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カウント4◆未来からの手紙

1:タイムリープ実験

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「タイムリープ?」

 翌日、昼休み。いつもの場所にて。
 目の前の逸可の口から出た単語を僕は改めて復唱する。
 アニメ映画のヒロインが高台から勢いよく飛び込んでいく映像が脳裏を過ぎった。

「昨日の推測の呼称だ。あくまでまだ憶測の域を出ないけどな」

 すっかり指定位置となったソファで長い手足を投げ出した逸可は相変わらず不機嫌そうだ。
 もはやその顔がデフォルトとしか思えない。
 逸可自身その推測にまだ納得してないのだろう。
 でもそれは僕も同じだった。
 昨日はあの後砂月が白瀬さんに呼び出されて帰ったので、いったんその場は解散したものの、あの後ずっと考えていた。
 考えざるを得なかった。
 〝時空ときを跳び越える〟ということの意味を。

「だけどあいつも言ってた通り、〝非現実〟ではない。〝不可能〟でもない。俺たちが一番よく知ってる」

 確かにそうだろう。
 未来を視、過去を視、そして時を止める。
 ある意味それだって十分禁忌の領域ではないか。

「今日あいつは?」
「砂月? 今日もまだ来てないんだよね」

 砂月は今日も朝から教室には来なかった。もしかしたらまたここにいるのかもしれないと思ったけれど、お昼休みになってここに来た時にいたのは逸可ひとりだけだった。
 昼休みはもう半分終わる。今日も休みなのかもしれない。

 もしくは事件が何か進展したのか。

「じゃあいつは抜きでいーや。もとより俺自身で試す気だったし」
「? なにが?」
「ぐだぐだ考えるより、確かめてみた方がはやい」
「え?」
「試してみるんだよ。お前が本当に、跳べるのかどうか」

 唸るように言った逸可の目は本気だった。
 僕の意見も戸惑いもまるで受け付けていない。

「俺はあいつと違ってある程度の精度で未来の地点を絞り込める。座標は大きい方がいいし固定した場所がいい。この場所を使う」
「ちょ、逸可」
「時間は一週間後ぐらいを想定。明日でもいいけど近すぎる未来ほど変化しやすいからある程度時間を空ける」
「僕まだなんの準備も覚悟もできてないんだけど」
「一週間後、お前も俺もおそらくここにいるはずだ。少なくとも俺はいるようにする。お前は一週間後のこの場所に跳んで、証拠となる〝物〟を持って帰ってくる。ただし、昨日も言ってた通り〝予定外の干渉〟ってのも充分にあり得る。気をつけろよ」

 僕の言葉は全く聞く耳ないらしい。
 逸可は僕の方を見ようとすらせず、段取りを確かめるよう為だけに口にしていように思えた。
 だけど流石に今聞き捨てならない内容があった気がする。

「まってそれって僕どうなるわけ、その予定外の干渉ってのが起こった場合」
「さぁな。それが〝タイムリープ〟っていう産物かもしんねーし、もしかしたら全く違うことが起こるかもしれない。ヘタしたらもうここへは戻ってこられないかもな」
「……えぇっ?!」
「俺たちみたいに〝視るだけ〟ではなく身体そのものが時空ときを越えるっていうことは、その瞬間その時空ときに同じ人間がふたり存在することになる。そんなことが、あり得るのか。もうそこから先は俺には想定できねぇ未知の領域だ。時間に干渉するっていうのは、そういうことだ。成功すればお前は未来のお前と対面することになる。なかなか出来ない体験だ、良かったな」

 ……もはや頭がついていかない。

 時空ときを越えて……未来の僕に会う?

 もしそんなことができるとしたら。

「……でも、この前のが仮にその、タイムリープだったとしても……僕が見たのはほんの一瞬だったよ?」
「そのへんも含めて確認するんだよ。面白いことにお前の場合、リミットがある。六秒間だ。もしかしたら跳べるのはその範囲内じゃないかと俺は想定してる。だから六秒が過ぎればお前はここに引き戻されるし、そこまで大きな干渉でもないんじゃねーか」

 ――六秒間。
 今までなんの役にも立たなかった、止まった世界が……動き出すのだとしたら。

「……わかった、やる」

 僕の返答に逸可は何も答えない。もとよりそれ以外の返事を許していないのだ。
 逸可自身もはっきりさせたいのだろう、この一見バカげた推論の終着点を。
 逸可が静かにメガネを外す。最初に会った時の逸可の顔がそこにあった。

「たぶんトリガーは〝接触〟だ。この前の階段から落ちた時みたいな。視るのにも未来の地点を固定するのにも少し調整がいる。俺が、お前の手を掴んだら合図だ。カウントしろ」

 それは時を止めろの合図。いつもの無意識のカウントダウン。
 逸可は自分勝手に突っ走っているようにみえて、いろんなものをしっかり見たり聞いたりしてきちんと自分の中に呑み込んでいる。
 だからきっと。
 砂月をほっとけなくなったんだろう。本人は絶対に認めないだろうけど。

「わかった」

 どくりと小さく鼓動が鳴る。こんな気持ちは初めてだ。
 心の準備さえも許されない。だけどいっそその方が良いのかも。
 決断の時はいつも、突然なんの前触れもなく残酷に、目の前に突き付けられるものだから。

「……先に言っとくけど……想定外のところに落ちても、文句言うなよ」
「へ……」

 言った逸可はぱちりと目を瞑った。
 そうしたらもう僕には話しかけることは憚られ、ひとり戸惑うことしかできない。

 ちょっと待ってそれってどうなるの僕。

 狼狽える僕を置いて逸可は未来を手繰り寄せている。
 数秒か数十秒かもわからない、その時だった。

 逸可の伸ばした手が僕の手首を掴んだ、その瞬間。
 無意識の内にそれは、僕と僕のすべてを呑み込んでいた。

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