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03:偽装結婚
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それからわたしはルーカスと何度も会って話し合い、偽装結婚の条件について細部を詰めて行った。
この様な生活が、『互いの生活に干渉しない』だけで上手く行くわけがないのは、わたしもルーカスも理解していたのだ。
まず決めたのはわたしのお給金だ。
無尽蔵に使ってよいなんて虫の良い話が通る訳がなく、月払いのお給金制になった。贅沢させてやるの言葉通り、決して少なくない額だった。
「ところで貴方、公爵家の嫡男として社交界には出席するわよね。その際のパートナーはどうするの?」
「本音で言えば愛人と出たいと思っている。
だがそのような場に妻以外の女性を連れていける訳がないだろう」
「じゃあわたしを連れて行くのね」
「残念ながらそうだな」
「そこは『当然だ』と言うところよ」
いくらなんでも残念は失礼じゃない?
「当然だ。
これでいいか。それで? 何が言いたいんだ」
「例えば夜会に出るにはドレスが、さらに身分に相応しい貴金属が必要でしょう?
それらに掛かった費用は当然払って貰えるのよね?」
「なるほどな。
分かった、それは俺が出そう」
「ふふっ物分かりが良くてとても助かるわ」
「ドレスはエーデラとマルグリットでは全く体系が違うからどうしようもないが、貴金属は終わったらマルグリットに贈ることにするから問題ない」
愛人の胸が風船みたいに大きいのは知っているが、面と向かって言われると流石に腹が立つわね。
「参考までに教えてあげるわ。
まず女性に体型の話はタブーよ。それから他の人が使った貴金属を贈るですって? あなた正気?
わたしがもしもそれを知ったなら、間違いなくあんたを捨てるわね」
わたしは毎回買う必要が無いことは伏せて、使用済みを渡すと嫌われることだけを教えてやった。
「ええっそんなにか!?」
「当然よ!」
わたしは振り向きつつ「ねっ?」と後ろに控えていた近侍のイルマに確認した。突然話を振られても彼女は一切の動揺を見せず、「私もそう思います」と返した。
「そ、そうか。そうなると貴金属の出費は流石に痛いな……」
そんな風にチラっとこちらを見られてもね?
己の迂闊な発言に後悔なさい。
「ねぇへこんでいる所悪いのだけど、まだあるわよ。
公爵家の妻としての振る舞いは別料金、ちゃんと個別に特別手当で支払って頂戴ね」
先ほどの夜会に加えてお茶会やお付き合いに関わるお手紙のお返しなどなどを説明していく。
「お、おい! 仮にも俺たちは結婚するんだぞ、それは給金の内だろう」
先ほどの話の続きだからか、ルーカスはみっともなく値切ろうとし始めた。
しかしそんなことをわたしが許すわけがないじゃない。
「あらいやよ。
だってわたしは自由とお金の為に結婚するのでしょう? 堅苦しく公爵家の妻として振る舞うなんて、まったく自由じゃないわ」
「くっ……だがな……」
「その程度の気概なら愛人との結婚を諦めたらどうかしら?」
「よし! 分かった特別手当を払おう。
公爵家の妻としての行動はすべて仕事と認めるぞ!」
「ふふふっありがとう」
ほ~んと単純ね。
その後も、結婚とは程遠い話が続いていく……
それから半年後、わたしとルーカスは結婚した。
無事に式が終わり、
「ご結婚おめでとうございます義姉上」
「ありがとうハロルド」
にっこり爽やか笑顔で挨拶をして来たのは、ルーカスの三つ下の弟ハロルドだ。
子供の頃はその年齢差から、わたしたちの後を必死についてくるだけの子だったが、いまはすっかり大きくなりすっかり見上げる好青年になっていた。
顔の良いルーカスの弟だけありハロルドも美形。
噂でモテるとは聞いていたけれども、家柄と高身長に加えてあの爽やかな笑みを見せられれば、確かに~と納得するしかないわ。
「そう言えば義姉上たちは新しく建てた邸宅で暮らすそうですね」
口の上手いルーカスが『新婚の間は二人で楽しみたい』と、もっともらしい事を言って、新たな屋敷を準備して貰ったのだ。
当たり前だがこれは愛人のための嘘八百で、彼は新居の近くにこっそり立てた小さな別宅で愛人と暮らす予定だ。
「ええ。お義父様が建ててくださったのよ。
ふふふっもしかして寂しい?」
「そうですね……
今日がおめでたい日なので言ってしまいますが、実は僕の初恋は義姉上でしたよ」
「ええっ! それほんと?」
「はい」
彼の屈託のない眩しいほどの笑顔にちょっぴり悪戯心が湧いた。
わたしはハロルドに近づき、その胸に頬を寄せて抱きしめた。
「ちょ、義姉上!?」
すぐに上から焦った声が聞こえてきた。
そして視線の端で手が上がり、引きはがすか、それとも抱き返してくるか~とほくそ笑んでいる所に、
「おいエーデラ! うちの弟で遊ぶな!」
後ろからルーカスの声が聞こえてきて悪戯は終了した。
ちぇっつまんないの。
わたしはハロルドから身を離して振り返った。
「ふふん。悪いけど今日からわたしの弟でもあるのよ」
「まあそうだがな。ほどほどにしてくれよ」
隣から「弟……」と小さな呟きが聞こえてきた気がしたが、ルーカスの声と丁度重なって本当に聞こえたかは定かでは無いけどね。
流石は公爵家と言うべきか、新たに建てられた屋敷は二人で暮らすには大きかった。
二人で暮らすのでも広いのに、それをわたし一人で使うのだから、正直に言ってすぐに持て余すだろう。
さて問題のルーカスと愛人が暮らす別邸の方はと言うと、新居の工事がすべて終わった後にこっそり工事を始めて、屋敷の裏手の庭の端にひっそりと建てられていた。
建物の周りには追加で植えられた木々が邪魔して、本邸からは別邸の屋根が何とか見えるくらいで、あちらの生活の様子まではとても見えない。
はっきり言って何とも思っていないけれど、大っぴらに見えているよりは隠して貰う方が楽なので、この配慮はありがたい。
結婚式が終わるとわたしは新しく建てられた本邸に入った。なおルーカスも今夜だけはこちらに泊まるらしい。
ただし泊まると言っても、その様なことは契約外なので、形だけの話だ。
「お帰りなさいませ」
わたしたちを使用人らが出迎えてくれた。
わたしがシュナレンベルガー公爵家から連れてきたのは、姉妹同然に育った近侍のイルマだけ。つまり彼らはルーカスが新たに雇った、この家の事情をしる使用人たちだ。ちなみに他言無用と厳命してある分、お給金が他より高いらしい。
こうして秘密だらけの、わたしの新たな生活が始まった。
この様な生活が、『互いの生活に干渉しない』だけで上手く行くわけがないのは、わたしもルーカスも理解していたのだ。
まず決めたのはわたしのお給金だ。
無尽蔵に使ってよいなんて虫の良い話が通る訳がなく、月払いのお給金制になった。贅沢させてやるの言葉通り、決して少なくない額だった。
「ところで貴方、公爵家の嫡男として社交界には出席するわよね。その際のパートナーはどうするの?」
「本音で言えば愛人と出たいと思っている。
だがそのような場に妻以外の女性を連れていける訳がないだろう」
「じゃあわたしを連れて行くのね」
「残念ながらそうだな」
「そこは『当然だ』と言うところよ」
いくらなんでも残念は失礼じゃない?
「当然だ。
これでいいか。それで? 何が言いたいんだ」
「例えば夜会に出るにはドレスが、さらに身分に相応しい貴金属が必要でしょう?
それらに掛かった費用は当然払って貰えるのよね?」
「なるほどな。
分かった、それは俺が出そう」
「ふふっ物分かりが良くてとても助かるわ」
「ドレスはエーデラとマルグリットでは全く体系が違うからどうしようもないが、貴金属は終わったらマルグリットに贈ることにするから問題ない」
愛人の胸が風船みたいに大きいのは知っているが、面と向かって言われると流石に腹が立つわね。
「参考までに教えてあげるわ。
まず女性に体型の話はタブーよ。それから他の人が使った貴金属を贈るですって? あなた正気?
わたしがもしもそれを知ったなら、間違いなくあんたを捨てるわね」
わたしは毎回買う必要が無いことは伏せて、使用済みを渡すと嫌われることだけを教えてやった。
「ええっそんなにか!?」
「当然よ!」
わたしは振り向きつつ「ねっ?」と後ろに控えていた近侍のイルマに確認した。突然話を振られても彼女は一切の動揺を見せず、「私もそう思います」と返した。
「そ、そうか。そうなると貴金属の出費は流石に痛いな……」
そんな風にチラっとこちらを見られてもね?
己の迂闊な発言に後悔なさい。
「ねぇへこんでいる所悪いのだけど、まだあるわよ。
公爵家の妻としての振る舞いは別料金、ちゃんと個別に特別手当で支払って頂戴ね」
先ほどの夜会に加えてお茶会やお付き合いに関わるお手紙のお返しなどなどを説明していく。
「お、おい! 仮にも俺たちは結婚するんだぞ、それは給金の内だろう」
先ほどの話の続きだからか、ルーカスはみっともなく値切ろうとし始めた。
しかしそんなことをわたしが許すわけがないじゃない。
「あらいやよ。
だってわたしは自由とお金の為に結婚するのでしょう? 堅苦しく公爵家の妻として振る舞うなんて、まったく自由じゃないわ」
「くっ……だがな……」
「その程度の気概なら愛人との結婚を諦めたらどうかしら?」
「よし! 分かった特別手当を払おう。
公爵家の妻としての行動はすべて仕事と認めるぞ!」
「ふふふっありがとう」
ほ~んと単純ね。
その後も、結婚とは程遠い話が続いていく……
それから半年後、わたしとルーカスは結婚した。
無事に式が終わり、
「ご結婚おめでとうございます義姉上」
「ありがとうハロルド」
にっこり爽やか笑顔で挨拶をして来たのは、ルーカスの三つ下の弟ハロルドだ。
子供の頃はその年齢差から、わたしたちの後を必死についてくるだけの子だったが、いまはすっかり大きくなりすっかり見上げる好青年になっていた。
顔の良いルーカスの弟だけありハロルドも美形。
噂でモテるとは聞いていたけれども、家柄と高身長に加えてあの爽やかな笑みを見せられれば、確かに~と納得するしかないわ。
「そう言えば義姉上たちは新しく建てた邸宅で暮らすそうですね」
口の上手いルーカスが『新婚の間は二人で楽しみたい』と、もっともらしい事を言って、新たな屋敷を準備して貰ったのだ。
当たり前だがこれは愛人のための嘘八百で、彼は新居の近くにこっそり立てた小さな別宅で愛人と暮らす予定だ。
「ええ。お義父様が建ててくださったのよ。
ふふふっもしかして寂しい?」
「そうですね……
今日がおめでたい日なので言ってしまいますが、実は僕の初恋は義姉上でしたよ」
「ええっ! それほんと?」
「はい」
彼の屈託のない眩しいほどの笑顔にちょっぴり悪戯心が湧いた。
わたしはハロルドに近づき、その胸に頬を寄せて抱きしめた。
「ちょ、義姉上!?」
すぐに上から焦った声が聞こえてきた。
そして視線の端で手が上がり、引きはがすか、それとも抱き返してくるか~とほくそ笑んでいる所に、
「おいエーデラ! うちの弟で遊ぶな!」
後ろからルーカスの声が聞こえてきて悪戯は終了した。
ちぇっつまんないの。
わたしはハロルドから身を離して振り返った。
「ふふん。悪いけど今日からわたしの弟でもあるのよ」
「まあそうだがな。ほどほどにしてくれよ」
隣から「弟……」と小さな呟きが聞こえてきた気がしたが、ルーカスの声と丁度重なって本当に聞こえたかは定かでは無いけどね。
流石は公爵家と言うべきか、新たに建てられた屋敷は二人で暮らすには大きかった。
二人で暮らすのでも広いのに、それをわたし一人で使うのだから、正直に言ってすぐに持て余すだろう。
さて問題のルーカスと愛人が暮らす別邸の方はと言うと、新居の工事がすべて終わった後にこっそり工事を始めて、屋敷の裏手の庭の端にひっそりと建てられていた。
建物の周りには追加で植えられた木々が邪魔して、本邸からは別邸の屋根が何とか見えるくらいで、あちらの生活の様子まではとても見えない。
はっきり言って何とも思っていないけれど、大っぴらに見えているよりは隠して貰う方が楽なので、この配慮はありがたい。
結婚式が終わるとわたしは新しく建てられた本邸に入った。なおルーカスも今夜だけはこちらに泊まるらしい。
ただし泊まると言っても、その様なことは契約外なので、形だけの話だ。
「お帰りなさいませ」
わたしたちを使用人らが出迎えてくれた。
わたしがシュナレンベルガー公爵家から連れてきたのは、姉妹同然に育った近侍のイルマだけ。つまり彼らはルーカスが新たに雇った、この家の事情をしる使用人たちだ。ちなみに他言無用と厳命してある分、お給金が他より高いらしい。
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