悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第一章:少年期

第52話 進級試験!

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 いくさの神さまに祈りを捧げたことが功を奏したのか、それとも単なる〝偶然〟だったのかは分からないけれど、護衛の仕事は何事もなく無事に終わった。

 三日間の道中、野盗や魔獣の影すら見えなかったのは驚くべき幸運だった。ラティは途中から馬車の荷台であくびを連発し、ゴーストと一緒に暇を持て余していた。

 僕は苦笑しながら、彼らの横で進級試験の勉強を続ける。ラティの不満顔とは対照的に、ベテランの傭兵たちはトラブルがないことに満足しているようだった。

「賢い傭兵っていうのは、無駄な血を流さないもんさ」

 そんなことを言いながら、傭兵たちは隊商の責任者から差し入れされた果汁を嬉しそうに飲んでいた。

 結果的に誰も傷つくことがなかったのは、たしかに護衛として最高の結果なのだろう。

 帝都に到着したのは、朝の早い時間だった。大きな門をくぐると、いつもの喧騒が耳に飛び込んでくる。

 馬車の車輪が石畳を擦る音や、商人たちの元気な声が、旅の終わりを告げるようだった。

 護衛の仕事が終わったあとも、やることは山積していた。僕らは〈傭兵組合〉に行き、仕事の報告を済ませる。

 これが大変で、いくつかの書類も記入しなければいけなかった。

 それが終わると、待ち望んでいた報酬が手渡された。

「こんなにもらえるのか!」
 ラティが満足げに小袋の中身を確認している横で、僕は報告書を記入していた。

 しばらく組合から休みをもらえたけれど、僕は仕事の間に授業を受けられなかったので、その分を取り戻さなければならない。成績を落とすわけにはいかないのだ。

 そうしてセリスと一緒に勉強する日々が始まった。

 彼女は何かと厳しい。

「試験範囲はここよ。いい、絶対に見落とさないでね。魔術理論の細かいところは、いじわるな引っ掛け問題になってるから、とくに注意してね」

 彼女の冷静な指導は的確で、だからこそ気が抜けなかった。

 もっとも、僕には前世の知識があるので、そこまで苦労することはないだろう。

 この世界の歴史や理論は異なるけれど、基本的な考え方や物理法則を理解しているおかげで、魔術の応用問題などは比較的得意だった。

「なんでそんなにあっさり解けるの? 君、本当に同い年なの?」
 セリスがジト目で僕を見てくるたび、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 立場的にも弱い僕は、優秀な生徒のままでいなければいけなかった。それには前世の記憶だけに頼っているわけにはいかなかった。

 新しい世界で、新しい知識を積み重ねているからこそ、僕はここに立っていられるのだ――と、自分に言い聞かせながら。

 ある日、いつものようにドブ板通りの隠れ家に足を運ぶと、普段は静かなその空間に、めずらしく豹人のカチャが来ていたのだ。

「待ってたよ、おチビちゃん」
 彼女は長い尻尾を揺らしながら、いつもの茶目っ気のある笑みを浮かべていた。その目には、どこか安心したような輝きがあった。

 僕が椅子に座ると、さっそく彼女は本題に入った。どうやら、この間の貴族と奴隷の違法売買に関する続報があるようだ。

「あの貴族、ついに捕まったんだよ」
 カチャの声には、どこかホッとした響きがあった。

 話によると、違法取引に関する証拠が見つかり、問題の貴族の家は取り潰しになったそうだ。

「取り潰しになったってことは、もう貴族じゃないってことさ。連中は一般の罪人と同じ扱いを受けることになったんだよ」

 貴族という身分を失った男は、すぐに観念してすべてを自供したらしい。

「さっさと口を割ったおかげで、色々なことが分かったんだ。貴族に協力してた野盗の拠点とか、警備隊に紛れてた裏切り者の名前とかさ」

 貴族の自供をもとに、多くの者が捕まり、この一連の違法取引の根幹が崩されたという。

「それでも――」
 カチャは一瞬、視線を落とした。

「残念なことに、拷問されてた奴隷たちの多くは助けられなかった。優秀な魔術師たちが治療に当たったけど、それでもダメだったんだ」

 その言葉に胸が締めつけられるようだった。怒りや無力感が湧き上がり、思わず拳を握りしめる。

 けれど、カチャは次第に明るい表情を取り戻していく。

「でもさ、生きてた人たちは無事に家族の元に帰れたんだ。それだけでも救いがあったし、私たちの仕事は無駄にならなかった」

 救えた命があったという事実を、彼女は希望として捉えていた。

「でも、どうしてこんな大事な話を僕に?」
 質問すると、カチャは照れくさそうに目をそらしながら笑った。

「そりゃあ、いつまでも思いつめてるウルを見ていたくないからな」
 彼女の言葉に、少し胸が温かくなる。

 カチャは僕のことを思って、わざわざここまで来てくれたのだ。

「師匠、ありがとうございます」
 彼女に素直に感謝を伝えた。彼女は尻尾をふわりと揺らして立ち上がる。

「そういうことだから、これからは元気を出していこう。何か悩みがあったら、私が聞いてあげるからさ」

 彼女が隠れ家を出ていったあと、僕は静かな空間で少しだけ目を閉じた。嬉しさと、少しの希望を胸に抱えながら。

 そして、ついに進級試験の日がやってきた。

 学園の大広間に設けられた試験会場は、静かな緊張感に包まれていた。

 僕も自然と背筋が伸びた。机の上に置かれた白い試験用紙が、どこか特別なモノのように見える。問題用紙が配られるたびに、心臓の鼓動が少しずつ早くなるのを感じた。

「よし、大丈夫だ」

 心の中で自分に言い聞かせながら、羽根ペンを握る。試験開始の合図とともに、僕は紙に向かってペンを走らせた。

 思った以上に手応えがあったし、前世の知識が役に立つ問題も多かった。魔術理論の問題は、セリスと一緒に勉強した成果が出た気がする。

「ふぅ……」
 試験終了の鐘が鳴った瞬間、肩の力が抜けた。答え合わせをする余裕もなかったけれど、とりあえず、すべての問題を解けたことにホッとしていた。

 数日後――

 掲示板に張り出された進級者のリストの中に自分の名前を見つけたとき、思わず胸を撫で下ろした。

 すると、すぐとなりから聞き覚えのある声が返ってきた。
「そんなに心配だったの?」

 セリスが僕の肩を軽く叩いてくる。その表情はいつものように晴れやかで、どこか自信に満ちていた。

「セリスも進級できたみたいだね」

「まぁね。ウルと一緒に勉強した甲斐があったみたい」
 彼女はにやりと笑いながら胸を張る。

 僕は苦笑しながらも、彼女に礼を言った。
「ありがとう、セリス。本当に助かったよ」

「ふふん、もっと感謝してもいいんだよ」
 そう言いながらも、彼女の声にはどこか嬉しさが滲んでいる。

 進級試験というひとつの大きな山を越えた安堵感と、これから先への期待感が胸の中で交錯していた。今はとりあえず、この小さな勝利を噛み締めよう。
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