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11.「おえ」

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「猿はなまじ人の種に近い生き物だからね。ハンターに追いつめられたとき、手を合わせて命乞いするそうよ」

 と、咲希は眼をとじたまま言った。

「そんなのをっちまったら、寝ざめも悪いな」

「じっさい、猿の生態は雑食だから、飢えていれば動物の死骸も口にするらしいわ。そもそも猿噛み島は狭い島だし、森の範囲も知れてるから満足な食べ物も得られないでしょ。なおさら飢えは募りやすく、人間の遺体なんかおいた日には、それこそ貪り食べられてしまう」

「おえ」交野はうめいた。「しかし、猿に食べさせるなんて、法的にとがめられそうだが? それに好奇な眼で見られかねないし、最悪マスコミの恰好の標的にされると思うが」

「あなたが言ってたチベットの鳥葬と原理は同じ。ここいらの土地では猿は神聖なものとしてあがめられ、猿に食べることこそ、すなわち未練なく天に召され、幸福な来世に甦ると信じられているわけよ。だからと言っても、これらの大義名分をかかげたところで、法は素通りできないんだけど」

「大義名分ね」

「地元役所も警察でさえ黙認してるの。それだけじゃない。島の外へ秘密が漏れないよう徹底されてる。だけど、人の口に戸は立てられないものね。遅かれ早かれ、情報は漏れてしまう。いまのところ、葬儀のやり方を島の伝統だとして、かたくなに守る団体があって、圧力をかけてるとかどうとかで防いでるけど、はたしてどこまで保てるか」

「圧力ってか。暴力で訴えかけてくるわけか?」

「わたしにはわからない。あくまでうわさにすぎないんだけど」

「なんにせよ、文化人類学の学徒にとっては、垂涎すいぜんの的になりかねない」

「猿噛み島での伝統儀礼はひとつの文化であり――そりゃあ、本土の人から見たら、異常とも思える奇習かもしれないけど――、代々受け継がれてきた。それこそ朝起きれば顔を洗い、歯をみがくように、この土地では当たり前のことなの。長年島で暮らす人はなんの疑いももっていない」

「たしかに日本各地の山村では、数こそ減ったとはいえ、いろんな民間伝承が残ってたりするがね。ありえないような奇習や奇祭が露見していないだけで、いまだに埋もれたものがあったってふしぎじゃない。もっとも、たいていは学者が調べ尽しているだろうが。べつに田舎をおとしめるつもりはないよ」

「閉鎖的なところほど、隠しもってたりするものだわ」

「しかしまあ、猿に食べさせる――にわかに信じられんな。いくら猿が神聖視されてるからって、残酷すぎるんじゃないか」

「ええ、じっさい、現場は残酷よ」と、咲希は言った。「東京での暮らしも息がつまったけど、この土地ならではの息苦しさもあるのは事実だった。わたしもそれがいやで飛び出したほどだったんだもの」
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