ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第五章

影の中で 11

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「ゲートを開けるつもり?」
 那美が静かに問う。
「そうだよ、先輩。周りを見ればわかるだろうけど、どうやらわたしたちは今なお異層転移の真っただ中にいるらしい。つまり厳密に言えば、わたしたちはまだ、あだむの世界にたどり着いていない」
「……あだむの世界にたどり着いていない以上、私たちはこの世界の時間の流れの中にいない」
 何かを理解したかのように、那美があとを引き取る。
「ごめん……えっと、つまりどういう事?」
「今の私たちは、十二時間で半年が経過する時間の中にはいない。ゲートを使って元の世界に戻っても、十年も経っているという事にはならないはず。せいぜい数分か、数十分ってところだと思う」
「そういう事」
 静星がリングを構える。
 同時に、那美がリボルバーの銃口を静星に向ける。
「先輩らも実感しているでしょう。この異層転移を維持するために、わたしらの魔力と呪力はほとんど使われてしまっている。このままじゃ変身も出来ないし、自力でゲートも開けない。今、用意出来たこいつ以外はね」
「あなたはそれで帰るつもり?」
 冷静に、那美は問う。静星は余裕の笑みを浮かべていた。
「もちろん。呪力で出来たゲートは生身の人間には通れない。例の巫女装束や、包帯がなきゃね。でも九宇時先輩は巫女さんに変身出来ないし、穂結先輩にはビデオがない」
 静星は、ビデオを振ってみせた。
「ゲートは通る。ビデオは奪い返す」
 照準をぶらさず、那美は鷹のように鋭い目で言った。
「穂結君が」
「え!? ああ、うん。まあそうだよね……俺のビデオだし」
 煌津のリアクションには構わず、那美は円を描くように移動する。地面に落ちたノートは、三人それぞれの位置から見て、ほとんど均等な距離にある。那美が煌津から離れたのは、静星の標的を二つに分けるためだ。
 天羽々斬は、ノートの少し奥。静星の側に刺さっている。まずはあの剣を回収しなければ、煌津に武器はない。
 急がなければならない事に変わりはない。稲が攫われ、ハサミ女は千恵里の元へと向かっている。一刻も早く、元の世界に帰らなければ。
「あー……先輩らと遊ぶのもこれで最後にしたいんだ。これから忙しくなるんだし」
 くるくると静星はリングを回し、
「とっとと降参してよね!」
 静星の指からリングが飛ぶ。狙いは那美だ。だが、呪力がない以上、あれはただの回転する刃物も同然だ。素早く那美は身を翻して躱す。その間に、煌津は天羽々斬を地面から抜き取る。
「ふん」
 静星が笑う。同時に、遠くまで飛んでいったはずのリングが、物凄いスピードで戻ってくる。狙いは、煌津だ。剣を抜きざま、煌津はリングを弾き飛ばす。空中で一回転したリングは、しかし自分の意志を持つかのように、連続して煌津に突っ込んでくる。
「変身出来ないって!」
「呪力がなくなったとは言っていない!」
 静星が那美に殴りかかる。拳銃を持つ手を狙って蹴りを放つが、那美はそれを優雅にも見える動作で躱していく。銃で静星を狙うものの、お互い動いているせいで狙いが付けづらい。
「はあっ!」
「ふっ!」
 拳銃を持ったままで、次々と打撃を繰り出す那美と、余裕の表情でそれに応戦する静星。手に持った煌津のビデオで那美の頭を狙うが、那美はリボルバーでビデオを相打つ。そのまま胴体に一撃、さらに膝蹴り。静星の手首を狙い、ビデオを叩き落とす。
「穂結君!」
 地面に落ちそうになったビデオをキャッチし、那美は煌津に向かってそれを投げる。リングの猛攻を防いで煌津は、那美の声に反応して強めにリングを叩きつけると振り返り、飛んできたビデオを何とかキャッチした。
「先に行って! 私はこいつを片付けてから行く!」
 ――一瞬、もたげかけた迷いを煌津は心の中で一蹴した。今は、それしかない。
「わかった。必ずあとで!」
「サターン・リング! 逃がすな、やれ!」
 静星が怒鳴る。サターン・リングが空気を切り裂いて煌津に接近する。ゲートは呪力を弾けさせ、バチバチと鳴っている。
「急いで!」
 那美の声に後押しされ、煌津は呪力ゲートの中へと飛び込んだ。
「病院を思い描いて! 千恵里ちゃんの元へ行くの!」
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