11 / 37
11.「おえ」
しおりを挟む
「猿はなまじ人の種に近い生き物だからね。ハンターに追いつめられたとき、手を合わせて命乞いするそうよ」
と、咲希は眼をとじたまま言った。
「そんなのを殺っちまったら、寝ざめも悪いな」
「じっさい、猿の生態は雑食だから、飢えていれば動物の死骸も口にするらしいわ。そもそも猿噛み島は狭い島だし、森の範囲も知れてるから満足な食べ物も得られないでしょ。なおさら飢えは募りやすく、人間の遺体なんかおいた日には、それこそ貪り食べられてしまう」
「おえ」交野はうめいた。「しかし、猿に食べさせるなんて、法的に咎められそうだが? それに好奇な眼で見られかねないし、最悪マスコミの恰好の標的にされると思うが」
「あなたが言ってたチベットの鳥葬と原理は同じ。ここいらの土地では猿は神聖なものとしてあがめられ、猿に食べることこそ、すなわち未練なく天に召され、幸福な来世に甦ると信じられているわけよ。だからと言っても、これらの大義名分をかかげたところで、法は素通りできないんだけど」
「大義名分ね」
「地元役所も警察でさえ黙認してるの。それだけじゃない。島の外へ秘密が漏れないよう徹底されてる。だけど、人の口に戸は立てられないものね。遅かれ早かれ、情報は漏れてしまう。いまのところ、葬儀のやり方を島の伝統だとして、かたくなに守る団体があって、圧力をかけてるとかどうとかで防いでるけど、はたしてどこまで保てるか」
「圧力ってか。暴力で訴えかけてくるわけか?」
「わたしにはわからない。あくまでうわさにすぎないんだけど」
「なんにせよ、文化人類学の学徒にとっては、垂涎の的になりかねない」
「猿噛み島での伝統儀礼はひとつの文化であり――そりゃあ、本土の人から見たら、異常とも思える奇習かもしれないけど――、代々受け継がれてきた。それこそ朝起きれば顔を洗い、歯をみがくように、この土地では当たり前のことなの。長年島で暮らす人はなんの疑いももっていない」
「たしかに日本各地の山村では、数こそ減ったとはいえ、いろんな民間伝承が残ってたりするがね。ありえないような奇習や奇祭が露見していないだけで、いまだに埋もれたものがあったってふしぎじゃない。もっとも、たいていは学者が調べ尽しているだろうが。べつに田舎を貶めるつもりはないよ」
「閉鎖的なところほど、隠しもってたりするものだわ」
「しかしまあ、猿に食べさせる――にわかに信じられんな。いくら猿が神聖視されてるからって、残酷すぎるんじゃないか」
「ええ、じっさい、現場は残酷よ」と、咲希は言った。「東京での暮らしも息がつまったけど、この土地ならではの息苦しさもあるのは事実だった。わたしもそれがいやで飛び出したほどだったんだもの」
と、咲希は眼をとじたまま言った。
「そんなのを殺っちまったら、寝ざめも悪いな」
「じっさい、猿の生態は雑食だから、飢えていれば動物の死骸も口にするらしいわ。そもそも猿噛み島は狭い島だし、森の範囲も知れてるから満足な食べ物も得られないでしょ。なおさら飢えは募りやすく、人間の遺体なんかおいた日には、それこそ貪り食べられてしまう」
「おえ」交野はうめいた。「しかし、猿に食べさせるなんて、法的に咎められそうだが? それに好奇な眼で見られかねないし、最悪マスコミの恰好の標的にされると思うが」
「あなたが言ってたチベットの鳥葬と原理は同じ。ここいらの土地では猿は神聖なものとしてあがめられ、猿に食べることこそ、すなわち未練なく天に召され、幸福な来世に甦ると信じられているわけよ。だからと言っても、これらの大義名分をかかげたところで、法は素通りできないんだけど」
「大義名分ね」
「地元役所も警察でさえ黙認してるの。それだけじゃない。島の外へ秘密が漏れないよう徹底されてる。だけど、人の口に戸は立てられないものね。遅かれ早かれ、情報は漏れてしまう。いまのところ、葬儀のやり方を島の伝統だとして、かたくなに守る団体があって、圧力をかけてるとかどうとかで防いでるけど、はたしてどこまで保てるか」
「圧力ってか。暴力で訴えかけてくるわけか?」
「わたしにはわからない。あくまでうわさにすぎないんだけど」
「なんにせよ、文化人類学の学徒にとっては、垂涎の的になりかねない」
「猿噛み島での伝統儀礼はひとつの文化であり――そりゃあ、本土の人から見たら、異常とも思える奇習かもしれないけど――、代々受け継がれてきた。それこそ朝起きれば顔を洗い、歯をみがくように、この土地では当たり前のことなの。長年島で暮らす人はなんの疑いももっていない」
「たしかに日本各地の山村では、数こそ減ったとはいえ、いろんな民間伝承が残ってたりするがね。ありえないような奇習や奇祭が露見していないだけで、いまだに埋もれたものがあったってふしぎじゃない。もっとも、たいていは学者が調べ尽しているだろうが。べつに田舎を貶めるつもりはないよ」
「閉鎖的なところほど、隠しもってたりするものだわ」
「しかしまあ、猿に食べさせる――にわかに信じられんな。いくら猿が神聖視されてるからって、残酷すぎるんじゃないか」
「ええ、じっさい、現場は残酷よ」と、咲希は言った。「東京での暮らしも息がつまったけど、この土地ならではの息苦しさもあるのは事実だった。わたしもそれがいやで飛び出したほどだったんだもの」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日高川という名の大蛇に抱かれて【怒りの炎で光宗センセを火あぶりの刑にしちゃうもん!】
spell breaker!
ホラー
幼いころから思い込みの烈しい庄司 由海(しょうじ ゆみ)。
初潮を迎えたころ、家系に伝わる蛇の紋章を受け継いでしまった。
聖痕をまとったからには、庄司の女は情深く、とかく男と色恋沙汰に落ちやすくなる。身を滅ぼしかねないのだという。
やがて17歳になった。夏休み明けのことだった。
県立日高学園に通う由海は、突然担任になった光宗 臣吾(みつむね しんご)に一目惚れしてしまう。
なんとか光宗先生と交際できないか近づく由海。
ところが光宗には二面性があり、女癖も悪かった。
決定的な場面を目撃してしまったとき、ついに由海は怒り、暴走してしまう……。
※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
断末魔の残り香
焼魚圭
ホラー
ある私立大学生の鳴見春斗(なるみはると)。
一回生も終わろうとしていたその冬に友だちの小浜秋男(おばまあきお)に連れられて秋男の友だちであり車の運転が出来る同い歳の女性、波佐見冬子(はさみとうこ)と三人で心霊スポットを巡る話である。
※本作品は「アルファポリス」、「カクヨム」、「ノベルアップ+」「pixiv」にも掲載しています。
虚空太鼓の季節
spell breaker!
恋愛
山口県の周防大島の県立大島病院に入院しているまゆ。
生まれつき脚が悪く、おまけに心まで病んでしまったのだ。
梅雨どき、窓の向こうで太鼓が叩かれる音を聞いたような気がした。
車椅子に乗り、母、千郷に押され、防波堤めざして散歩することにした。
そこで虚空太鼓を耳にすることになる……。
※本作は『小説家になろう』様でも公開しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる