ぐるりぐるりと

安田 景壹

文字の大きさ
上 下
96 / 100
第五章

影の中で 15

しおりを挟む
 曇天の空が、宮瑠璃市を覆っている。
 静星乙羽は、怪物特有のスピードでハサミ女を連れ、伊瑠々川の川岸にやってきた。周囲には誰もいない。儀式にはうってつけだ。
「千恵里を下ろせ」
 三原稲に憑りついたハサミ女に命じる。霊体となった少女が乱暴に放り投げられる。静星は、そんな事は意にも介さず千恵里の傍まで歩み寄る。
「よくもまあ、今日まで現世に留まっていたものだね。千恵里ちゃん」
 怯えてレインコートのフードを深く被った少女は何も答えなかった。言葉の意味が理解出来ていないのだろう。理解出来ていなかったからこそ、今日までこうしていられたとも言えるが。
「さあ、千恵里ちゃん。お役目を果たしてね」
 静星は優しくレインコートの上から千恵里の頭を撫で付ける。千恵里は震えたままだ。静星の中に苛立ちが湧いた。
 ――こいつ、まだ生きているつもりでいやがる。
「思い出せ。真実を」
 震える少女に、静星は耳打ちする。
「思い出せ。痛みを。恐怖を。あの瞬間を」
 言葉の一つ一つに呪詛が込められている。ゆっくりと、少女が真実から目を背けるためにかけたヴェールを剥がすように、静星は彼女を呪う。
「カッ、カッ、カッ、カッ」
 ハサミ女が好きな、ハサミを打ち鳴らす音を口真似してやる。
 少女の震えが、いっそう激しくなる。
「…………さみ」
 少女が、何かを言った。
「はさみはさみはさみはさみはさみはさみはさみ!」
「そう、そうだ。ハサミだよ。お前はそれで何をされたんだ?」
 静星は静かに囁いた。
「お前は、殺されたんだよ。十年前に、ね」
 震える少女が、ぴたりと止まる。
 ひどく傷つけられた顔が、静星を見る。静星はただ微笑むだけだ。
 少女の視線が、自分自身の手に落とされる。
 切り傷だらけの、痛ましい両手。静星は、己の呪詛が成った事を確信した。
 雨が降り出した川岸に、少女の絶叫が木霊する。
「ほう、ほう、ほたるこい。あっちのみずはにがいぞ。こっちのみずはあまいぞ」
 静星は童謡を口ずさむ。絶叫する少女の霊を、ハサミ女が頭から飲み込んでいく。
 これで呪われた霊魂が三つ揃った。予定よりも触媒の数が少ないが、まあ問題はない。
「掛けまくも畏き伊瑠々弥無伽主の大前に畏み畏みも白さく――」
 静星が呪詛として作り上げた呪文を唱える。ハサミ女がハサミを地面に突き立て、伊瑠々川へと入っていく。この儀式に呼応して、街中に仕掛けられた呪いの断片が次々と発動する。この日のために、あちこちで我留羅を呼び覚まし、街を不安定にしておいたのだ。
 川の水にハサミ女が足をつける。すると、川の水に溶けるように、ハサミ女の足が見えなくなっていく。見上げれば空が、血のように赤く染まっていた。ハサミ女はすでに、頭が川の中へと消えていくところである。
 伊瑠々川が、真っ赤に染まる。血の如き赤に。
「さあ、お待ちかねの時間だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ
キャラ文芸
 この人だけはあり得ない!そう思っていたのに………。いつも私を振り回す〝普通〟の感情が分からない男。数々のトラブルを乗り越えた先に待っていたのは?笑いあり、怒りあり、涙ありの、ちょっとだけダークなストーリー。恋愛はもちろん、兄妹愛、師弟愛、親子愛、たくさんの愛が詰まってます!読み返しててギョッ……私ってば、どんだけ悲劇のヒロイン!? ※内容は全てフィクションです。 ※「小説家になろう」でも公開中ですが、こちらは加筆・修正を加えています。 ※こちらは続編がございます。別タイトルとなっておりますのでご注意ください。

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

【2章完結】あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

エドワード・マイヤーの事件録

櫻井 理人
キャラ文芸
 19世紀末、大英帝国・首都ロンドン。  伯爵家の次男であるエドワード・マイヤーは、ロンドン市内で勤務する大学教授。彼がいつものように大学へ向かっていると、雨の中こうもり傘をさして歩く東洋人の男を目撃する。  男の名は、夏目総十郎(なつめ・そうじゅうろう)。彼は法律学を学ぶため日本から渡英した留学生で、エドワードの教え子となる人物である。  大学では教授と生徒の間柄の2人だが、同い年という偶然も相まって、少しずつ絆を深めていく。   第1部 ロンドンの切り裂き魔(第1幕~第3幕)  夜中に女性が何者かに殺害され、翌朝の新聞で大きく取り上げられる。ロンドン市内では連続殺人事件が発生しており、人々の多くは関心を持っていた。  エドワードはその日の夜、パブへ寄った帰り道に新たな事件の現場を目撃する。  現場へ急行したロンドン警視庁の警官たちは、巷を騒がせている連続殺人事件と同一犯によるものと考えていたが、依然その足取りを掴むことが出来ずに悩まされていた。 そこで、エドワードの動体視力の良さや推理力に目をつけた警察は、彼に捜査の協力を依頼することにした。悩みながらもこれを受け入れたエドワードは、夏目とともに事件を解決に導こうと奔走する。   第2部 受け継がれし野望(第4幕~第5幕)  ロンドン市内で発生した連続殺人事件から約3か月、王室より舞踏会の招待状が届いた。  時期を同じくして、レッド・ダイヤモンドの盗難事件が発生する。事件のあった宝石店から続く穴を頼りに捜査に乗り出す警察。  その日の夜、ロンドン警視庁の警部と首相がマイヤー家を訪れた。レッド・ダイヤモンドの奪還と、舞踏会を滞りなく終わらせられるよう、エドワードに依頼する。  エドワードは、連続殺人事件との関連も視野に入れ、夏目とともに再び捜査に協力することにした。

おとなのための保育所

あーる
BL
逆トイレトレーニングをしながらそこの先生になるために学ぶところ。 見た目はおとな 排泄は赤ちゃん(お漏らししたら泣いちゃう)

本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~

扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。 (雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。 そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう ※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

処理中です...