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24:ハロルド①

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 シュナレンベルガー公爵とヴェーデナー公爵。
 二つの公爵家がいがみ合えば、自ずと内紛の話も持ち上がる。
 当然その様な事が許される訳も無く、わたしとルーカス、そして両家の者らが秘密裏に王宮に呼び出された。
 秘密裏なので当然、謁見の間ではなく奥まったところにある殺風景な会議室だ。
 ドア側が開いたコの字に並べられたテーブル、正面に国王陛下と宰相が、右手にシュナレンベルガー公爵家から父と兄が、左手にヴェーデナー公爵家からヴェーデナー公爵とハロルドが座っていた。

 ちなみにわたしとルーカスはドアの側。
 椅子も無しに立たされ中だ。

「さてまずは事の次第を説明して貰おうか」
 最初に口を開いたのは宰相。
 それを受けてお父様が椅子を鳴らして立ち上った。
「私の娘エーデルトラウトがヴェーデナー公爵家のルーカスと婚姻を結びました。
 ですがあろうことか、それは偽装。
 娘はこやつに騙されたのです!」
 当然ヴェーデナー公爵は黙っておらず、負けじと立ち上がり応戦を始めた。
「待たれよ!
 ルーカスの話ではエーデルトラウトもこの話に乗ったと言うではないか!
 発端を作ったルーカスは確かに悪い。だがすべてをルーカスに押し付けるのはいかがな物か?」
「ほぉ先日届いた謝罪の台詞は嘘であったか?」
「なにを!? それを受け入れなかったのはそちらの方だろう」
「娘の名誉が傷つけられたのだぞ? やすやすと謝罪など受けられるものか!」
「いやどうかな。このような提案に乗る娘だ、ルーカスから話が無くとも、いずれは同じことをやったのではないか?」
「くっ! 儂の娘をまたも侮辱するか!!?」
「もうよい! 二人とも落ち着け。 陛下の御前であるぞ!」
 いまにもテーブルを乗り越えそうな勢いになり、宰相が割って入り二人を諭す。
 陛下の名が出た事で二人の公爵は慌てて謝罪を口にした。

 二人を諌めた宰相は続いてわたしたちの方を見た。
「ヴェーデナー公爵家ルーカスに聞く。この提案は真か?」
「はい」
「お主から提案したというのも?」
「はい、私から提案しました」
「シュナレンベルガー公爵家エーデルトラウトに聞く。お主は提案を知ったうえで結婚したのだろうか?」
「はい」
「バレぬと本気で思っていたのか?」
「はい……」
「浅はかだな」
 ぐうの音も出ない。
 事実だけを確認した宰相は国王陛下に小声で話しかけた。それを受けて国王陛下は無言で首肯、それを受けて宰相が再び声を発した。

「ヴェーデナー公爵家ルーカス。
 一夫一妻制の国法を上手く抜けたつもりだろうがそうはいかんぞ。妻以外の女性と私生活を共にしたお主の行為は、籍が入っておらずとも妻と同義である。さらに今回、その企みによりによって他の公爵家をも巻き込んだ罪は重い。
 お主一人の処罰で足りると思うなよ」
「お待ちください!」
 その降格をも匂わせる発言に過敏に反応したのは、ヴェーデナー公爵だった。
「なにか? ヴェーデナー公爵」
「わたしは愚息の不貞に気づき、とうにこやつを廃嫡しております。
 お伝えする時期が無く、国王陛下のお耳に入っていなかったことは、ここでお詫びいたします」
 そんな話は微塵になかったのに、ヴェーデナー公爵は家に罪が振り掛かろうとするや否や、即座にルーカスを切り捨てた。
 実に貴族的だと思う反面、恐ろしい人だと改めて震えた。
「ほおすでに廃嫡したと申すか?」
「はい。ですのでその場にいる者は、我がヴェーデナー公爵家とは何の関係もございません」

「ヴェーデナー公爵よ、その言葉に二言は無いな?」
 ここで初めて国王陛下が口を開いた。
 静かだが威圧感満載の言葉に部屋がシンと静まり返った。
「は、はい。二言はございません」
 国王陛下は「分かった」と言って再び口を閉じた。

 わたしは隣に立つルーカスに視線を送った。
 父親に切り捨てられた彼は顔を蒼白にし、立っているのがやっとの様子。しかし同情なんてしていられない。
 次はわたしの番だもの。

「シュナレンベルガー公爵家エーデルトラウト。
 婚姻したにも関わらず、夫の不貞を諌めなかったのは不味かったな」
「……はい」
「そなたの行いは後ほど言い渡す」
 続きは無く、宰相の口元は憎々しげに歪んでいた。
 えっそんなけ?

 どういう事かと部屋中に視線を這わせると、ニヤッと口元を緩めていたお兄様と目が合った。するとお兄様は口パクで……
 んーと、『ほうが』、『ない』、かしら。ほうがない……、ほうが無い、ああ『法が無い』ね。
 んんっ!? 法が無いですって。

 お兄様がニヤッと嗤っていた理由がやっと分かった。
 思い起こせば、先ほどのルーカスの件が限界ギリギリで、実際は法に触れていないのに、マルグリットとの共同生活を引き合いに出して妻と同じとみなして罪とした。
 そもそも一夫一妻制は、不貞をした側には罪があるが、不貞された側には罪が無い。例えそれを知っていたとしても……だ。

 例えば夫が不貞をしていることを妻が気づいていたとする。
 口にすれば暴力を振るわれるかもしれない、または夫が捕まれば今後の生活に支障をきたすかもしれない、ならばと口を噤む者も少なくはない。
 だからそちらを罰する法は存在していない。

 ルーカスの処分があまりにも重くて震えていたけど……
 もしかして行けるんじゃない!?


「くっく喜ぶのはまだ早いぞエーデルトラウトよ。
 さて宰相には少々荷が勝ち過ぎるようだからな、ここからは余が変わろう」
 顔に出ていたのか、今度は国王陛下が直々に声を掛けてきた。
 国王陛下とわたしの関係は従伯父。小さい頃は遊んで貰ったこともあるが、いまの彼は公私の私そちらではなくて、公私の公あちらがわ。
 そこから発せられる威圧感ったら半端なかった。
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