上 下
1 / 18

01:公爵令嬢は……

しおりを挟む
 コンコン。
「ディー入るよ?」

 ノックの返事も待たずに入ってくるのは、わたしのお父様。
 我が公爵家の当主だ。

 その手には沢山の本。
 間違いなくお見合い相手の肖像画だろう。

「お父様、年頃の娘の部屋に許可も無しに入るのは如何なものかしら?」
 ノックの返事を待てば? と、暗に嫌味を言ってみると、

「しかしね、ディー。この家にはもう十代年頃の娘は居ないのだよ?」
 この国の女性の適齢期は概ね二十二歳までとされている。
 わたしは残念ながら先日、誕生日を迎えてしまい今年で二十三歳になっていた。だからこそのお父様の言葉だ。
 人に言われると癪なのだが、確かに年頃の娘と言うには無理があったか。

「ふん、それで何の用かしら?」

「今回もディーにどうしても嫁いできて欲しいという家から、縁談のお話が沢山あってね。さあ好きな人を選びなさい」
 お父様は明るめの口調を作ってそう言った。

 きっと、なるべく暗くならないようにと言う配慮だろうな。
 それにパッと見、先月より明らかに減っているし、どうしてもと乞われたのではなく、どうにかして~と方々にお願いしてきたのだろう。
 そこまでしても数が減ったのだ、暗くもなろう。


 公爵令嬢として我がまま放題に育ったわたしは、気づけば気位も高かった。だって周りが無条件でちやほやしてくるもの、これは仕方がないと思うのよ。

 そんなわたしの為に何とか頑張ってくれたお父様。
 それが分かっていながら、わたしは素直になれず、
「後で見ておくわ」
 と、そっけない返事をした。


 これでいつもと同じ。
 後は明日の朝に「気になる人は居なかったわ」と返事をするだけ。
 数年前から、月に一度、必ず繰り返されるお約束の儀式。


 いつもならこれで、「分かったよディー」と言って部屋を出て行くのだが、どうやら今日は違っていた。

「ディー、いいかい。必ずここから選ぶんだ。いいね? もし選べないなら私が決めることになってしまうよ」
 そう言ったお父様は少し悲痛な表情をしているだろうか?
 そうか、もう限界なのか。


 わたしの家は公爵の爵位を持っている。
 しかしこの国において、公爵とは王の兄弟姉妹であった者に与えられる名誉的な意味合いの爵位でしかない。
 そして公爵の爵位は、子に継承されない。
 継承できないからこそ、公爵の爵位には権力は無い。
 もちろんお父様個人は現国王の弟の為、国の要職にも就いているので、それなりの権力や発言権は有してはいるだろう。
 しかしそれはお父様の権力であり、公爵家が持つ権力ではない。


 爵位が継承できないということは、生まれた子は男女問わず嫁なり婿なりで公爵家を出る必要がある。

 婚姻を結べば、王の親族になれるという名誉から、引く手数多の優良物件である。もちろん適齢期であれば~という意味だが。
 爵位が継げる男性が主体で婚姻が決まるこの国で、適齢期を越えた行き遅れの令嬢相手は、同じくここまで決まっていないどこかに難の有る・・・・・・・・男性か、離婚や死別して妻が居ない男性辺りにしか行き先がないのだ。

 わたしの年齢は今年で二十三歳、だからここらが限界なのだろう。


 六年前の貴族が通う学園で、わたしは身を焦がすほどの恋をした。
 あの瞬間とき、わたしの心はあの人以外の男性をすべて拒絶し、盲目的に彼だけを見つめそして恋焦がれた。
 そんな愛しい彼に近づく女は誰もが敵で、排除しなければならないとさえ思った。いや、思っただけではなく実際に、そうしたのだ。

 そして気づけば彼は別の女性を選んでいた。

 当たり前だ、なぜ自分を可愛く見せることも無い、嫌がらせだけする女に男が靡くと思ったのか?
 冷静になった今なら分かることだが、当時のわたしには分からなかった。


 あの後、何度も色々な貴族から縁談の話が上がった。
 しかし心の整理が付かないままで、外に目を向ける事が出来なかったわたしは、それらをすべてお断りしていた。
 そして七年。
 あの時の自分の何がダメだったのかは分かった。


 想い出は確かに胸の中にある。
 しかしあの失恋から七年も経った今、もはや感情が朧気でわたしの心に、いまだ彼が居るのか居ないのか、それはもう分からなかった。


 いまさら恋愛結婚したいとは言わない。
 せめて一歩だけでも踏み出そう。
 そう心に決めると、頑なだった心が氷解したかのように、すっと軽くなった気がした。

 だからわたしは努めて明るく、
「お父様。肖像画では分かりませんの、出来れば実物を見て決めさせてくださいませんか?」 そう、懇願してみた。
 これが最後の我がままになると良いなと思いながら。


 お父様は少し驚いた表情を見せるがすぐに消し去り、
「分かった、では夜会を開こうか」
 と、約束してくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵閣下の褒賞品

夏菜しの
恋愛
 長い戦争を終わらせた英雄は、新たな爵位と領地そして金銭に家畜と様々な褒賞品を手に入れた。  しかしその褒賞品の一つ。〝妻〟の存在が英雄を悩ませる。  巨漢で強面、戦ばかりで女性の扱いは分からない。元来口下手で気の利いた話も出来そうにない。いくら国王陛下の命令とは言え、そんな自分に嫁いでくるのは酷だろう。  互いの体裁を取り繕うために一年。 「この離縁届を預けておく、一年後ならば自由にしてくれて構わない」  これが英雄の考えた譲歩だった。  しかし英雄は知らなかった。  選ばれたはずの妻が唯一希少な好みの持ち主で、彼女は選ばれたのではなく自ら志願して妻になったことを……  別れたい英雄と、別れたくない褒賞品のお話です。 ※設定違いの姉妹作品「伯爵閣下の褒章品(あ)」を公開中。  よろしければ合わせて読んでみてください。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

悪役公爵令嬢のご事情

あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。 他のサイトにも投稿しております。 名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。 本編4話+外伝数話の予定です。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

処理中です...