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プロローグ
5.魔法
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部屋に戻り、用意されたお菓子を齧りながらネレスはほっとひと息ついた。温かい紅茶と甘いクッキーで緊張がほぐれる。
お菓子なんて何年ぶりだろうか。オンディーラだった時代は貧困で買う余裕がなかったから、おそらく前前世以来だろう。最後に食べた記憶があるのは化学の塊みたいなこねにこねまくる知育菓子だ。懐かしい。
カーテンを締め切ったゴミだらけのワンルーム、隙間風のひどいあばら家ときて、今は豪奢な屋敷にいる。
(環境が違いすぎてどうすればいいやら……あ~めっちゃうま。このクッキーだけで生きれるわ)
ネレスはカリカリと無心にクッキーを齧って堪能した。その光景を穏やかに眺めていたアルヴァロが「甘いものは好きか?」と尋ねる。
「ング……すみ、ごめん、食べすぎた……」
「食欲があるのは喜ばしいことだ。思う存分食べてくれ。好きかどうか知りたかっただけだからな」
「あ……お、おいしい、すごく」
「それなら良かった」
(毎回思うけど、ワイこんなに挙動不審なのによくニコニコしてられるな……)
微笑んでいるアルヴァロから目を逸らしつつ、ネレスはクッキーをもうひとつ手に取った。やはり彼のことはよく分からない。しかし先程の騒動で守ってくれたおかげか、緊張と警戒はやや薄れ始めていた。
お菓子を食べ終え、相変わらず波打っている紅茶も飲み干した頃。アルヴァロは「魔法を使ってみないか」と口を開いた。
「ま、魔法……!? ワ、私が……?」
「ああ。私が最初に使った、この――」
そう言いながら指先に水のベルを作りだし、リンッと鳴らす。
「――呼び出しのベルだけでも覚えておくと、何かあったときに便利だからな」
「わ、私にもできる……?」
「勿論。きっと簡単にできるはずだ」
そうは言われても、オンディーラだった頃は一度も使えなかったのだ。まず使い方を知らなかったせいではあるが、いきなり魔法を使えと言われてもできる気がしない。
失敗したらどうしようと焦っていたとき、ノックの音が響いてキアーラが部屋に入ってきた。
「お、お呼びでしょうか」
「ネレスに魔法を教えるから、すこし手伝ってくれ」
「かしこまりました!」
(人が増えた……いや緊張するんやが!?)
強ばった表情で唾を飲み込む。アルヴァロは「大丈夫だ、失敗することはない」と安心させるように言った。
「先に基本的な話をしよう。魔法には水、火、土、風、木、光、闇の七属性が存在する。そしてそれぞれの属性に対応するニュムパが大気中に存在しているんだ」
「み、水のにゅむぱ、って言ってたやつ……?」
「そうだ。よく覚えていたな。ニュムパは常に魔力を発している。私たちは彼らから魔力を分け与えてもらい、魔法を行使するんだ。使い方は簡単で、頭の中でイメージするだけでいい」
(イメージするだけ!? 詠唱とかないんや……)
ぽかんと口を開けながらネレスは「おお……」と呟く。ニュムパというものが未だによく分からないが、魔力をくれる精霊みたいなもの、と脳内で変換して大丈夫だろうか。
「ニュムパは精神の声を聞く。明確なイメージと、強い精神であればあるほど届きやすい。言葉や魔法陣などで補助する場合もあるが今は置いておこう」
(アッ詠唱もあるっぽいわ)
「ネレス」
「ファ、はい!?」
「これと同じものを指先に生み出すよう、ゆっくりイメージしてくれ」
アルヴァロはもう一度水魔法でベルを作ってみせた。
もう始まったのかと慌ててネレスは居住まいを正す。彼と同じように人差し指を出して、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。
(明確なイメージだっけ!? もう言われたこと忘れたんやけどやばいマジでほんまに出来るんかこれ!? えー、水でベルを作る、水のベル、水を集めて、ちっちゃくて綺麗……パパ上のと同じやつ……ウーン……)
「ン~…………」
唇を引き結び、人差し指の先を見つめる。
不意に空気が動いたような気がした。瞬きをした直後、指先へ急速に水滴が集まる。アルヴァロよりも濃く暗い色をした水が、小さなベルを形作った。
「アッ、ワッアッ!」
(で、できた!? なんか色違うけど!?)
ベルの形を作れたはいいが、これが成功なのか分からない。指先のベルとアルヴァロの顔を交互に見る。彼は微笑みながら「完璧だ、よくやった」とネレスを褒めた。
「い、色が……なんか、違う……」
「ああ、それは君が闇のニュムパにも愛されているからだろうな。光と闇は使える者が少ないんだ。そのぶん影響が大きく、他の属性を使っても混ざりこんでくる」
「はえ……」
「……私は光魔法を使えるため、水魔法にも光が混ざる。だから余計に君が生み出す水とは違って見えるんだろう」
彼は口を少しへの字に曲げた。色が違っては駄目なのかと一瞬勘違いしかけたが、そういえばミフェリルは光と大樹の女神だったと思い出してネレスは笑いそうになった。子供のような拗ね方で面白い。
「だから色を気にする必要はない。きちんと成功しているよ」
「あ、ありがとう……」
「すごいです、お嬢様! 初めてでこんなに綺麗な魔法を使えるなんて!」
少し離れた位置から見守ってくれていたキアーラにも褒められ、頬を染めながら「へへ……」と視線を泳がせる。
まさか本当に魔法が使えるなんて思わなかった。もっと早く知っておけばオンディーラの頃も楽だっただろうに。しかし、過去のことは考えても仕方ない。
「よし。では、次は同じものをキアーラの隣にも作ってくれ」
「隣?」
「ああ。ベルは双方にないと呼び出せないからな」
「アッ、そ、そか……」
言われてみればそうだ。指先にあるものを、キアーラの隣にも。彼女に視線を向けると満面の笑みで「キアーラはここです!」と手をぶんぶん振られた。
コツがなんとなく分かったおかげで、2つ目のベルもスムーズに作り出すことができた。手元にあるベルをちょんとつつけば、ネレスとキアーラの両方からリィンと幾重にも重なった深みのある音が響く。成功したようだ。
「音が違うので、アルヴァロ様とネレスお嬢様のどちらなのかすぐに分かりますね」
「そうだな。キアーラは君の世話係だから、何かあったらこの魔法を使ってすぐに呼んでくれ。勿論私を呼んでもいい」
「わ、わかった……」
頷いて、ネレスは自分の作り出したベルを見ながらそっと微笑む。
「魔法は想像によって形を様々なものに変える。水を魚にすることも、防御壁にすることも、キアーラが使う得意魔法のように岩で小さな玉を作り、光の速さで打ち出して獣を1発で仕留めることもできる」
「……エ?」
「なななアルヴァロ様、なんてことを! ああっお嬢様、怖がらないでください、キアーラは善良なメイドです!」
一瞬聞き間違いかと思ったが、キアーラの反応的にそうではなさそうだ。「ほ~ら大丈夫ですよ~怖くな~い」と不思議な動きをするキアーラへアルヴァロは肩をすくめた。
「つまり、世話係と護衛を兼ねているから安心して彼女を頼ってくれ、ということだ」
「な、なるほど……わかった……」
(護衛って言うけど、その魔法人に打ったら死ぬんじゃ……)
実質銃みたいなものだろう。
ちょっと可愛いなと気になっていたメイドが思っていたより物騒で複雑な気持ちである。しかし彼女があまりにも必死に怖くないアピールをするので、思わず小さく笑いながら「大丈夫だよ、こわくないよ」とフォローした。
その日はベルの作り方だけだったが、以降ネレスはアルヴァロと話す時間のたびに小さな魔法を教えてもらうこととなった。
お菓子なんて何年ぶりだろうか。オンディーラだった時代は貧困で買う余裕がなかったから、おそらく前前世以来だろう。最後に食べた記憶があるのは化学の塊みたいなこねにこねまくる知育菓子だ。懐かしい。
カーテンを締め切ったゴミだらけのワンルーム、隙間風のひどいあばら家ときて、今は豪奢な屋敷にいる。
(環境が違いすぎてどうすればいいやら……あ~めっちゃうま。このクッキーだけで生きれるわ)
ネレスはカリカリと無心にクッキーを齧って堪能した。その光景を穏やかに眺めていたアルヴァロが「甘いものは好きか?」と尋ねる。
「ング……すみ、ごめん、食べすぎた……」
「食欲があるのは喜ばしいことだ。思う存分食べてくれ。好きかどうか知りたかっただけだからな」
「あ……お、おいしい、すごく」
「それなら良かった」
(毎回思うけど、ワイこんなに挙動不審なのによくニコニコしてられるな……)
微笑んでいるアルヴァロから目を逸らしつつ、ネレスはクッキーをもうひとつ手に取った。やはり彼のことはよく分からない。しかし先程の騒動で守ってくれたおかげか、緊張と警戒はやや薄れ始めていた。
お菓子を食べ終え、相変わらず波打っている紅茶も飲み干した頃。アルヴァロは「魔法を使ってみないか」と口を開いた。
「ま、魔法……!? ワ、私が……?」
「ああ。私が最初に使った、この――」
そう言いながら指先に水のベルを作りだし、リンッと鳴らす。
「――呼び出しのベルだけでも覚えておくと、何かあったときに便利だからな」
「わ、私にもできる……?」
「勿論。きっと簡単にできるはずだ」
そうは言われても、オンディーラだった頃は一度も使えなかったのだ。まず使い方を知らなかったせいではあるが、いきなり魔法を使えと言われてもできる気がしない。
失敗したらどうしようと焦っていたとき、ノックの音が響いてキアーラが部屋に入ってきた。
「お、お呼びでしょうか」
「ネレスに魔法を教えるから、すこし手伝ってくれ」
「かしこまりました!」
(人が増えた……いや緊張するんやが!?)
強ばった表情で唾を飲み込む。アルヴァロは「大丈夫だ、失敗することはない」と安心させるように言った。
「先に基本的な話をしよう。魔法には水、火、土、風、木、光、闇の七属性が存在する。そしてそれぞれの属性に対応するニュムパが大気中に存在しているんだ」
「み、水のにゅむぱ、って言ってたやつ……?」
「そうだ。よく覚えていたな。ニュムパは常に魔力を発している。私たちは彼らから魔力を分け与えてもらい、魔法を行使するんだ。使い方は簡単で、頭の中でイメージするだけでいい」
(イメージするだけ!? 詠唱とかないんや……)
ぽかんと口を開けながらネレスは「おお……」と呟く。ニュムパというものが未だによく分からないが、魔力をくれる精霊みたいなもの、と脳内で変換して大丈夫だろうか。
「ニュムパは精神の声を聞く。明確なイメージと、強い精神であればあるほど届きやすい。言葉や魔法陣などで補助する場合もあるが今は置いておこう」
(アッ詠唱もあるっぽいわ)
「ネレス」
「ファ、はい!?」
「これと同じものを指先に生み出すよう、ゆっくりイメージしてくれ」
アルヴァロはもう一度水魔法でベルを作ってみせた。
もう始まったのかと慌ててネレスは居住まいを正す。彼と同じように人差し指を出して、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。
(明確なイメージだっけ!? もう言われたこと忘れたんやけどやばいマジでほんまに出来るんかこれ!? えー、水でベルを作る、水のベル、水を集めて、ちっちゃくて綺麗……パパ上のと同じやつ……ウーン……)
「ン~…………」
唇を引き結び、人差し指の先を見つめる。
不意に空気が動いたような気がした。瞬きをした直後、指先へ急速に水滴が集まる。アルヴァロよりも濃く暗い色をした水が、小さなベルを形作った。
「アッ、ワッアッ!」
(で、できた!? なんか色違うけど!?)
ベルの形を作れたはいいが、これが成功なのか分からない。指先のベルとアルヴァロの顔を交互に見る。彼は微笑みながら「完璧だ、よくやった」とネレスを褒めた。
「い、色が……なんか、違う……」
「ああ、それは君が闇のニュムパにも愛されているからだろうな。光と闇は使える者が少ないんだ。そのぶん影響が大きく、他の属性を使っても混ざりこんでくる」
「はえ……」
「……私は光魔法を使えるため、水魔法にも光が混ざる。だから余計に君が生み出す水とは違って見えるんだろう」
彼は口を少しへの字に曲げた。色が違っては駄目なのかと一瞬勘違いしかけたが、そういえばミフェリルは光と大樹の女神だったと思い出してネレスは笑いそうになった。子供のような拗ね方で面白い。
「だから色を気にする必要はない。きちんと成功しているよ」
「あ、ありがとう……」
「すごいです、お嬢様! 初めてでこんなに綺麗な魔法を使えるなんて!」
少し離れた位置から見守ってくれていたキアーラにも褒められ、頬を染めながら「へへ……」と視線を泳がせる。
まさか本当に魔法が使えるなんて思わなかった。もっと早く知っておけばオンディーラの頃も楽だっただろうに。しかし、過去のことは考えても仕方ない。
「よし。では、次は同じものをキアーラの隣にも作ってくれ」
「隣?」
「ああ。ベルは双方にないと呼び出せないからな」
「アッ、そ、そか……」
言われてみればそうだ。指先にあるものを、キアーラの隣にも。彼女に視線を向けると満面の笑みで「キアーラはここです!」と手をぶんぶん振られた。
コツがなんとなく分かったおかげで、2つ目のベルもスムーズに作り出すことができた。手元にあるベルをちょんとつつけば、ネレスとキアーラの両方からリィンと幾重にも重なった深みのある音が響く。成功したようだ。
「音が違うので、アルヴァロ様とネレスお嬢様のどちらなのかすぐに分かりますね」
「そうだな。キアーラは君の世話係だから、何かあったらこの魔法を使ってすぐに呼んでくれ。勿論私を呼んでもいい」
「わ、わかった……」
頷いて、ネレスは自分の作り出したベルを見ながらそっと微笑む。
「魔法は想像によって形を様々なものに変える。水を魚にすることも、防御壁にすることも、キアーラが使う得意魔法のように岩で小さな玉を作り、光の速さで打ち出して獣を1発で仕留めることもできる」
「……エ?」
「なななアルヴァロ様、なんてことを! ああっお嬢様、怖がらないでください、キアーラは善良なメイドです!」
一瞬聞き間違いかと思ったが、キアーラの反応的にそうではなさそうだ。「ほ~ら大丈夫ですよ~怖くな~い」と不思議な動きをするキアーラへアルヴァロは肩をすくめた。
「つまり、世話係と護衛を兼ねているから安心して彼女を頼ってくれ、ということだ」
「な、なるほど……わかった……」
(護衛って言うけど、その魔法人に打ったら死ぬんじゃ……)
実質銃みたいなものだろう。
ちょっと可愛いなと気になっていたメイドが思っていたより物騒で複雑な気持ちである。しかし彼女があまりにも必死に怖くないアピールをするので、思わず小さく笑いながら「大丈夫だよ、こわくないよ」とフォローした。
その日はベルの作り方だけだったが、以降ネレスはアルヴァロと話す時間のたびに小さな魔法を教えてもらうこととなった。
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