上 下
15 / 40
第一部―カナリアイエローの下剋上―

ep.12 アガーレール王国の平均時給、○○○円。

しおりを挟む
 メロディの正体は、地下渓谷の最上部から響いていた。
 リコーダー? のような笛で、2人がかりで奏でられている。人力だ。というか、

 「あれ? これ、『蛍の光』じゃね!?」

 という事に、僕は気が付いたのである。
 そう。現実のスーパーマーケットなどで閉店前に流れている、あのお馴染みのBGM。


 「あぁ。日の出を知らせるチャイムだよ。ドワーフ達が、うっかり外へ出て太陽光を浴びる事がないよう、外の見張り番が演奏する形で制定したんだ」
 と、アゲハが笑顔で説明する。まさか、蛍の光が演奏されるなんて思ってなかったぞ。
 「『制定』って… 著作権的に大丈夫なのか? それ」
 「大丈夫でしょう。蛍の光は、確かパブリックドメインだと記憶しているから」
 なんて、この異世界ファンタジーでそんなメタな話をしていいのか分からないけど、アゲハがそう肩をすくめた。

 本人がそう言うなら。あとで調べてみよう… て、僕からだと調べられないんだった。
 まぁここは女王の責任ってことで! 僕はこれ以上、何も突っ込まないでおこうかn…
 「いらっしゃーい♪ 新米のコシヒカリ、今なら5kg500円でお得だよー!」

 ブーッ!!!
 おい待て! 今、そこの野菜小売店にいるハーフリングのお姉さん、なんていった!?
 コシヒカリ!? 500円!? てゆうかこの国の通貨単位「円」かーい!!

 「おいアゲハ…!?」
 僕は再度、怪訝な表情でアゲハへと振り向いた。
 どう考えても、あれら・・・の名付け親は1人しかいないからだ。
 先程の文面だけ見ると、思いきり現代の日本を彷彿とさせるこの状況に、アゲハもそろそろ気まずくなってきたのだろう。苦笑いで、自身のこめかみを掻きはじめた。

 ホラその反応。さっきの名称たち、あれ絶対命名したのキミだよね…!?
 この前のサツマイモといい、インターホンといい!


 「はぁ~。生きているうちに、唐辛子入りのケチャップライスが食べたいわぁ~」
 「私も~。だけど、今はその唐辛子の生息地を、コロニーの獣人たちが占領しちゃって、今は全然手に入らないのよね~」
 「そうなのよ~。あの件がなければ、今も食べたいときにいつでも食べられたのにね~」

 という、ハーフリングの女子2人が通りすがるさま、そんな世間話をしていた。
 僕は疑問に思ったものだ。異世界人さながら、どうしても好奇心が芽生えてしまう。

 「っ…」
 アゲハが、途端に歯痒そうに視線を逸らした。
 その様子だと、かなり心当たりがあるらしいが… 今は訊かないでおいた方が良さそう。


 「お疲れさーん。しかし、参ったなぁ。これ以上の事業拡大となると、渓谷の壁を更に掘り進めなきゃならねぇ」
 「あぁ、きいたぜ? それだけ多く、商品を仕入れるんだろ? だけど、専門家はみな『ここの渓谷はどこも掘り進めきってるからダメ』といってる」
 「あぁ、地盤が崩れるかもしれないってな。まぁ、無理なら地上で営むというのも手なんだけどよ。しかしなぁ。たとえば、この岩盤の向こうには空洞があるかないか、そんな透視能力があれば、いいんだけども」

 なんて、更に興味深い世間話をしているドワーフの男たち。
 こちらも通りすがりだが、先の唐辛子の件とは違い、アゲハが真摯に耳を傾けていた。
 「透視能力、ね」
 僕も、その言葉には心当たりがあった。今度、やることリストの一部にも含まれている。

 「俺達の中に、ちょうどその能力持ちの人がいたな。1人」
 「うん。だけどその人は、残念ながらまだ見つかっていない。チャームに封印されているか、どうかさえも」

 それなんだよな。今回の冒険において、心配な部分は。
 だけど、上界には死後地獄に飛ばされている仲間は、誰もいない。そこが唯一の救いか。

 「彼以外にも、チャームに封印されている仲間達を解放すればするほど、この国の人々の暮らしも、裕福になっていくのかな?」
 なんて僕は野暮なことをきく。アゲハは特段顔色を変えることなく、肯定的に述べた。
 「なるさ。もちろん今の状態でも、国民は最低限の生活が出来ているけど、今よりもっと便利になると信じている。だから、最近はまた地上への進出も視野に入れてるんだよね」

 「地上への進出?」

 「平地に家を建てて、そこで暮らす人々の数を増やす。でもそのためには、それ相応のライフラインをかなくてはならない。例えば医療機関とか、排水機能の改良とか」

 「あー。医療機関といえば、それも俺達メンバーの中に2人いたな。医師と薬剤師」

 「うん。もちろん、娯楽やサービスだって重要だよ。遊園地や、ゲームセンターなどね」

 「きけば結構なプランの数を立ててるんだな!? アゲハ。それら全部を実現するまでに、一体どれくらいの時間がかかるんだろう?」

 「なに。希望はたくさんあった方がいいでしょ?」
 と、ポジティブに述べるアガーレール王国の女王。
 国のトップが、それだけ国作りにおいて前向きに動いている人だから、国民も信頼しているのだろう―― という事が、今回の道案内で、なんとなく分かったような気がした。



 ――――――――――



 「それじゃあ、おやすみ」


 あのあと、僕達は王宮に戻り、順番に寝支度を済ませておいた。
 マリアは、既に近衛兵の自室を借りて寝ているため、僕はアゲハと一緒の寝室である。

 もちろん、このあとは添い寝というか、キングサイズのベッドでゆったり眠る予定だ。
 ただそれだけ。変な期待は一切ナシ。

 「…」

 アゲハが、遅れてベッドの上で横になる。
 隣にいる僕はもう、先の地下渓谷散歩もあってか程よく疲れていて、夢を見る寸前だ。



 何か、考え事でもしているのだろうか?
 アゲハの茶色い瞳が、どこか哀愁を帯びている。

 同時に、自身の耳に飾っている大きなピンク色の雫型イヤリングを、静かに触っていた。



 この時のアゲハは、女王としてではなく、1人の女性としての“顔”であった――。



【クリスタルの魂を全解放まで、残り 24 個】



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

親ガチャ転生記 〜最果ての地で紡ぐ英雄譚〜

蒼獅
ファンタジー
タケルは、親と環境に恵まれず、まさに「親ガチャ失敗」の人生を送っていた。18歳の誕生日、アルバイト先のコンビニから帰る途中、信号無視のトラックにはねられ命を落とす。しかし、死の間際に現れた美しい女神に「次の人生で何か願いを」と聞かれたタケルは、驚くべき願いを口にした。「どん底からでも成り上がることができる力がほしい」。 こうしてタケルは新たな世界に転生するが、待ち受けていたのはまたしても最悪な環境と最悪な親。再び「親ガチャ失敗」と思われたが、今回は違った。タケルは持ち前の知恵と知識、努力と行動力で、逆境を乗り越え成り上がっていく。最強のスキルを持たないタケルが、地道な努力と巧妙な策略でどうやって成功をつかむのか。 壮大な冒険と感動の物語が今、幕を開ける。逆境から這い上がるタケルの勇気と成長の旅に、あなたもきっと心を奪われることでしょう。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...