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フィーリング
しおりを挟むお腹がいっぱいになってうとうと文字の勉強をする子どもたち。
「ねぇみんな、今日はもう帰って寝よう?」
開始してからもう3度目の声かけをする。
「ダメだよ…お勉強したい…」
「うぅ、ねむ、いぃ…」
「眠くても勉強したいです!」
最近は街の端の結界が弱くなって小さな魔獣も時折入ってきてしまう。
そうなると直ぐに退治しても街には少なからず影響が出て、子どもたちが出来るようなレンガなどの荷運びや土木作業系が忙しくなる。
それでも毎日文字を覚えようと通ってくれるのは目標があるからで…
こんな時にシュロがいると皆言うことを聞いてすんなり帰るのだけど、生憎今はその弱くなってしまった結界の修復に来てくれた魔術師さんを連れて現場に向かっている。
夜だけど、魔術師さんは光を出せるから大丈夫らしい。うん、凄い。
「ほら…眠いって事は体が休みたいって思ってるんだよ?帰って休もうね。」
もふもふきつね君とうさぎ君はもう半分おめめが閉じてしまっている。
まだまだ元気なのはコウモリ君。
昼間は暗い洞窟のお仕事をして、夜はまた洞窟に戻って眠るらしい。
体は大丈夫なのかな…?
くっついてくる子どもたちをぎゅうぎゅう抱き締めて、モフらせてもらう。
最近はお仕事が忙しいこともあってお勉強までしていくのはこの3人が多い。
皆を送って行くにもチッチが眠っているし…もうこのままここに泊まらせてしまおうか。
「おにーちゃんんん…」
「あれチッチ起きたの?煩かった?」
「んん…おひげがぴくぴくするよぉ!」
「おひげ…?本当だ。ぴーんてしてるね。」
可愛い。そしてコウモリ君と仲の良いチッチはコウモリ君の隣へ。ハグしてる…可愛い。
「先生、僕の耳もぴーんてする。」
うさぎ君も…?え、みんな?
背中がぞくり。急いで家の戸締まりをするけれど不安が晴れない。
「カイ君はコウモリさんだけど…飛べたりする?」
「チッチくらいなら抱いて飛べると思うけど…翼を持つ魔獣もいるから夜は飛んじゃ駄目って言われてる。……行きますか?」
「いや…ごめん。何でもない。」
あの時の…1番最初に感じたあの嫌な感覚。もし空に魔獣がいたらと思うと行かせられない。だったらこの嫌な感じの正体はわからないけどここに居たほうが良い。
「一応奥の方で皆でくっついていようね。」
「おにーちゃんこわい。」
「大丈夫だよ。もうシュロも帰って来るはずだから。」
カンカンカンと遠くで警報音が聞こえる。ガチャガチャといくつもの走る音も。
「今日他の子たちは?宿?」
「うん。最近は地の騎士団の人がかわりばんこで泊まってくれてる。」
孤児の子たちが集まる宿。騎士団がいるなら大丈夫。まずは自分たちの安全を確保しないと。
ここにいるのは3歳のチッチと9歳の子どもたち。皆で外に出るのは危険過ぎる。僕の攻撃性の少ない魔法じゃ満足に戦うどころか守ることも出来ない。
キッチンの棚の下へ子どもたちを押し込んで、カイ君にチッチを頼めばしっかりと頷いて抱き込んでくれる。くっついている皆を両腕をのばして抱きしめる。こんなにもふもふでこんなに可愛くて至福の空間なのに、心臓がドクドクと音をたてた。
一瞬、怖いくらいにシンと静まり返る。
グジジジジと聞いたことのない鳴き声が響く。食堂の壁は硬くて厚い。大丈夫、大丈夫と皆の頭を撫でるが冷や汗が止まらない。玄関の横…そこは飾りガラスが埋め込まれている。太陽の光が入るとステンドグラスのようにキラキラと輝くそこは……きっと脆い。
覗き込む黒い影。異型の、何か。獣にも見えない何か。
ガシャンっと音をたてるのと同時にチッチの口を塞ぐ。ブルブルと震えるチッチの小さな牙が手を噛み締めて、その痛みに恐怖に囚われていた心が少しだけ現実に引き戻される。
神様は何と言っていた?結界特化にしておくと言っていた。やり方はフィーリング。他の生活魔法なんかは使う魔力量が微量だから使おうと気張らなくても出来ていた。体の中の魔力をシュロへ流すことは出来るんだ、シュロがいなくても、流すことは出来る。きっと。
体の中の魔力をどんどんと一点へと集めていくイメージで、更に濃度をあげるように練り上げる。
グチャアと口を開いて沢山の牙を鳴らしながら一歩一歩近づいて来る魔獣が後ろ足を蹴って飛び掛かってくる。
「ッヒカル…!」
魔獣の後ろに息を切らして叫ぶシュロを見た。あぁ、どうしよう。凄く必死な顔で腕をのばしてくれるけど、そこからじゃ届かない。
僕は自分の体で子どもたちを更に抱き締めて、一か八かで魔力を一気に放出した。不思議と死ぬとは思わなかった。自信があった。
キィンと音が響いて、魔獣が弾かれたところをシュロがとどめを刺す。
「ヒカル!無事か…!怪我は?」
「シュロ……」
抱き上げられてシュロの腕の中。軍服をきているけれど、首のモフモフに埋もれて深呼吸。
「チェチリもお前たちも無事で良かった…」
僕を抱いたまま子どもたちの頭をポンポン。
「シュロ……」
「あぁ、怖かったな…ひとりにして悪かった。」
「シュロ……」
「どうした?」
「フィーリング…わかりました…」
「あぁ、先程の魔獣を弾いたのは紛れもない結界だった。」
「あの結界、」
たぶん大きく張れる。そう言おうとしたのを遮ったのは大きなチッチの声。
「うぇぇぇん。おに、ちゃん!ごめんねぇ…!チッチ、おててごめんねぇ…!」
「え?あぁ、こんなの良いんだよ。急におくち塞いじゃったからびっくりしたね。僕こそごめんね。」
「ふぇぇぇん…!」
カイ君からチッチを受け取って抱っこをして背中ポンポン。
「チッチ大丈夫だよ。怖かったね。良い子にしてくれててありがとう。もちろん、みんなもね?」
もふもふちゃんたちを順番に撫でて、今日はお泊りしようとシュロのお家へ連れ帰る。今日は皆で一緒に寝ようと誘えば、チッチの部屋が良いというから、とりあえず眠ってしまったチッチだけは寝室へ。
「すまない、また出ないといけない。」
「大丈夫だよ。お仕事中だったのに駆けつけてくれてありがとう。街は大丈夫かな?」
「被害が全くない、というわけにはいかないだろうな。食堂にいたのは中型だった。」
「僕も結界張るね!」
やっとわかったフィーリング。きっとできるよ。
「…ありがとう。ヒカルが頑張ってくれたおかげで救われる命がある。だが、今日はもうやらないと約束してくれ。丁度城から魔術師も来ているし、明日見てもらおう。」
「僕、出来るよ…?」
「まだ大きな魔法を使ってどうなるかわからないだろう?体に不調が起きるかもしれない。なるべく早く戻るから、約束してくれ。もし俺のいない時にお前に何かあったらと思うと…あの時、扉を開けた時、心臓が止まるかと思った。もうあんな思いはしたくない。」
痛いくらいに強いハグ。しっぽも耳もぺたん。
不安なのが伝わってきて、今日はやらないと約束する。
シュロの鼻先を掴んでぐいと引き寄せてキスをひとつ。鼻を押し付けるのではなく、キス。
「はやく戻って来て欲しいけど、ゆっくりで良いよ。怪我だけはしないで。」
お願い…と何度目かのキスをして、離れ難く感じながら見送った。
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