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01:公爵令嬢は……
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コンコン。
「ディー入るよ?」
ノックの返事も待たずに入ってくるのは、わたしのお父様。
我が公爵家の当主だ。
その手には沢山の本。
間違いなくお見合い相手の肖像画だろう。
「お父様、年頃の娘の部屋に許可も無しに入るのは如何なものかしら?」
ノックの返事を待てば? と、暗に嫌味を言ってみると、
「しかしね、ディー。この家にはもう十代の娘は居ないのだよ?」
この国の女性の適齢期は概ね二十二歳までとされている。
わたしは残念ながら先日、誕生日を迎えてしまい今年で二十三歳になっていた。だからこそのお父様の言葉だ。
人に言われると癪なのだが、確かに年頃の娘と言うには無理があったか。
「ふん、それで何の用かしら?」
「今回もディーにどうしても嫁いで欲しいという家から、縁談のお話が沢山あってね。さあ好きな人を選びなさい」
お父様は明るめの口調を作ってそう言った。
きっと、なるべく暗くならないようにと言う配慮だろうな。
それにパッと見、先月より明らかに減っているし、どうしてもと乞われたのではなく、どうにかして~と方々にお願いしてきたのだろう。
そこまでしても数が減ったのだ、暗くもなろう。
公爵令嬢として我がまま放題に育ったわたしは、気づけば気位も高かった。だって周りが無条件でちやほやしてくるもの、これは仕方がないと思うのよ。
そんなわたしの為に何とか頑張ってくれたお父様。
それが分かっていながら、わたしは素直になれず、
「後で見ておくわ」
と、そっけない返事をした。
これでいつもと同じ。
後は明日の朝に「気になる人は居なかったわ」と返事をするだけ。
数年前から、月に一度、必ず繰り返されるお約束の儀式。
いつもならこれで、「分かったよディー」と言って部屋を出て行くのだが、どうやら今日は違っていた。
「ディー、いいかい。必ずここから選ぶんだ。いいね? もし選べないなら私が決めることになってしまうよ」
そう言ったお父様は少し悲痛な表情をしているだろうか?
そうか、もう限界なのか。
わたしの家は公爵の爵位を持っている。
しかしこの国において、公爵とは王の兄弟姉妹であった者に与えられる名誉的な意味合いの爵位でしかない。
そして公爵の爵位は、子に継承されない。
継承できないからこそ、公爵の爵位には権力は無い。
もちろんお父様個人は現国王の弟の為、国の要職にも就いているので、それなりの権力や発言権は有してはいるだろう。
しかしそれはお父様の権力であり、公爵家が持つ権力ではない。
爵位が継承できないということは、生まれた子は男女問わず嫁なり婿なりで公爵家を出る必要がある。
婚姻を結べば、王の親族になれるという名誉から、引く手数多の優良物件である。もちろん適齢期であれば~という意味だが。
爵位が継げる男性が主体で婚姻が決まるこの国で、適齢期を越えた行き遅れの令嬢相手は、同じくここまで決まっていないどこかに難の有る男性か、離婚や死別して妻が居ない男性辺りにしか行き先がないのだ。
わたしの年齢は今年で二十三歳、だからここらが限界なのだろう。
六年前の貴族が通う学園で、わたしは身を焦がすほどの恋をした。
あの瞬間、わたしの心はあの人以外の男性をすべて拒絶し、盲目的に彼だけを見つめそして恋焦がれた。
そんな愛しい彼に近づく女は誰もが敵で、排除しなければならないとさえ思った。いや、思っただけではなく実際に、そうしたのだ。
そして気づけば彼は別の女性を選んでいた。
当たり前だ、なぜ自分を可愛く見せることも無い、嫌がらせだけする女に男が靡くと思ったのか?
冷静になった今なら分かることだが、当時のわたしには分からなかった。
あの後、何度も色々な貴族から縁談の話が上がった。
しかし心の整理が付かないままで、外に目を向ける事が出来なかったわたしは、それらをすべてお断りしていた。
そして七年。
あの時の自分の何がダメだったのかは分かった。
想い出は確かに胸の中にある。
しかしあの失恋から七年も経った今、もはや感情が朧気でわたしの心に、いまだ彼が居るのか居ないのか、それはもう分からなかった。
いまさら恋愛結婚したいとは言わない。
せめて一歩だけでも踏み出そう。
そう心に決めると、頑なだった心が氷解したかのように、すっと軽くなった気がした。
だからわたしは努めて明るく、
「お父様。肖像画では分かりませんの、出来れば実物を見て決めさせてくださいませんか?」 そう、懇願してみた。
これが最後の我がままになると良いなと思いながら。
お父様は少し驚いた表情を見せるがすぐに消し去り、
「分かった、では夜会を開こうか」
と、約束してくれた。
「ディー入るよ?」
ノックの返事も待たずに入ってくるのは、わたしのお父様。
我が公爵家の当主だ。
その手には沢山の本。
間違いなくお見合い相手の肖像画だろう。
「お父様、年頃の娘の部屋に許可も無しに入るのは如何なものかしら?」
ノックの返事を待てば? と、暗に嫌味を言ってみると、
「しかしね、ディー。この家にはもう十代の娘は居ないのだよ?」
この国の女性の適齢期は概ね二十二歳までとされている。
わたしは残念ながら先日、誕生日を迎えてしまい今年で二十三歳になっていた。だからこそのお父様の言葉だ。
人に言われると癪なのだが、確かに年頃の娘と言うには無理があったか。
「ふん、それで何の用かしら?」
「今回もディーにどうしても嫁いで欲しいという家から、縁談のお話が沢山あってね。さあ好きな人を選びなさい」
お父様は明るめの口調を作ってそう言った。
きっと、なるべく暗くならないようにと言う配慮だろうな。
それにパッと見、先月より明らかに減っているし、どうしてもと乞われたのではなく、どうにかして~と方々にお願いしてきたのだろう。
そこまでしても数が減ったのだ、暗くもなろう。
公爵令嬢として我がまま放題に育ったわたしは、気づけば気位も高かった。だって周りが無条件でちやほやしてくるもの、これは仕方がないと思うのよ。
そんなわたしの為に何とか頑張ってくれたお父様。
それが分かっていながら、わたしは素直になれず、
「後で見ておくわ」
と、そっけない返事をした。
これでいつもと同じ。
後は明日の朝に「気になる人は居なかったわ」と返事をするだけ。
数年前から、月に一度、必ず繰り返されるお約束の儀式。
いつもならこれで、「分かったよディー」と言って部屋を出て行くのだが、どうやら今日は違っていた。
「ディー、いいかい。必ずここから選ぶんだ。いいね? もし選べないなら私が決めることになってしまうよ」
そう言ったお父様は少し悲痛な表情をしているだろうか?
そうか、もう限界なのか。
わたしの家は公爵の爵位を持っている。
しかしこの国において、公爵とは王の兄弟姉妹であった者に与えられる名誉的な意味合いの爵位でしかない。
そして公爵の爵位は、子に継承されない。
継承できないからこそ、公爵の爵位には権力は無い。
もちろんお父様個人は現国王の弟の為、国の要職にも就いているので、それなりの権力や発言権は有してはいるだろう。
しかしそれはお父様の権力であり、公爵家が持つ権力ではない。
爵位が継承できないということは、生まれた子は男女問わず嫁なり婿なりで公爵家を出る必要がある。
婚姻を結べば、王の親族になれるという名誉から、引く手数多の優良物件である。もちろん適齢期であれば~という意味だが。
爵位が継げる男性が主体で婚姻が決まるこの国で、適齢期を越えた行き遅れの令嬢相手は、同じくここまで決まっていないどこかに難の有る男性か、離婚や死別して妻が居ない男性辺りにしか行き先がないのだ。
わたしの年齢は今年で二十三歳、だからここらが限界なのだろう。
六年前の貴族が通う学園で、わたしは身を焦がすほどの恋をした。
あの瞬間、わたしの心はあの人以外の男性をすべて拒絶し、盲目的に彼だけを見つめそして恋焦がれた。
そんな愛しい彼に近づく女は誰もが敵で、排除しなければならないとさえ思った。いや、思っただけではなく実際に、そうしたのだ。
そして気づけば彼は別の女性を選んでいた。
当たり前だ、なぜ自分を可愛く見せることも無い、嫌がらせだけする女に男が靡くと思ったのか?
冷静になった今なら分かることだが、当時のわたしには分からなかった。
あの後、何度も色々な貴族から縁談の話が上がった。
しかし心の整理が付かないままで、外に目を向ける事が出来なかったわたしは、それらをすべてお断りしていた。
そして七年。
あの時の自分の何がダメだったのかは分かった。
想い出は確かに胸の中にある。
しかしあの失恋から七年も経った今、もはや感情が朧気でわたしの心に、いまだ彼が居るのか居ないのか、それはもう分からなかった。
いまさら恋愛結婚したいとは言わない。
せめて一歩だけでも踏み出そう。
そう心に決めると、頑なだった心が氷解したかのように、すっと軽くなった気がした。
だからわたしは努めて明るく、
「お父様。肖像画では分かりませんの、出来れば実物を見て決めさせてくださいませんか?」 そう、懇願してみた。
これが最後の我がままになると良いなと思いながら。
お父様は少し驚いた表情を見せるがすぐに消し去り、
「分かった、では夜会を開こうか」
と、約束してくれた。
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