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カウント5◇すべて吹き飛ぶ前に跳べ

2:記憶の持ち主

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 ◇ ◆ ◇


 〇月×日 00:00
 ――…Congratulation!
 なんて言ったらユリは起こるかな。
 ユリはまだそこまでカンタンに、気持ちを切り替えられないかもしれない。
 だけどきっと今日は、おめでたい日なんだよ! 
 キミは今日、新しいキミに生まれ変わったんだ。ユリの可能性も未来も、全部これからだ。
 なかなか日本に戻れないけれど、ボクはいつもキミの味方だ。必ずキミに希望を届ける。
 カリフォルニアの風が、キミの背中を押してくれるよう
 大丈夫、ずっと一緒だ――



 そこに映っていたのは、自分よりも幾分か幼い少年だった。
 少しだけ古い自撮りの映像の彼の顔は、少しの哀しさとそれでも希望に満ちていた。
 揺るぎない信念と未来。
 その先に岩本ゆりがいた。

 物的証拠品としてひとつのipodがシラセの手に届いたのはつい昨日だった。
 三人目の殺害現場に落ちていたそれは当初被害者の物と思われていたが、所持品判別の際に家族にそれが否定された。
 念のため友人知人に裏付けをした結果、それは犯人の落としていったものである可能性が高まった。

 だけどここまで見事に証拠を残さず犯行に及んできた緻密な計画犯だ。わざと現場に残していった可能性もあったけれど、ipodは古いもので既に壊れていて、中身の確認はできなかった。

 シラセは三人目の犯行に、犯人の焦りを感じていたという。ここにきて犯人のボロが出たのだという可能性も十分に考えられた。

 あたしの出番だと思った。

 これで犯人の身元や所在が分かるかもしれない。シラセからのメールで自分が戻るまで安易に視るなと止められたけれど無視した。初めてシラセの許可を得ず、シラセの監視外でこの力を使った。

 時間の猶予は無い。なぜなら岩本ゆりの命日は明日なのだ。
 犯人が最後に何かを成し遂げようとするなら、今まさに動いているはず。更なる犠牲者が出るかもしれない。
 シラセの勘の通りもっとひどいことが起こるかもしれない。犯人はもう、三人も殺している。

 彼を突き動かすものは復讐の完遂だ。その心を思わずにはいられなかった。情報を得るなら一刻を争う。
 だからあたしは初めてシラセに逆らって、ひとりでipodの過去を視ることにしたのだ。

 情報は多い方が良い。できる限り正確に、視れる限りの過去に遡りたい。
 だけどそこで終わってまた意識を飛ばしては、今までと何も変わらない。
 それこそ無能もいいところだ。
 情報を伝えること。それがあたしの役割。

 大丈夫。練習した。
 アドバイスをもらう前と今とでは、違うはず。できるはずだ。
 意を決してあたしは、目を瞑った。
 胸の内でカウントを刻んで。


 ――ipodの本当の持ち主は、岩本ゆりだった。

 そこには彼女の好きな音楽の他に、たくさんの動画が入っている。
 それは岩本ゆりに宛てた恋人からのビデオレターのようなもので、彼女の誕生日やクリスマスやふたりの思い出の日を、サプライズのようにしたためられたものだった。
 彼女と恋人は幼少の頃からの付合いらしい。一番古い映像にはまだ小学生ぐらいのあどけない少年の姿がそこにあった。

 彼はその頃に海外に移り住んだらしく、それ以降も岩本ゆりとの関係をインターネットを通じて継続させてきた。
 メールだけでなくライブチャットを通じふたりは遠く離れていながらも幼なじみの関係を深め、そしてその先にまで進展させた。
 パソコンに送られてきたその動画をipodに入れ、彼女はそれを持ち歩いていた。
 そこに映る大切な幼なじみであり恋人の顔と声に何度も励まされながら、最後の最後まで。

 岩本ゆりが最期に見た映像は、画面下の日付から今から約二年ほど前の映像だった。
 希望に溢れる恋人の笑顔をみながら岩本ゆりが最期に何を思ったのかは、そこに残っていない。
 だけど少なくとも同じような希望を抱けなかったことだけは確かだった。

 そして岩本ゆりのipodは、持ち主を変えた。
 岩本ゆりの親族の手を経て、岩本ゆりの恋人――川津雄二の手に渡ったのだ。

 その頃ipodは自身の機能を果たしていなかった。だけど川津は肌身離さずそれを持ち歩いていたお陰で周囲の情報も視ることができた。
 ipodの傍に置かれたPCに映し出される内容。
 岩本ゆりの通っていた中学の情報、セキュリティ、見取り図……当時の新聞記事、教員名簿、爆弾の設計図、設定される日時――
 それは途切れ途切れではあったけれど川津雄二の画策する計画を象るものだった。



 ◇ ◆ ◇



 月明かりで目を覚ますなんて初めての経験だ。それくらいに月の明るい夜だった。
 痛むのは胸か頭か。ただ後悔だけが胸を占めていた。

「――やぁ、起きた?」

 すぐ傍からやけに明るい声が聞こえる。
 あたしは自分の状況が呑み込めず、ぼうっとする頭であたりを見渡す。
 パソコンの人工的な明かりとキーボードを打つ音。
 そこに先ほどの声の主がいた。

「やっぱりキミ、警察の差し金だったんだね。計画が少し狂いそうだ。参ったなぁ」

 ちっとも参ってないような声音で彼は言う。
 キーボードを打つ手を止め体ごとこちらに振り返るその姿は、初対面に違いないけれど見覚えのあるものだった。

「あ、んたが……川津、雄二……?」
「そうだよ、よく辿り着いたね。ユリのパソコンやネットワーク上の痕跡は消しておいたし、おばさん達も快く口止めされてくれたのに」

 そこにいたのはipodで視た川津の最後の映像より少しだけ成長した少年だった。
 岩本ゆりはipodに2年前のあの映像以降の映像を入れてなかったので、この顔は初めてになる。

 岸田篤人や藤島逸可と同じくらいの年ごろに見えるけれど、実際そうなのだ。
 あたしとほとんど年の変わらない、ただの高校生。
 三人も殺した殺人犯には見えなかった。


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