上 下
26 / 37
第三部 ―ベルベット・スカーレット―

ep.26 「なんとなく」よく当たる、嫌な予感。

しおりを挟む
 マリアとアニリンが、ツンドラでの隠居を始めてから数日。

 地下奥深くには元の家主、イエティを含む白骨死体の山が積まれている部屋があるが、そこはあとで余裕がある時に僕達で対処するとして。
 とりあえずそこへの道を進むのだけは避け、それ以外の部屋では問題なく過ごしていた。

 ――この家の主は、人間の言葉を理解していたみたいだね。でも、体の構造上喋れないから、こうして壁に絵や文字を刻む事で、メッセージを残した。

 と、マリアが手の平に生み出した小さな電気玉を光源に、地下の壁の随所に描かれたものを見つめ、顎をしゃくる。
 使われているのは英字で、例の速記も見当たらないため、解読するまでもなかったようだ。その内容とは、こう。

 ――「dradeмドラデム surakシュラーク」… なぜかここだけ、英文字1つ1つを漆喰しっくいの壁に刺したような並び方をしている。

 ――で、その隣には…「フェブシティ管轄の特殊部隊フェデュートの総統、マーモ。突如、大陸平地を侵略しはじた蛮族の追放を狙うファントム」… う~む。その蛮族って、アゲハ達アガーレール民のことを言っているのかな?

 ――あとは、どれどれ?「蛮族は母神様を信仰し、海に触れてはならないという言い伝えを守っている。それを利用し、マーモ達は遠い大海原に空中都市を建てた。だけど、その過程で資源は枯渇した。そこで目を付けたのが、最も高い魔力をもつゴブリンの存在」…

 あれ? それは分かるんだけど、この世界で同じくらい魔力を操れるはずの“ニンゲン”については、一切触れられていない! ほか人族の能力については特に描かれていないし、話の内容からしてアゲハ達のことは認知しているはずなのに、なんでだ?

「わぁ。この壁の隙間の光、なんだろう?」

 と、少し距離のある場所からアニリンの声がした。

 マリアがそちらへ向かうと、地上への出入口とは真反対で少し遠くなってしまうが、確かにアニリンが覗いている壁の一部から光が差している。
 そこから吹く風が、少し冷たい。

「これ、隠し扉だね! ちょっと離れて」

 マリアは壁のギミックにすぐ気が付いた。近くになぞかけの記号が刻まれているからだ。
 そちらを何度かチラ見しながら、壁の一部をグッと手で押すマリア。すると、


 ゴゴゴゴゴゴゴ…!
「わぁ、開いたー!」


 アニリンの言う通り、壁の一部が自動で動き、その奥から新たな道が開けたのだ。
 が、そこから入ってくる風はとても冷たく、光の奥から少しずつ雪が入ってくる。2人はともに吹雪から身を守る体勢に入った。

「外へ繋がっている。何かあった時はここから逃げられるね」
 ドン…
「ん?」



 ――――――――――



 パタタタタタタタタ…!

 そんな、本来なら近くに誰もいないはずのツンドラ上空を、2機のヘリが飛んでいた。
 そこから何かが数個落とされると、それは一軒家を綺麗な円状に囲む形で着地後、耳が痛くなるような爆発を起こしたのだ。一軒家周辺の地面が、どんどん抉れていく。

 ドーン! ドーン!
「よくやった。建物を完全包囲、もう逃げ場はないだろう。上から一斉に入るぞ!」
『『ラジャー!』』

 ヘリから次々と、黒ずくめに武装したダークエルフ達がワイヤーを伝って降りていく。
 彼らの手には、拘束用の縄と、マシンガンが握られていた。



 ――――――――――



 同じ頃、地下は先の爆撃により、小刻みな地響きが発生していた。
 幸い人が動けるほど揺れは小さいが、ところどころ壁や天井から、小石が欠けて落ちていく描写が見られる。中は意外と脆いのだろう。

「うぅ…! お姉ちゃん、こわいよぅ…!」
 アニリンが怯え、マリアのいる方法へと身を縮こます。マリアは警戒した。
「まさか、ここに私達が隠れている事がヤツらにバレた…!?」

 ボトッ! ゴロゴロゴロ…


 その時、先程までマリアが凝視していた、マーモの本名を綴った英字ブロックが漆喰ごと次々と剥がれ、地面に転がり落ちていく様子が見えた。

 同時に、地上の一軒家へと繋がるスロープから、不明瞭だが複数の声が聞こえる。
 マリアは急いで転がり落ちたブロックを拾い、それらを手持ちの巾着袋へと入れた。

「え? なにしてるの…!?」
 敵の侵入を恐れたアニリンが、なぜかブロックを拾っているマリアにそう聞く。マリアは全てのブロックを拾い終えるとすぐ、隠し扉の前で待っている彼の手を握って走った。
「ちょっとね、何となく必要かなと思っただけ! ここはもうダメそうだ! 逃げよう!」


 …。


 その後、僅か10秒足らず。
 黒ずくめの男達が、家の階段裏を一斉に破壊し、すぐに地下へと侵入してきたのだ。

 だが、その頃には既にマリア達の姿は見つからず。男らは無線を使いながらこう発した。

「ターゲットが見つからない! なっ…!? 壁の一部から抜け道が続いているぞ!!」
『なに? まさか、ターゲットはそこから逃げたのか!?』
「かもしれない…! クソッ、まさか隠し通路を設けていたとは、ずいぶんと用意周到なヤツらだな!?
 いいか!? ヤツらを見つけても、例のガキの命だけは奪うなよ!? くれぐれも慎重にいけ!!」
『『ラジャー!』』



 ――――――――――



 ――たいへん! ツンドラのあの一軒家を、2機のヘリがダイナマイトらしきものを落として爆破したわ! マリア達が心配…! 誰か助けにいってあげて! 私も行くわ!


 同じころ。アガーレール王都近辺にいる僕達の耳にも、北の森に常駐しているサンドラからその手の緊急疑似テレパシーが届いた。
 あの聖女様があんなに慌てているとは、それだけ大ピンチなのだ。

 僕はこの時、現在のサリバの様子を見に、イシュタと共に医療施設へ足を運んでいた。
 僕は片耳に嵌めているワイヤレスイヤホン越し、サンドラの言葉に小さく頷く。

「2人とも悪い! ちょっと用事ができたから、先に上がるよ」

 そういって、両腕包帯グルグル巻きだけどとりあえず元気そうなサリバと、その様子を心配そうに見つめていたイシュタを前に、僕は謝りを入れてこの場を去った。
 マリア達が今、どこにいるのかを知らないケガ人を前に、変な心配をかけさせたくはない。だから、この程度の別れならなんら疑われる事はないだろう。そう思っていたのだが。

「…もしかして、あのお嬢様たちの身に何かあったのかも」

 イシュタが気づいてしまったようだ。サリバが「え?」といい、首を傾げる。
 するとその予想が当たっている事を証明するかのように、
「イシュタ。今日の面会はここまでだ。急いで帰宅しよう」
 キャミが歩いてきたのだ。彼もまた僕と同様、ほんの僅かな焦りを浮かべている。

 一応、例のオペレーションにおいて調査優先度が非常に高いため、今も保護監視下に置かれている身。
 そんなイシュタが、更なる不安を覚えた。

「どうして? まだ時間があるのに…!?」
「急遽予定が変更された。この後は自宅でテラが見張りを担当するから、俺が戻ってくるまで待機していろ。ヘルから面会終了の許可も得ている。いくぞ」

 そういって、イシュタにもの言わせぬ態度でズカズカ歩いていくキャミ。
 このまま従わないわけにもいかないので、申し訳ない気持ちでサリバを見ながら、イシュタはキャミの後を追ってこの場を去ったのであった。


「どうしたんだろう? あの感じ。イシュタ、なんだか無茶な事をしそうだなぁ」

 そういって不安げに帰りを見つめるサリバの後ろに、若葉が仁王立ちでつく。
 面会終了と同時に、部屋へ戻る合図であった。

(つづく)



※マルコたち
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

最弱職と村を追い出されましたが、突然勇者の能力が上書きされたのでスローライフを始めます

渡琉兎
ファンタジー
十五歳になりその者の能力指標となる職業ランクを確認した少年、スウェイン。 彼の職業ランクは最底辺のN、その中でもさらに最弱職と言われる荷物持ちだったことで、村人からも、友人からも、そして家族からも見放されてしまい、職業が判明してから三日後――村から追い出されてしまった。 職業ランクNは、ここラクスラインでは奴隷にも似た扱いを受けてしまうこともあり、何処かで一人のんびり暮らしたいと思っていたのだが、空腹に負けて森の中で倒れてしまう。 そんな時――突然の頭痛からスウェインの知り得ないスキルの情報や見たことのない映像が頭の中に流れ込んでくる。 目覚めたスウェインが自分の職業を確認すると――何故か最高の職業ランクXRの勇者になっていた! 勇者になってもスローライフを願うスウェインの、自由気ままな生活がスタートした!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...