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こちら御山ダンジョン管理局鑑定部生物部門調理班です

お疲れさま!

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「今日はみんな頑張ったね!」
 高橋がそう言うと、自然と拍手が沸き起こった。この場にいる全員を称える拍手だ。誰も彼もが達成感に満ちた顔をしていた。
 夜がとっぷり更けた頃、調理班によるマジックベアの肉の仕込みはようやく完了した。ほとんどの肉が適切に処理を施されて食用に回せたという。肉は今後燻製や大和煮にして食堂のメニューとして提供されるそうだ。また、食堂の夜の営業も──エルは皿洗いに従事していただけであったが──今回の騒ぎでかえって来客が少なく大きな問題も起こらなかったと鈴木が教えてくれた。
「それじゃあご褒美だ。みんなこれを持って帰りなさい」
 そう言って高橋が掲げたものを見て皆が歓声を上げる。エルは目を凝らした。何かの包みだ。高橋の手にすっぽりと収まるくらいに小さい。
「鈴木先輩、あれは?」
「マジックベアの燻製だよ!」
 彼女もまた大興奮だ。
「いつも魔物の肉が入ると切れ端を燻製にしてみんなで分けて食べるの。燻製ってやり方の種類がいくつかあって、大きいお肉は日持ちがするようにって時間をかけて乾燥させるんだ。でもどうしても形整えたりすると切れ端が出ちゃうから、そういうのはぱぱっと味付けてぱぱっと燻製しちゃうの。水分抜けきってないから今日中に食べなきゃダメなんだけど、すっごく美味しいだよ!」
 鈴木がうっとりと目を細める。その間にも小さな袋がどんどん配られていった。なんの飾り気もないビニール袋であるが、誰も彼もが嬉しそうに大事そうに受け取っていた。中にはすぐに袋を開けて食べている者もいる。エルも真似して袋を開けてみた。入っていたのは確かに小さな肉片で、あのおぞましい色は今や旨味の凝縮された深みのある赤色に仕上がっている。彼は恐る恐る一番小さな肉の欠片つまんだ。そっと口に入れる。
 燻製独特の香ばしさ。舌に響く胡椒の辛さ。噛めば噛むほど溢れる肉の旨味。「美味しい!」と思わず大きな声が出た。それを見て鈴木は満足そうに笑った。
「調理班自慢の燻製だからね! 大人の人だとお酒のおつまみにするのかな。あたしはサラダにするの。レタスとかパプリカと一緒に合えてシーザードレッシングで食べるんだ」
 いいことを聞いた、とエルは興奮した。彼は料理が好きだ。もっと言えば食べることが大好きだった。食への飽くなき探求心がムクムクと芽生えて「他にはどんなアレンジを?」と彼女に前のめりで聞いてしまう。すると山田と吉田、山本も集まり、いつの間にか彼の周りには人だかりができてレシピ談議に花が咲いた。
「パンに挟んじゃうといいわよ。からしマヨネーズを塗ってレタスも挟んでさ」
「時間があるときはポテトサラダ作るわ。キュウリも玉ねぎも入れて具沢山にしちゃうの」
「ベーコン代わりにペペロンチーノに入れるの最高だぜ。味付け適当でも肉が旨いからどんどん食べられるんだよなあ」
「コラ、こんな時間に立ち話しないの!」
 高橋が手を叩く。すると彼らは蜘蛛の子を散らすようにさっと解散してしまった。忙しく働いていたおかげですっかり目が覚めてしまっているが、時刻はすでに深夜だ。食堂の昼食担当組は明日も午前8時始業である。今から帰宅して夕食をとって就寝、となれば睡眠時間はあまり確保できまい。
 エルは比較的徹夜に慣れていた。前の職場では突発的な仕事が入ってしまい帰宅できないことなど日常茶飯事だった。しかし普通の人間はそうはいかないだろう。彼は思わず「鈴木先輩は大丈夫ですか?」と尋ねる。
「慣れちゃった! こういうのよくあるんだ」
「よくあるんですか」
「急に魔物肉が入っちゃって残業になるのはよくあるよ! でも安心して! その分ちゃんとお給料出るから!」
 鈴木が自信たっぷりに胸を叩く。どうやら高橋の「もぎ取ってやる」という発言は本当らしい。
「そこの二人、最後にちょっと頼まれてほしいんだけど」
 高橋がのっそりと近づいて来る。手には肉の入った包みが三つ握られていた。
「他の部署もどうせ残業してるだろうから差し入れしてやろうと思ってね。悪いんだけど、これを鉱石部門に届けてくれ」
 鈴木が「分かりました!」と元気よく返事をして受け取った。エルは鉱石部門、という言葉に聞き覚えがあった。
「確か、食堂によく来る鉱石部門の方がいるんでしたっけ」
「そう! ちょうど今朝話したよね。篠山さんがいるところだよ!」
 怒涛の一日だったせいで朝の出来事がすでに遠い昔のように思える。エルはゆっくりと記憶を辿った。若白髪で、優しくて、いつも保安部の柊と一緒にいる人。
「篠山さん絶対残業してるから会えると思うよ」
 鉱石部門の事務所兼作業場は帰り道の途中にある。二人は最後に頼まれた鉱石部門への差し入れを手に食堂を後にした。









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