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第四章
ハサミ女 20
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「俺は、九宇時じゃない……」
三原稲の目は常軌を逸していた。瞳はこちらを見ているはずなのに、見えているのは現実ではないのだ。長い前髪を掻き上げ、いや、ぐしゃぐしゃに握り潰して、三原稲は早口になる。
「九宇時君が死んじゃったって聞いた時、ボク、すごい悲しかった。ボクね。ずっとボクに優しくしてくれる九宇時君の事が好きだったんだ。だから、本当に、死んだって聞いた時はどいつもこいつも皆殺しにしてやりたくて――!」
あとはもう言葉にならない叫び声が、三原稲の喉から漏れた。
「九宇時君はもう戦わなくていいんだよ。この子が全部殺してくれるから。もうちょっとなんだ。もうちょっと呪力が集まればこんな街の奴ら皆殺しに――」
「させるか、そんな事!」
右手から絡み付く包帯を射出。ハサミ女が複数の腕を出して切り刻もうと体勢を取る。その瞬間、煌津は左手から包帯を射出させ、アタッシェケースを包帯で掴み取るや、ハサミ女に向かって投げつける。アタッシェケースが壊れ、ハサミ女が壁にぶつかり、砕けた壁が埃を立てる。三原稲はすかさず後ろに下がっていた。
アタッシェケースの中身がくるくると回って、煌津の足元に突き刺さる。
聞いていた通り、剣だ。十握剣《天羽々斬》。だが『十握』というほど長くはない。十握とは握り拳十個分の意味だが、この剣の柄はせいぜいニ十センチ程度。刀身も六十センチない程度だ。翡翠のような緑色で柄頭は丸い輪になっており、柄は滑り止めの布が巻いてある。肝心の刀身は両刃だった。
「ハサミ女!」
三原稲が叫んだ。黒い影が壁から飛び出して突っ込んでくる。煌津はすかさず剣を床から引き抜いた。教習用ビデオの中には、剣の訓練もあった。
ガキン! 複数の刃物が打ち合う。だが、小さなハサミやカッターと、一振りの剣とでは比べるまでもない。
「おぁっ!」
剣撃の衝撃を殺さず、ハサミ女は壁から壁へと跳躍して煌津から距離を取る。狙いはすぐにわかった。ハサミ女の手が天井に刺さったままの大きなハサミを抜き取り、空中で前転して煌津へ斬りかかってくる。
「ぐっ!」
ガン! ガン! と天羽々斬とハサミが打ち合う。煌津は胴体を狙って斬りつけるが、ハサミ女は
攻撃を読んでいるかのように防御し、斬り返してくる。
「だったら!」
全力で素早く剣を振るい、煌津は階段の下のほうへハサミ女を押し込んでいく。【早送り】は迂闊に使えない。この姿では自制が利き辛いのだ。テープの残量を早々と消費してしまうのは避けなければならない。
「ハサミ女! いつもの動きをしていいよ! 九宇時君を戦いから解放してあげよう!」
……いつもの動きって何?
疑念の答えは黒い影の動きにあった。階段を破壊しながら跳躍し、目にも止まらぬスピードでハサミ女が攻めてくる。もはや斬られているのか殴られているのか蹴られているのかさえわからないほどのスピードだ。
「ぐはっ!」
壁に打ち付けられ黒マスク越しに血を吐く。思わずマスクを外して捨てる。三原家の中は、もはやどこもかしこも壊れていたが、住人の三原稲は気にした様子もない。
ハサミ女がやってくる。大きなハサミを携えて。
立たなければ。しかし全身が裂けそうなくらいの筋肉痛だ。頭も体も攻撃され過ぎてそこら中が痛い。
「九宇時君、大丈夫? もうすぐ苦しいの、終わるからね」
三原稲が心配そうに顔を覗き込んでくる。出会って数分だが、煌津はこの女性が嫌いになりそうだった。
「ハサミ女。首を落として。それで絶対に生き返らないよ」
ハサミ女がハサミを開く。やばい。駄目だ。早送りで逃げないと。でも、ここで逃げたら那美は?
――ブゥーン、ブゥーン。
何かが、床で振動している。
バイブ音でわかる。あれは煌津のスマホだ。電話がかかってきている。こんな時に。ハサミ女の動きは電話ごときでは止まらない。開いたハサミが煌津の首根っこに迫る。
――ザ、ザ、ザ。
雑音がした。
電話に出たのだ。煌津のスマホが。操作なんてしていないのに。
『あ、もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今、住宅街の中にいます』
ブチ、と電話が切られる。
「嘘……何で……」
愕然とした声を出したのは、三原稲だった。何故か青ざめた顔で、床に落ちた煌津のスマホを見つめている。
「ハサミ女! 待って!」
三原稲の声に、ハサミ女が動きを止める。
――ブゥーン、ブゥーン。
また、着信だ。数度振動して、それから、また勝手にスマホが電話に出る。
『もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今、家の前にいます』
明るい口調だが、まるで機械めいた声だった。
……家の前? どこの?
「何で……乙羽ちゃんが、こんな時に」
三原稲の怯えたような声が聞こえる。家の中に静寂が戻っていた。
ガチャガチャ、と階下でドアが開いたような音がする。
階段が軋む音がする。誰かが下から上がってくる。
そんなに長い階段ではない。見え辛いわけでもない。でも音がするのに、誰が上がってくるのかがわからない。
――ブゥーン、ブゥーン。
三度、スマホが震える。床でずっと振動し続ける。
ザ、ザ、ザ、と。また雑音がした。
『もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今――』
階段を上る足音は止んでいる。
背中に怖気が走る。誰かが、倒れた煌津の肩に触れる。指が、顔まで登ってくる。氷のように冷たい指が。
「――あなたの後ろにいるの」
静星乙羽が、煌津にそう耳打ちした。
三原稲の目は常軌を逸していた。瞳はこちらを見ているはずなのに、見えているのは現実ではないのだ。長い前髪を掻き上げ、いや、ぐしゃぐしゃに握り潰して、三原稲は早口になる。
「九宇時君が死んじゃったって聞いた時、ボク、すごい悲しかった。ボクね。ずっとボクに優しくしてくれる九宇時君の事が好きだったんだ。だから、本当に、死んだって聞いた時はどいつもこいつも皆殺しにしてやりたくて――!」
あとはもう言葉にならない叫び声が、三原稲の喉から漏れた。
「九宇時君はもう戦わなくていいんだよ。この子が全部殺してくれるから。もうちょっとなんだ。もうちょっと呪力が集まればこんな街の奴ら皆殺しに――」
「させるか、そんな事!」
右手から絡み付く包帯を射出。ハサミ女が複数の腕を出して切り刻もうと体勢を取る。その瞬間、煌津は左手から包帯を射出させ、アタッシェケースを包帯で掴み取るや、ハサミ女に向かって投げつける。アタッシェケースが壊れ、ハサミ女が壁にぶつかり、砕けた壁が埃を立てる。三原稲はすかさず後ろに下がっていた。
アタッシェケースの中身がくるくると回って、煌津の足元に突き刺さる。
聞いていた通り、剣だ。十握剣《天羽々斬》。だが『十握』というほど長くはない。十握とは握り拳十個分の意味だが、この剣の柄はせいぜいニ十センチ程度。刀身も六十センチない程度だ。翡翠のような緑色で柄頭は丸い輪になっており、柄は滑り止めの布が巻いてある。肝心の刀身は両刃だった。
「ハサミ女!」
三原稲が叫んだ。黒い影が壁から飛び出して突っ込んでくる。煌津はすかさず剣を床から引き抜いた。教習用ビデオの中には、剣の訓練もあった。
ガキン! 複数の刃物が打ち合う。だが、小さなハサミやカッターと、一振りの剣とでは比べるまでもない。
「おぁっ!」
剣撃の衝撃を殺さず、ハサミ女は壁から壁へと跳躍して煌津から距離を取る。狙いはすぐにわかった。ハサミ女の手が天井に刺さったままの大きなハサミを抜き取り、空中で前転して煌津へ斬りかかってくる。
「ぐっ!」
ガン! ガン! と天羽々斬とハサミが打ち合う。煌津は胴体を狙って斬りつけるが、ハサミ女は
攻撃を読んでいるかのように防御し、斬り返してくる。
「だったら!」
全力で素早く剣を振るい、煌津は階段の下のほうへハサミ女を押し込んでいく。【早送り】は迂闊に使えない。この姿では自制が利き辛いのだ。テープの残量を早々と消費してしまうのは避けなければならない。
「ハサミ女! いつもの動きをしていいよ! 九宇時君を戦いから解放してあげよう!」
……いつもの動きって何?
疑念の答えは黒い影の動きにあった。階段を破壊しながら跳躍し、目にも止まらぬスピードでハサミ女が攻めてくる。もはや斬られているのか殴られているのか蹴られているのかさえわからないほどのスピードだ。
「ぐはっ!」
壁に打ち付けられ黒マスク越しに血を吐く。思わずマスクを外して捨てる。三原家の中は、もはやどこもかしこも壊れていたが、住人の三原稲は気にした様子もない。
ハサミ女がやってくる。大きなハサミを携えて。
立たなければ。しかし全身が裂けそうなくらいの筋肉痛だ。頭も体も攻撃され過ぎてそこら中が痛い。
「九宇時君、大丈夫? もうすぐ苦しいの、終わるからね」
三原稲が心配そうに顔を覗き込んでくる。出会って数分だが、煌津はこの女性が嫌いになりそうだった。
「ハサミ女。首を落として。それで絶対に生き返らないよ」
ハサミ女がハサミを開く。やばい。駄目だ。早送りで逃げないと。でも、ここで逃げたら那美は?
――ブゥーン、ブゥーン。
何かが、床で振動している。
バイブ音でわかる。あれは煌津のスマホだ。電話がかかってきている。こんな時に。ハサミ女の動きは電話ごときでは止まらない。開いたハサミが煌津の首根っこに迫る。
――ザ、ザ、ザ。
雑音がした。
電話に出たのだ。煌津のスマホが。操作なんてしていないのに。
『あ、もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今、住宅街の中にいます』
ブチ、と電話が切られる。
「嘘……何で……」
愕然とした声を出したのは、三原稲だった。何故か青ざめた顔で、床に落ちた煌津のスマホを見つめている。
「ハサミ女! 待って!」
三原稲の声に、ハサミ女が動きを止める。
――ブゥーン、ブゥーン。
また、着信だ。数度振動して、それから、また勝手にスマホが電話に出る。
『もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今、家の前にいます』
明るい口調だが、まるで機械めいた声だった。
……家の前? どこの?
「何で……乙羽ちゃんが、こんな時に」
三原稲の怯えたような声が聞こえる。家の中に静寂が戻っていた。
ガチャガチャ、と階下でドアが開いたような音がする。
階段が軋む音がする。誰かが下から上がってくる。
そんなに長い階段ではない。見え辛いわけでもない。でも音がするのに、誰が上がってくるのかがわからない。
――ブゥーン、ブゥーン。
三度、スマホが震える。床でずっと振動し続ける。
ザ、ザ、ザ、と。また雑音がした。
『もしもし? 穂結先輩? わたしです。静星です。今――』
階段を上る足音は止んでいる。
背中に怖気が走る。誰かが、倒れた煌津の肩に触れる。指が、顔まで登ってくる。氷のように冷たい指が。
「――あなたの後ろにいるの」
静星乙羽が、煌津にそう耳打ちした。
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