオスのものが自分の内でいっそう硬く膨れ上がった後だった。
あぁ、と漏れる声。多分また何度か達している。だけど記憶が追い付かない。
その首元に縋って振り落されないようにするのに必死だった。
奪われるようにキスをして舌をねじこまれてまた締め上げる。イリオスの性急な腰つきと初めて見せた余裕のない表情がようやく終わりを物語っていた。
「…ッ、は、セレナ……っ」
イリオスが名前を呼んで、一瞬引き抜こうとするその腰をセレナが咄嗟に脚で抑えてそれを拒んだ。
目の前のイリオスの顔が哀しそうに歪められる。セレナはたぶんそれに笑っていた。
振り切るように頭を振り、イリオスの顔がまたセレナの唇に戻ってくる。
ぎゅうっと腕も脚もすべて使って、イリオスの体にしがみついた。離さないでと願いながら。
そうして吐き出された最後の熱。
その名前を言葉にできていたかは分からない。
お腹のずっとずっと奥で吐き出される熱に、セレナは無意識に自分の手の平を寄せていた。
ぴくりとセレナの内でイリオスのものが撥ねる。うねる内側は最後までそれを逃さない。
それを確かめてセレナはゆっくりと意識を手離した。
永遠にも底はあるのだと感じながら。
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