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第二部 ―青空かすむ怠惰の魔女―

ep.1 暗黒城の「長」、他国との同盟に非ず。

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※ここまでの相関図(~第一部)




 夜――。月光と、猛獣の遠吠えが木霊する、湿地帯。
 高い湿度を持ったマングローブの一角に、ヒスイランのクローンが夜風に揺れる。


 ここは、アゲハ達のいるアガーレール中心部や、フェブシティとはまた別の場所。

 たった1本の石の橋からしか渡れない、周囲を沼と毒ガスで囲まれた、不気味な城。
 太陽の日差しなど入らない、ロウソクと妖魔の光だけが照らす、暗黒城の深部。


 そこに、1人の美しき少女が、玉座で静かに“その時”を待っていた――。



 うめき声がする。



 女性が、苦しそうに、叫んでいる。


 その声は、段々と近づいてきて。


「失礼致します」

 観音扉が、小さなノック音と、僅かに錆びた鉄の音とともに、ゆっくり開いた。

 同時に、女性の泣き叫ぶ声が大きく響いた。
 人力の荷車に載せられたそれ・・は、中の全貌が分からないほど、全身を包帯でグルグルと巻かれ、身動きが取れない状態でいる。
 狂ったように、叫んでいる。中でもがき苦しんでいる事が、声からして分かる。

 その荷車を押していたのは、手の平ほどの大きさを持つ、コウモリの様な悪魔が2匹。
 彼らは妖魔の力で、荷車に手を添えるだけ、ここまで押してきたのである。

「チアノーゼ様。かの撮影の後、こちらの新人モデルが集積場に捨てられていました」
 悪魔の1匹が玉座の前にひれ伏し、そう告げた。

「やはり… エルフといえど、凡人が権力に抗った結果、こうなる事は予想ができた」


 その城の主、チアノーゼの第一声である。

 それはとても繊細で、だけどどこか冷酷さを秘めた、そんな声であった。

「さよう。かの富沢商会跡地にて抗議デモを一案した事がフェデュートに知れ渡り、仲間の男達は銃殺。この女は複数から慰み者にされたのち、全身を殴打されこの様な姿に」
「富沢商会、か… あんな雑魚ざこの末路など、私にはどうだっていい。それより」

 チアノーゼは玉座から立ち上がった。
 切れ長の目で静かに見つめる先に、依然として叫び続ける、包帯姿の女性。

 カツカツと歩く姿が、底知れぬ妖艶さを醸し出している。
 生気の薄い白い肌と、淡い水色の長い髪が、妖魔の光に照らされて輝く。

「かわいそうに――。大丈夫よ。すぐ楽にしてあげるから」



 包帯を巻かれた女性の声、動きが、一瞬にして止まった。

 城内に、冷たい風が吹いた。
 悪魔2匹も、僅かに顔をこわばらせたが、すぐに元の平常心を保った。

 刹那。女性は、氷の中に閉じ込められた。

 突然、糸が途切れたかの様に、静かになった。
 チアノーゼが魔法で氷塊を生み出し、女性の全身を、中がぼやけるほど分厚い氷で封じたのである。


「実行犯らのホシは?」
 氷の封印魔法を唱えたあと、ほっそりとした腕を下ろし、悪魔へと問う。
「ついています」
 と、悪魔。
「なら、その不届き者どもをここへ連れていきなさい。マーモ総統の箔がついた、このチアノーゼの名を掲げれば、それに逆らうものはいないはず――。その女は冷暗所へ」

 悪魔2匹が、チアノーゼの静かな命令に一礼した。
 すぐに、大きな氷に閉じ込められた女性の荷車を押し、部屋を去っていく。



「まったく。客人を招くなんて、不服だけど、こうする・・・・しか力を保てないもの」

 観音扉が、再び閉まった。

 悪魔達が去ったあと、チアノーゼは1人、再び玉座へと戻る。
 それは、まるで別の誰かに話しかけるように、俯きながらの独り言。

「大丈夫。彼らの命を無駄にはしないから。『罰』として、生き血を頂くだけよ」

 そういって、死んだ目をしながら、静かに舌なめずりをするチアノーゼ。
 鋭利な牙が、一瞬だけ顔を覗かせた。

 彼女の正体は、氷を司る魔女であると同時に、吸血鬼でもあった。


「世界は“力”こそ全て――。力がなければ、富も名誉も、手に入らない。
 あのアガーレールの女だってそう。結局、1人では何も出来ない無能者。
 そんな、愚かな人間共のエゴにまみれた格差など、全て勝手に壊れてしまえばいい。それら1つも残らず片付いてしまえば、私も安心して、陽を浴びれるのに」

 そう気だるげに呟くチアノーゼは、心に底知れぬ闇を抱える少女だ。
 今日、こうして現在の地位を確保するまでの間に、きっと想像を絶する様な苦痛を味わってきたのだろう。

 今の言葉は、先の富沢商会の件を踏まえれば、安易にフェデュートには聞かせられない内容である。
 前回のボスとは違い、彼女は富や名誉に、さほど興味関心を示していない。
 だけど、本人は生きる為に、仕方なく――。

 そんな葛藤が、そこはかとなく感じられた。

 チアノーゼが静かに腰かけながら、静かに目を閉じ、自身の胸に手を当てる。

「私が信じられるのは、同じ孤独を味わった者だけ。
 あの日、私を認めてくれたように――。今度は、私が、あなたを認める番よ。

 私とあなたは、一心同体。そうでしょう? 青きシアンブルーの妖精さん」



 彼女の胸元で、輝くもの。
 それは、六角柱のクリスタルをぶら下げた、大きな銀のペンダント。

 そのペンダントにされたクリスタルチャームには、英語で「C」のロゴがついていた。
 チアノーゼと同じ、氷の様に冷たいオーラを、まとっている。

 クリスタルからは、そんなチアノーゼの問いに答えるかの様に、かすかな光がまたたいていた。



 ――――――――――



 チアノーゼが籠城している暗黒城は、大陸の南に位置する場所。
 それとは逆に、少し北に進んだ大陸の中央部分には、また別の国家が築かれていた。

 地球によく似た惑星の、ほんのり魔力を秘めた、海と緑に囲まれし異世界。
 その中にある、前述した中央の国、アガーレール王国の領地内。
 仲間達の魂が封印されたクリスタルを集めるため、この世界へと転移したこの僕・芹名アキラと、先住民の2人サリバとイシュタは今日も、談笑がてら散歩をしていた。

 国は、転移したあの日から、少しずつ発展を遂げている。
 王宮から、広い平地の中央にあるボスコ―花畑、そこから東に進んで海岸沿いにまで続く、草を刈っただけの大きな道には、やがて石やレンガが敷かれていった。

 平地に建てられている家の数も、だいぶ増えてきた。
 一部では、ちょっとした商店もできている。現実と同じ、鳥・牛・豚といった家畜もいる。
「街」というよりはまだ「村」といったレベルだが、それでも依然に比べ少しは現代的な装飾と花の生垣が添えられる様になったからか、景観は凄く良くなったと思う。

 ただ、国全体としては、残念ながら「まだまだ」な文明レベルであった。
 なぜなら、地下渓谷で暮らす小人たちの農業や小売店、建築、炭鉱を除き、他に組織化されていると目に見えて分かるほどの商売が、行われていないから。

 あるとしたら、王宮で暮らす女王アゲハと、勇者マニーの公務くらいかな。
 欲を言うなら僕達含め、今のアガーレール王国の住民が現代と同じ様に暮らせるには、自動車も病院もダムも原発もない状態では、非常に難しいのである。
 予算の問題か、そう簡単には発展しようがないのだろう。君主達の公務も、楽ではない。



 一方では、どうだろうか?

 一日の時間が地球基準で「20分」と、非常に短く時が進むこの異世界では、わりと短い間隔で星空が数回見られるのが特徴であり、一種の楽しみでもあった。

 そのせいかな…?
 今日はなぜか、明るい空に一筋の“流れ星”が――。

(つづく)
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