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第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.33 赫(かく)の魔神が目覚めるとき

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「だせた… よし。全て閉じよう」

 ヘルがそういって、お盆の上に取り出したのは、血まみれのクリスタルチャーム。
 漸く、一番の山場である心臓のオペが終わったのだ。あとは急ピッチで縫糸を施し、切開した部分を全て閉じるのみ。

 手術開始から、地球基準で何時間経過したのだろう?
 それほど長く続いているこの大手術は、もうすぐ終わりを迎える。



 ――――――――――



「そこをどけー!!」

 手術室前。キャミとマニー、ローズとノアの通せんぼを潜り抜けた強者たちが、僕たちにそんな言葉を放ちながら走ってきた。
 こんな連中にどけと言われ、はいどきますと従うバカがいるわけないとツッコミたい気持ちを抑えながら、応戦する。こっちはアニリンをはじめ、多くの人の命がかかっているのだから、状況によっては本気で倒すつもりだ。

「蝶よ!」
 ♪~!

 アゲハが虹色蝶の大群を生み出し、それらを迷彩に瞬間移動と一閃の合わせ技をお見舞いした。敵は翻弄され、さっそく1人目が刀の餌食となるが…

 カキーン! ガチーン!
「なっ!?」

 あともう1人が、僕がどんなに剣を振るってもダメージを受けないどころか、体の何処を切っても切断部がビリビリと放電したのち、その切断部分がマグネットの如く、またくっつくのだ。なんか、気持ち悪い光景。
 僕達は手術室入口ギリギリまで押されそうになった。

「おらぁ!」
 ガンガンガンガンガン!!

 そいつの高速パンチが、容赦なく襲い掛かってくる。僕はそれを躱すのに精一杯だ。
 今ここで第一部の話をするのも何だけど、あの富沢と同等か、それよりも強い!

 後ろからアゲハが攻撃しても、切られた四肢はすぐくっつくし、この院内で範囲のデカい魔法を使うわけにはいかない。
 このままだと埒が明かないのだ。一体どうすれば…?


臨兵りんぴょう闘者とうしゃ 皆陣かいじんれつ前行ぜんぎょう!」
「!?」
 ピカーン!


 その瞬間、敵が振り向いた先に、渦を巻いた様な五芒星の判が押された。敵の体が熱風を浴びた様に爛れ、悲鳴を上げて倒れる。
 まさかの助っ人登場。建物裏の担当であるテラが、こちらへ駆けつけてきたのだ。

 そうか、思い出した!
 彼女は悪霊退散がメインで、一応全体攻撃もできるんだけど、クソ狭い範囲でバカ強い魔法が使えるから単体戦メチャクチャ強いんだった!


「浄化の印!」
 シュ!

 テラがそういってカードを取り出し、それを腰に巻いているベルトの心臓型カードリーダーに通した。すると特殊な効果音と共に、テラの全身が緑色のオーラを発する。
 そして、陰陽師の呪文等でよく見かけるようなポーズで手を動かすと、

六根ろっこん清浄しょうじょう! 急急きゅうきゅう如律令にょりつりょう!!」

 バーン!!!
 『ぎゅるわあぁぁぁぁー!!』

 倒れている敵の顔面に、梵字が沢山記された光の魔法陣を押し当て、顔の中にいる小さな悪魔の魂を燃やし尽くしたのだ。
 僕達へと漂ってくるその風で、いかに強力な呪文かが分かる。

 そいつは体の中にいた魂ごと、ほぼ丸焦げ状態となり、完全に起動を停止したのであった。



「はぁ… 間に合った。2人とも、おまたせ」

 そういって、テラが凛々しい表情でゆっくり立ち上がる。
 カードの効果が切れたのだろう、同時に全身を纏っていた緑色のオーラも消えていった。僕とアゲハも息を切らしているが、一応無事だ。テラはこう続けた。

「外にいた奴らは一通りぶちのめしてきたよ。その後の襲撃フェーズがなかったから、セリナ達のところを見に来たらこれだからね。その様子だと、手術室は大丈夫そうか」

「うん。ありがとう、助かったよ… という事は、俺達、防衛に成功した?」

「たぶんね。海岸沿いに来ていた船もヘリも、みんな撤退した。ノア達も全員無事だよ」



 どすんっ

「よかったぁ~。あ~怖かったぁ~!」

 僕は力が抜けた様に膝を落とし、安堵の嘆きを上げた。
 L字角から、少し煤だらけだけど戦い終えたローズとノアも顔を出す。彼らの表情から、この医療施設で犠牲者は誰一人出ていないと理解したものだ。
 もう、嬉し涙が止まらない。


 アゲハも1人、峠は越えたとばかり静かに納刀し、手術室を見つめた。

 そこからヘル達、医療チームが顔を出すのは、このあとすぐの事である。



 ――――――――――



「アニリンの容体は、安定に向かっている。マリアも同様、輸血の量が多かった故に仮死状態となっているが、このまま問題なければ2人とも、あと4、5時間で目が覚めるだろう。ほか患者もみな、敵の被害に遭う事なくて、本当に良かった。

 手術室を全力で守ってくれた皆に、心から感謝する… みんな。本当に、ありがとう」


 あのあと。僕達は施設を出て、すぐ横のポスト前に集合した。
 長時間のオペだったゆえ表情に少し疲れが出ているが、キャップと手袋を外し軽装となったヘルが、そういって頭を下げている姿を、僕達は緊張した面持ちで見ていたものだ。

 なぜなら彼の手には今、漸く摘出に成功した血濡れのチャームが、握られているから。


「またせたな」

 そこへ、チャームの魂を解放するため、礼治がイシュタと共に施設前へ駆けつけてきた。
 イシュタは恐らく道の途中で礼治と合流し、自分もその始終を見たいといってついてきたものと予想できるが、礼治もまた僕達同様、長いこと戦ってきた節がある。

 防衛戦のとき、どさくさに紛れて王宮へ侵入しようとした不届き者がいたのだろうか。
 だとしたら本当、フェデュートって… 救いようのない連中だな。


「これで、やっとCMYが揃う―― いくぞ」


 そういって、礼治がヘルのもつチャームへと手を翳し、静かに唱える。
「僕も手伝います!」
 イシュタもそういって、同じくチャームへと手を伸ばした。彼にとっては「夢」での出会いもあって、思い入れの深い人だからだろう。
 彼らは魂の息吹に人一倍、力を注いだ。



 僕達に囲まれた中、その血濡れのチャームが、どんどん発光を強めていった。


 光は虹色の筋を放った末、やがて紅紫色の禍々しいモヤを発し、僕達を押し出しているのではないかとばかり強い圧を放出しはじめたのだ。もう、今までにないエフェクト!
 皆が、その圧で体勢を崩さないよう身構える。そして――!


 ドーン!!!



 クリスタルから、エフェクトともに光が勢いよく上空へ放たれた。
 光は過去最大のスケールで、この世のものとは思えないような轟音を鳴らしながら、弧を描いて降りていく。するとその光が降りる前に、少し距離のある原っぱに幾つかの鉄くずがドスンドスンと落下したのだ!

 バキッ! バキッ! プシュー
「え!? …そこ、ドローンいたの?」

 と、僕は鉄くずが降った理由に気づく。
 なんとあの襲撃の残党が、まだ近くで身を隠していたのだ! しかも相手は監視用ドローン、2機。いつからそこにいたのか知らないけど、そいつらは鉄くずの餌食となった。


 ストッ

 その鉄くずの頂上に、クリスタルから解放された光のスライムが降り立ち、紅紫色のオーラとともに実体化していった。

 見た目は低身長の若い女性。だけどその実体は、先代魔王。


「お前ら、ちゃんと周り見とけ! せっかく神の跡取りに選ばれていた名が、廃るだろう」


 そういって、周囲に大量の土星型チャクラムを発現。
 みんなブンブンと回っていて怖い。
 その人は逆光も相まって、今にも近づいてきた者達を鉄くずの山に埋もれさせるぞといわんばかりの、悪どい笑みを浮かべている。



 遂に最後のボス級メンバーにして、先代魔王トップ。マゼンタが解放された!



【クリスタルの魂を全解放まで、残り 5 個】



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