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10:夜会

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 あのお茶会の日程が、本日の夜会より後日だったのが幸いだった。
 お陰でわたしは、ディートリヒからほんの少しの勇気を貰うことが出来る、はず。


 夜会には十分に間に合うだろう時間になれば、ギュンツベルク子爵家の馬車が着いたと執事から報告があった。
 本日のドレスはデザイナーのアンゼルマから特別にと、作って頂いたものだった。
 最近流行りだったドレスは、ディートリヒの姉のディートリンデが好んで着たシンプルなドレスだった。あれから五年、常に流行の最先端に居たディートリンデは出産の為に今期の夜会には参加していない。
 しかし今期、新たな流行を引っ張るような令嬢は現れず、以前通りのシンプルな装いのドレスが多いままだった。

 そんな中で、わたしは胸が大胆に開き腰の部分からは斜めにフリルが走った、少し派手目のドレスを着ることになった。かと言って、シンプルなドレスの前に流行った、フリフリが盛り沢山だったドレスとは違った意匠である。
 年齢を考えればいまさらシンプルで清楚なドレスは無理、ならばとこちらのドレスを薦めて頂いたのだ。


 新しい意匠のドレスを見たディートリヒは、
「これは見事な、いえ。とても良くお似合いですが、目のやり場に非常に困りますね」
 と、少しばかり視線をずらして赤面する。よくよく見れば確かに困った表情を見せていた。

「あら遠慮なく見てもいいのよ?」
 年相応に照れる姿を見て、ちょっとした悪戯心が芽生えたのだ。

「そう仰って頂いて光栄ですが、僕以外もその姿を見るかと思うと、苛立たしくも感じますね」
 そう言って優しくストールを肩からかけてくれた。

 予想以上に大切にされた気がして「あ、ありがとう」と、言うのがやっとだった。

 どっちが年上よ!
 なんだか負けた気がして悔しくて、わたしは後でどうにかして仕返ししてやろうと心に誓った。





 主催者の挨拶が終わり夜会が始まる。
 今日のわたし達は主催者に挨拶をする必要はない。このままダンスでも踊ろうかと、ディートリヒに視線を向けた。
 すると彼は、
「よろしければ、少しお話しませんか?」
 そう言ってディートリヒはわたしを休憩用のソファーへ誘った。


 ディートリヒはわたしをソファに座らせると、手が汚れない軽く摘まめるものを小皿に取りわけて戻ってくる。その帰り際には卒なく給仕にドリンクを依頼していた。
「本当に貴方ってエスコート初めてなの?」
 彼は、「義兄に厳しく鍛えられたんですよ」と苦笑しながら言った。義兄、あぁアウグストの事かと合点した。


 まずわたしは軽く本日のお礼を言った。
「エスコートの依頼を受けてくれて有難う。お父様は強引だったでしょう?」
「どうだろう、僕のところに直接は、公爵様の言葉は来ませんからね」


 暫くは他愛の無い話が続いていた。
 会場では何曲かダンスも終わったようで、さっきまで二人だけだった休憩場所も人が増えて賑わい始めていた。

 その頃になりやっとわたしは居住まいを正し、聞いておかなければならないことを問う勇気を得た。
「ねぇどうしてわたしなんかの誘いを受けてくれたの?」
 自分では言いたくない、暗に二十三歳の行き遅れと言う意味を持つ言葉。

 それに対する答えは、
「そう言えば、僕は先日誕生日を迎えましてね。十八歳になりましたよ」
 全くの見当外れの内容で、当然わたしにはその話の流れは読めず、社交辞令に「おめでとう」と言っておいた。

 すると彼は、
「これで五歳差です。たった一つですが追いつく事が出来ましたよ?」
 そう言って明るく笑った。


 彼が言いたい事が理解でき、わたしの心は喜びで酷く踊っていた。
 しかし素直に表情に出して喜べるほどには若くない。
「でも、またすぐに離れるわ」
 結局、わたしは後ろ向きな台詞を言ってしまう。

「だったら、また追いかけます」
 真剣な表情でわたしを映す涼しげな水色の双眸。
 その気恥ずかしい空気に耐えられず、わたしは立ち上がると彼をダンスに誘ったのだった。
 先ほどから年上のわたしの方がいい様にやり込められているが、何故か悔しい思いはなかった。


 ダンスホールで向かい合い、あの始めて出逢った夜会以来の二度目となるダンスを踊る。
 ステップを遊ばれた事も含めて、前回のダンスは楽しかった。しかし今日のダンスはそれを上回り、とてもとても楽しいものだった。

 あぁやはり、わたしは恋をしているようだ。
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