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第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.26 「なんとなく」よく当たる、嫌な予感。

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 マリアとアニリンが、ツンドラでの隠居を始めてから数日。

 地下奥深くには元の家主、イエティを含む白骨死体の山が積まれている部屋があるが、そこはあとで余裕がある時に僕達で対処するとして。
 とりあえずそこへの道を進むのだけは避け、それ以外の部屋では問題なく過ごしていた。

 ――この家の主は、人間の言葉を理解していたみたいだね。でも、体の構造上喋れないから、こうして壁に絵や文字を刻む事で、メッセージを残した。

 と、マリアが手の平に生み出した小さな電気玉を光源に、地下の壁の随所に描かれたものを見つめ、顎をしゃくる。
 使われているのは英字で、例の速記も見当たらないため、解読するまでもなかったようだ。その内容とは、こう。

 ――「dradeмドラデム surakシュラーク」… なぜかここだけ、英文字1つ1つを漆喰しっくいの壁に刺したような並び方をしている。

 ――で、その隣には…「フェブシティ管轄の特殊部隊フェデュートの総統、マーモ。突如、大陸平地を侵略しはじた蛮族の追放を狙うファントム」… う~む。その蛮族って、アゲハ達アガーレール民のことを言っているのかな?

 ――あとは、どれどれ?「蛮族は母神様を信仰し、海に触れてはならないという言い伝えを守っている。それを利用し、マーモ達は遠い大海原に空中都市を建てた。だけど、その過程で資源は枯渇した。そこで目を付けたのが、最も高い魔力をもつゴブリンの存在」…

 あれ? それは分かるんだけど、この世界で同じくらい魔力を操れるはずの“ニンゲン”については、一切触れられていない! ほか人族の能力については特に描かれていないし、話の内容からしてアゲハ達のことは認知しているはずなのに、なんでだ?

「わぁ。この壁の隙間の光、なんだろう?」

 と、少し距離のある場所からアニリンの声がした。

 マリアがそちらへ向かうと、地上への出入口とは真反対で少し遠くなってしまうが、確かにアニリンが覗いている壁の一部から光が差している。
 そこから吹く風が、少し冷たい。

「これ、隠し扉だね! ちょっと離れて」

 マリアは壁のギミックにすぐ気が付いた。近くになぞかけの記号が刻まれているからだ。
 そちらを何度かチラ見しながら、壁の一部をグッと手で押すマリア。すると、


 ゴゴゴゴゴゴゴ…!
「わぁ、開いたー!」


 アニリンの言う通り、壁の一部が自動で動き、その奥から新たな道が開けたのだ。
 が、そこから入ってくる風はとても冷たく、光の奥から少しずつ雪が入ってくる。2人はともに吹雪から身を守る体勢に入った。

「外へ繋がっている。何かあった時はここから逃げられるね」
 ドン…
「ん?」



 ――――――――――



 パタタタタタタタタ…!

 そんな、本来なら近くに誰もいないはずのツンドラ上空を、2機のヘリが飛んでいた。
 そこから何かが数個落とされると、それは一軒家を綺麗な円状に囲む形で着地後、耳が痛くなるような爆発を起こしたのだ。一軒家周辺の地面が、どんどん抉れていく。

 ドーン! ドーン!
「よくやった。建物を完全包囲、もう逃げ場はないだろう。上から一斉に入るぞ!」
『『ラジャー!』』

 ヘリから次々と、黒ずくめに武装したダークエルフ達がワイヤーを伝って降りていく。
 彼らの手には、拘束用の縄と、マシンガンが握られていた。



 ――――――――――



 同じ頃、地下は先の爆撃により、小刻みな地響きが発生していた。
 幸い人が動けるほど揺れは小さいが、ところどころ壁や天井から、小石が欠けて落ちていく描写が見られる。中は意外と脆いのだろう。

「うぅ…! お姉ちゃん、こわいよぅ…!」
 アニリンが怯え、マリアのいる方法へと身を縮こます。マリアは警戒した。
「まさか、ここに私達が隠れている事がヤツらにバレた…!?」

 ボトッ! ゴロゴロゴロ…


 その時、先程までマリアが凝視していた、マーモの本名を綴った英字ブロックが漆喰ごと次々と剥がれ、地面に転がり落ちていく様子が見えた。

 同時に、地上の一軒家へと繋がるスロープから、不明瞭だが複数の声が聞こえる。
 マリアは急いで転がり落ちたブロックを拾い、それらを手持ちの巾着袋へと入れた。

「え? なにしてるの…!?」
 敵の侵入を恐れたアニリンが、なぜかブロックを拾っているマリアにそう聞く。マリアは全てのブロックを拾い終えるとすぐ、隠し扉の前で待っている彼の手を握って走った。
「ちょっとね、何となく必要かなと思っただけ! ここはもうダメそうだ! 逃げよう!」


 …。


 その後、僅か10秒足らず。
 黒ずくめの男達が、家の階段裏を一斉に破壊し、すぐに地下へと侵入してきたのだ。

 だが、その頃には既にマリア達の姿は見つからず。男らは無線を使いながらこう発した。

「ターゲットが見つからない! なっ…!? 壁の一部から抜け道が続いているぞ!!」
『なに? まさか、ターゲットはそこから逃げたのか!?』
「かもしれない…! クソッ、まさか隠し通路を設けていたとは、ずいぶんと用意周到なヤツらだな!?
 いいか!? ヤツらを見つけても、例のガキの命だけは奪うなよ!? くれぐれも慎重にいけ!!」
『『ラジャー!』』



 ――――――――――



 ――たいへん! ツンドラのあの一軒家を、2機のヘリがダイナマイトらしきものを落として爆破したわ! マリア達が心配…! 誰か助けにいってあげて! 私も行くわ!


 同じころ。アガーレール王都近辺にいる僕達の耳にも、北の森に常駐しているサンドラからその手の緊急疑似テレパシーが届いた。
 あの聖女様があんなに慌てているとは、それだけ大ピンチなのだ。

 僕はこの時、現在のサリバの様子を見に、イシュタと共に医療施設へ足を運んでいた。
 僕は片耳に嵌めているワイヤレスイヤホン越し、サンドラの言葉に小さく頷く。

「2人とも悪い! ちょっと用事ができたから、先に上がるよ」

 そういって、両腕包帯グルグル巻きだけどとりあえず元気そうなサリバと、その様子を心配そうに見つめていたイシュタを前に、僕は謝りを入れてこの場を去った。
 マリア達が今、どこにいるのかを知らないケガ人を前に、変な心配をかけさせたくはない。だから、この程度の別れならなんら疑われる事はないだろう。そう思っていたのだが。

「…もしかして、あのお嬢様たちの身に何かあったのかも」

 イシュタが気づいてしまったようだ。サリバが「え?」といい、首を傾げる。
 するとその予想が当たっている事を証明するかのように、
「イシュタ。今日の面会はここまでだ。急いで帰宅しよう」
 キャミが歩いてきたのだ。彼もまた僕と同様、ほんの僅かな焦りを浮かべている。

 一応、例のオペレーションにおいて調査優先度が非常に高いため、今も保護監視下に置かれている身。
 そんなイシュタが、更なる不安を覚えた。

「どうして? まだ時間があるのに…!?」
「急遽予定が変更された。この後は自宅でテラが見張りを担当するから、俺が戻ってくるまで待機していろ。ヘルから面会終了の許可も得ている。いくぞ」

 そういって、イシュタにもの言わせぬ態度でズカズカ歩いていくキャミ。
 このまま従わないわけにもいかないので、申し訳ない気持ちでサリバを見ながら、イシュタはキャミの後を追ってこの場を去ったのであった。


「どうしたんだろう? あの感じ。イシュタ、なんだか無茶な事をしそうだなぁ」

 そういって不安げに帰りを見つめるサリバの後ろに、若葉が仁王立ちでつく。
 面会終了と同時に、部屋へ戻る合図であった。

(つづく)



※マルコたち
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