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4.「それとも、私とは嫌? ハッキリ言ってみて」

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 ようやく熊笹の密集地帯を抜けた。
 そこを出ると、岩壁が崩落してできたガレ場がひろがっていた。
 大小の岩石が山積みにされ、もはや道なき道と化してしまっている。

 足場が悪すぎた。小山じみた巨石が行く手をはばみ、よじ登らねばならないようなところもあった。そのたびに玲也は先行し、ボマーと萌の手をとって、すくいあげた。
 途中、なんどか小休止をはさみながら、なおも登った。

 いくつかの小さな尾根を越え、稜線づたいに進んだ。
 このあたりでいちばん高いピークと思われるところへたどり着いた。
 どこを探しても、山裾から見えた光は見当たらない。

「たしかにこのあたりのはずなんですが」と、玲也は周囲を見まわした。明滅する光の発光源は見つけられない。「まさか、無駄骨なんじゃ」

「四十九日のあいだ、この山でさまよわなくちゃいけないのかな」

「わからない。けど、どうにかしないと」

「ね、ふしぎだと思わない?」

「え」

「これだけ歩いたのに、さっきから喉の渇きも、おなかが空いたとも思わない。寒くも暑くもない。やっぱり死んだから、そんな肉体の変化がおきないのかな」

「たしかに」と、玲也は片脚をあげた。「疲れてるはずなのに、ヘトヘトというほどでもない。精神的にしんどいだけで」

「単に気が張ってるだけかもしれないけど」

「はじめて死んだんで、神経が高ぶってるかも?」

「おかしなこと言うのね、玲也クン。ふつう死ぬのは一度きりでしょ」

「ですが、たまに死の淵から生還する人もいますよ。奇蹟的に」

「ギリギリの淵からっていう意味じゃないの」

「AEDや心臓マッサージなんかで、心停止した人が生き返る例もあるじゃないですか。あれなんか、完全にあちら側をまたいじゃってますよ」

 萌は眼をまるくした。

「それもそっか。鋭い」



 そのうち樹林で囲まれた広場に入った。
 三方はおびただしいひのきがそそり立ち、暗い屏風びょうぶとなっている。
 二人が入ってきた方角からうしろをふり返ると、はるか向こうの山並が見渡せた。すばらしい見晴らしだった。
 広場の足もとには、一面羊歯しだが生い茂っていた。ふくらはぎまで埋まるほどの丈だ。

「いくら歩いてもゴールは見えずか……。さすがに歩くのもしんどくなってきたような気がする」

 と、萌はうんざりした様子で言った。抱えていたボマーをおろした。ボマーは鼻面で羊歯を押しのけ、軽快な足取りで歩いた。

「休憩しますか」

「ね」萌は座りこみ、髪をかきあげた。玲也を見あげた。「休憩じゃなく、ここいらで充分じゃない?」

「なにが充分」

「どうも、この山はどこまで行っても人っ子ひとりいない感じみたい」

「あきらめないでください。まだ人がいないって決めつけるべきじゃないです」

「私ね。さっきおばあちゃんの声にしたがって、山をくだり、玲也クンといっしょに行動しなさいって聞こえたって言ってたじゃない」

「はい」

「不幸にも事故で死んじゃったら、もしかしたら、ちゃんとあの世に行けないのかもしれない」

「だったら、このままずっとさまようしかないと?」

「正直言うと、もう歩きたくないの。さっきから脚に違和感があって」

「わがまま言わないでください」

「いっそのこと、ここをつい棲家すみかとするべきと思うの。おばあちゃんがそう指示してる気がするの」

 玲也はうなった。

「まさに、おばあちゃんこそ神の言葉ですね。いっしょに住むわけですか。屋根もないここで?」

「二人しかいないんだし、ここで暮らしましょ。不慮の死を遂げた場合、あがれない、、、、、んだったら、しかたないじゃない」と、萌はため息をついて言った。ボマーを放したまま、玲也を真っ向から見据えた。「――それとも、私とは嫌? ハッキリ言ってみて」

 玲也は困惑しながら、萌を見返した。眼をそらしたら男がすたる。
 むしろ、萌となら悪くないと思った。

「――いえ、嫌じゃないす。萌さんとなら喜んで」

「私の方が年上だけど、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。――しかし、肉食系なんですね」

「こら」と、言って玲也にかるい拳骨をお見舞いした。「前向きと言ってよ。いまさらあとにも引けないんだし、こうする方が建設的な解決方法だと思うんだけど。ほかに手があったら教えて」

「覆水盆に返らず」

「英語で言うと、It’s no use crying over spilt milk」

「ああ――『こぼしたミルクを嘆いても無駄』ってやつですね」

「そゆこと」と言うと、ボマーが弾丸のように萌のもとに走ってきたので、それを押さえた。しわの多い頭を撫でながら、「ボマーもいるし、寂しくないはずよ」

「ええ、寂しくない。僕、犬好きですよ。ボマーもブサカワで、いい奴そうだし。オス……ですよね」

「ブサカワはよけい。そ。男の子」

「抱かせてくれませんか」

「は? 藪からスティック」

「ルー大柴か」と、玲也は笑った。「ボマーのことですよ。なに、勘ちがいしてるんですか」

「主語をつけてよ。まぎらわしい」と、萌は玲也の肩を叩いた。「あいよ。ボマー、抱かれておやり」と、パグの尻に手をそえて渡した。ボマーは玲也の腕のなかにおさまり、おとなしくしていた。小さな舌を出し、真ん丸の眼で玲也を見あげた。たしかにボマーがいたら不自由しない。

「そうと決まれば」と、玲也はボマーを返し、背筋を伸ばした。「夜が来ないうちに、家をつくらないと。せめて屋根だけでも欲しいです。雨露をしのぎたい」

「だったら、こしらえて」

 と、甘えた声を出した。

「人遣い、荒すぎやしませんか?」

「それだけ頼りにしてるってこと」

「また、おだてるのがうまい」玲也は上着をぬいだ。どうせ熊笹のエリアを突っ切ったとき、汚れきっていたのだ。「いっちょ、ひと汗かきますか」

 この広場までの道すがら、数えきれないほどの朽ち木が落ちていたのを思い出した。
 玲也はそれを回収し、広場に運んだ。なんどもなんども胸に抱えては、行ったり来たりをくり返し材料を集めた。
 広場の中央に、家を建てることにした。

 まずは地面の羊歯を引き抜いた。
 木と木をつなぎ合わせる紐は、檜の皮をはいで、両手のてのひらでこよりをより合わせるようにしてつくった。雑な仕上がりだったが、仮止めする分には問題ないだろう。どうせろくな材料はないのだ。

 玲也は飽くことなく、父と日曜大工をしたころを思い出しながら、朽ち木を組み合わせていった。
 萌はそばで、退屈しのぎに朽ち木を井桁いげたに積みあげていった。
 鼻歌まじりに、「恐山に伝わるあの話、、、があるじゃない」

「なにが?」

「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため。三重積んでは故郷の兄弟わが身と回向えこうして、昼は一人で遊べども、日も入りあいのそのころは、地獄の鬼が現れて、やれなんじらはなにをする」と、韻をふみながら萌が歌った。「――さいの河原で、親より先に亡くなった子供が歌うアレ」

「なるほど。聴いたことがある」

「おばあちゃんより先に逝くのは不幸なことよ。きっと陸子おばあちゃん、私にここで君と暮らしなさいって言ってるんだと思う」

「よくわからないですね。だって、ここにはなにもないんですよ」

「なにもないからこそ、寂しさを紛らわせるには、一人よりも二人の方がいい。幸い、君と私は打てば響くような会話のキャッチボールができそうだし」

「いずれ、話のネタは尽きます。しょせん僕なんか人生経験が浅すぎるし」

「おもしろい話ばかりもとめてないって。なければないで、寄りそうだけで充分」

「うまくいくでしょうか?」

「うまくいかなければ、ちょっと距離をおいてもいいじゃない。そのときはそのとき」

「ですよね」と、玲也はなんのかんのしゃべりながら、手を動かし続けた。



 三時間経ったころ、ようやく家らしき物体が完成した。
 といっても、柱は押せば飄然とゆれ、天井もすき間だらけだ。床もおなじく地面が見え、凹凸が烈しい。できの悪い東屋あずまやのようなものだった。風が吹けば飛ぶようなひ弱な代物しろものだったが、当面は日差しをさえぎるぐらいには役立ちそうだった。雨風をしのぐにはむりがあったが。

 玲也は靴をぬいで家のなかでくつろぎ、「なんという原始生活」と、言ってみた。それでも家をつくりあげた充足感があった。

「悪くないよ。なんだかママゴトみたい。子供のころを思い出す」

「秘密基地っぽいです。子供のとき、裏山でつくったものです」

「どっちにしろ、ゴッコ遊びになるけど、それはそれでかまわないんじゃない?」

「腹は空かないったって、いったいなに食べるんです。なにか口にしないと侘しいような気が」

かすみを食べる」

「またまた」
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