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11:初めてのお仕事

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 街の大通りの一角には、老舗の小洒落たレストランがある。
 ここは追加で料金を支払えば、お店の奥にある個室が利用できて、おまけに店員は秘密厳守。この店はその手の要求を欲するお客から一定の支持を得ていた。
 かく言うわたしも、結婚前にルーカスに連れられて幾度か利用したわ。

 さて本日はお兄様に連れられてこのレストランにやって来た。
 もちろん二人でお義姉様の目を盗んで密会と言う話ではなく、以前にお兄様にお願いしたお金を稼ぐことに関する話だ。
 なんでもこの店の売上が落ち込んでいるそうで、それを何とかしたいと、どういう経路を辿ったのかお兄様に話が舞い込んできたそうだ。
 無事売上が戻れば、売上からいくらかのリベートが貰えることになっている。
 お兄様がいろいろと手広くやっているのは知っていけども、まさかこのようなことまでやっているとは流石に知らなかったわね。

「これはこれはエリック様。本日はご足労ありがとうございます」
 この時間お店は準備中。お兄様が入るや、揉み手で店主自らが出迎えてくれた。店主はお兄様と挨拶を交わし、視線を後ろのわたしへと滑らせた。
「彼女はエーデルトラウト、俺の妹だ」
「左様でしたか、ではあちらにお茶とお菓子を準備させましょう」
「いやそれには及ばん。
 いま俺は多忙でな、今回の相談は妹に任せたいと思って連れてきた」
「そうですか……」
 辛うじて返事は返って来たが、その口調はどう考えても納得している様には聞こえなかった。
 そりゃあそうよね。
 お兄様を頼ったはずが断られて、その妹が出てきたのだもの。

 そしてわたしが気づいたぐらいだ。お兄様がそれに気づかない訳がない。
「まあ俺が忙しいのは今月だけでな。もしも来月も改善が見られなければ、次こそ俺が相談に乗ると約束しよう」
 それを聞いた店主はすぐに顔を綻ばせた。
 流石お兄様としか言いようがない。
 なし崩しにわたしが助言することを認めさせてしまったわ。


 ここからは好きにしろとばかりに、お兄様は店の片隅で珈琲を淹れて貰い、静かに嗜んでいる。
 それを尻目に、まずわたしは店主から話を聞いた。

 もっとも売上が落ちたのは個室の利用料で、全盛期に比べれば二割ほどまで落ち込んでいるそうだ。全盛期がいつかはこの際置いておいて、年単位の帳簿の数字は確かに下降の一途を辿っていた。
 ここまで分かっているのならば、いっそ自分で改善すれば良いのにとわたしが思ったのは当たり前。しかし店主は帳簿を見て要因には気付いたが、なぜ客が減ったのかは分からなかったようだ。
「そうねえ強いて言うなら、このお店が特に古いからじゃないかしら?」
 漠然と言えばこれかなとわたしは言葉を漏らした。

「確かに建物は古いですが、店内の改装は何度か行っておりますぞ?」
「そうじゃなくて、このお店は昔からそのためだけに部屋を使わせ過ぎたのよ」
「あのぉ仰っている意味が……」
「店員が秘密厳守なのは大いに結構よ。
 でもね、あの部屋を使ったということは、入った二人は秘密の話をする仲なんだなと周りに解っちゃうと言っているの」
 わたしは結婚前に、ルーカスに連れられてここに来たことがある。あの馬鹿は何とも思っていなかったけれど、わたしは周りにバレやしないかとヒヤヒヤしていたのを覚えている。

「なるほど! 流石はエリック様の妹君ですな!」
「ふふんっそうだろう。俺の妹に任せておけば大丈夫だ」
「はい!」
 いや原因が分かっただけで、まだ解決になってないんだけど……

「では他の客にも使わせますか?」
「どうやって?」
 お高い使用料を支払ってまで、誰がそんな疑いが掛かる部屋に好んで入るものか。
「使用料を取らないというのはどうでしょう」
「いずれは客足が戻るでしょうけど、戻っても利益にはならないと思うわよ」
 だってお部屋の使用料を取っていないんだもん。
 だったら今と変わらなくない?
「しかし噂は消えますよね?」
「おいおい消えるでしょうね」
「だったらいずれ利用客も戻ってくれるのではないかと思います」
「貴方がそれで良いなら良いけど……
 ちょっとわたしに面白い案があるの、少し任せて見ない?」

 普通に考えれば、悪い噂が立っている有料のお部屋など誰も使わない。
 だから店主が言った通り無料で使わせて、噂が薄まるのを待つのも有りっちゃー有りよね。
 でもそれよりも黒い噂と縁遠い〝女性同士〟の客を獲得することを提案した。
「黒い噂ですか?」
「ええ、部屋を使うのは逢引や浮気を楽しむ男女か、不正の密談をする男性同士が多いわね。だったら噂と縁遠い女性同士を呼びましょう」
「女性同士と簡単に言われましても、どのようにすればよいか皆目見当がつきません」
「実際に呼ぶのはわたしがやるわ」
「なるほど公爵家の名を使って頂けるのですね! それでしたら安心です!」
「何言っているのよ。公爵わたしが呼べば来るわよ。でもそれじゃあ呼んだ時にしか来ないでしょ?
 呼んだ後も自主的に来てくれるモノがこの店には必要よ」
「はぁ……」
 いまいちピンと来ていない様子の店主。

「いーい。まず女性が好む、美味しいデザートを準備しなさい。
 そのデザートは単品では売らずに、〝限定〟とか〝新作〟、〝いまだけ〟の様な、すぐに食べなきゃって気になる売り文句をつけるの。
 そうすれば次回もきっと来てくれるはずよ」
「なるほど、勉強になります」
「店主よ。そのデザートだが、俺の妹を監修にしてはどうだ?」
「私どもとしましては、実際に上流階級のエーデルトラウト様に試食して頂けるのでしたら願ったりですが……
 よろしいのですか?」
「もちろん監修の代金は貰うぞ」
「ええ当然ですとも」
「だそうだが良いか? エーデラ」
「はい構いませんわ」
 売上リベートだけだったはずが、お兄様の口添えのお陰で、デザートを食べてお金を貰えるようになってしまった。
 お兄様ったら本当に凄いわね!







 後日、わたしは再びあのレストランにやって来た。ただし今日はお客として、奥にある個室を希望している。
「ね、ねえエーデラ、このお店はちょっと……」
 グレーテルの嫌がり様は、この店に流れる噂の浸透っぷりを裏付けてくれた。

 それにしても……
 普段は毅然とした態度を見せるグレーテルのちょっと怯えた姿は、そのギャップから大変可愛らしく見える。
 それを見てわたしが少しだけ悪戯したくなったのは仕方がない事だろう。
「あらグレーテルったら、わたしと秘密のお話をするのはそんなに嫌なのかしら」
 これ見よがしに体を寄せて、腕を取る。
 すると彼女は顔を真っ赤に染めて慌てふためいた。
「店なら他にもって、ええっ!? エーデラ私に秘密のお話があるの!?」
「驚き過ぎ。
 そんなの無いわよ」
「だったら別の店に行こ。ねっ?」
 あら悪戯に怒るよりも、まだ嫌悪感の方が強いのね。

「確かにこの店の噂は良くないけど、最近ちょっと面白いことを聞いた・・・のよ」
「どういう話?」
「なんでもね、このお店の料理に付いてくるデザートが絶品だそうよ」
「デザート? 本当に美味しいのかな」
「ええそう聞いたわ・・・・
 間違いなく保障する!
 なんせ満足がいくまで試食したら、お腹のお肉がとっても不味いことになったんだもの。
 お菓子を食べてお金が貰える美味しい商売だと思ったのに……
 くぅ……

「じゃあ買って帰って家で食べましょう。
 先日とてもいい茶葉が手に入ったのよ?」
 〝買って帰る〟。
 ふふんっでもね、その言い訳は予想済みよ。
「あら残念ながらそれは無理だわ。
 さっきも言ったけれど、そのデザートはお料理の最後に付いてくる品なの。おまけにお昼だけの限定なんですって」
「そうなんだ、う~ん……
 だったら仕方ないわね、食べていきましょう」
 こうしてまんまとグレーテルはわたしの誘いに乗ってくれた。
 今後彼女から広まれば女性の利用客が増えて、本来の目的で部屋を利用する人も利用しやすくなるはずだわ。
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