妻は従業員に含みません

夏菜しの

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31:ヴェパー伯爵領③

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 昼下がりの通りは朝ほど小忙しくはないが、帰路に着く人が混じり始めていて、少々混み合っていた。
 その街の様子を見つつ、
「ほお中々に大きな街だな」とフリードリヒが漏らした。
「ここの周辺には他に伯爵がいませんから、ここいらでは一番大きな街ですよ」
「詳しいな」
「ええ。しばらくの間この街で暮らしていましたし、このくらいは……」
「ああそうか、伯母上から教育を受けていたのだったな」
「はい」
 八歳から十四歳までの七年間、みっちりと仕込まれましたとも。

 船を降りた時先んじて早馬を送っておいたので、屋敷に着いた後は早かった。
 門から玄関口へ。
 そこで出迎えてくれたのは先日出会ったばかりのヤーコブだった。
「ようこそいらっしゃいました」
「ごきげんようヤーコブ。
 今日はあなたがお出迎えしてくれるの?」
「恥ずかしながら二年前に旦那様から執事の任を頂いております」
「あらおめでとう。ところで先代のお爺ちゃんは……」
「ご安心ください、まだご存命ですよ。ただ仕事を失ってからは少々ボケが始まってますがね」
 酷い言い様だと思ったが、彼の口元が笑っているから冗談だと気づいた。
「あとで挨拶したいわ」
「畏まりました。ご老体もきっと喜ぶでしょう。
 それではご案内いたします。どうぞこちらへ」
 ヤーコブが先だって歩いて行き、わたしたちもそれに続いた。
 案内されたのは一番良い応接室だった。
 子供の頃はここに入るだけで叱られたものだが、まさか客人としてこの部屋に案内される日がやって来るとは思わなかったわね。
 ヤーコブは「しばらくお待ちください」と言って退室した。

「先代の執事と言うのは?」
「わたしがここに来たときからずっと変わらずお爺ちゃんでした。
 とても優しい好々爺で、子供の頃は悪戯をしたときに何度か庇って貰いましたわ」
「悪戯? うむぅ俺には悪戯をするリューディアが想像できんぞ」
「恥ずかしながら伯母様から教育を受ける前はとてもやんちゃだったんです……」
「つまり今のリューディアがあるのはすべて伯母上のお陰と言うことだな」
「ええ間違いありません」
「ならばちゃんと認めて頂かないとな」
 そう言うとフリードリヒは、膝の上に置いていたわたしの手にその大きな手を被せて優しく握りしめてくれた。
「その様に思って頂けるとは、ありがとうございます」
 わたしの記憶にある伯母はとても強情な人だ、認めて貰うのは簡単ではないだろう。だけどフリードリヒ様ならきっと……
 わたしが信頼を込めてフリードリヒに微笑み掛けると、彼も笑みを返してくれてしばし見つめ合った。

「待たせたわね」
 おざなり程度のノックと共にドアが開き伯母が入って来た。
 伯母はまずはわたしを、そして隣に座るフリードリヒを見た。そして最後はわたしの膝の上にある重なった二人の手に視線が落ちて露骨に眉を顰めた。
 アッと気づいて、慌ててフリードリヒの手を払うがすでに遅し。伯母は不機嫌そうな顔のままわたしたちの向かいのソファに座った。
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