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家事代行サービスくらりねっと

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「我々ハえいりあんダ!」

 は?

「我々ハえいりあんダ!」

 えーっと…

「我々ハえいりあんダ!」


「…チェンジで。」

「失礼致しました。家事代行サービスくらりねっとから参りました、ヒビヤと申します。お食事作りから水場の清掃まで何なりとお申し付けくだい。」

 日本にエイリアンたちが遊びに来たのは今から20年前。飛行機ではなく宇宙船だったけど…そこから数人のエイリアンが日本へ上陸。以来、この世界ではエイリアンたちとの共存が出来ている。田舎ではまだ受け入れられないたころもあるらしいが、この都会では普通に働いている姿も見かけるし、地球人と結婚して永住権を持つエイリアンもちらほら。まさか、家事代行で来るのがぷるぷるミルク色の人型のエイリアンだとは思わなかったけど。

「えーっと、その頭に被っているパンツは種族的な…?」

「いえ、御主人様からの御命令です。私は下着を付ける事を許されてはいませんので、このように頭に被るようにとお申し付けられております。」

「いやぁ…そういうプレイをされている方はちょっと…」

「プレイではありません。私と後主人様は愛し合っておりますので。初めの挨拶も下着を着けずに被るのも地球では当たり前の礼儀だと伺っております。私に恥をかかせない為にと…お優しい方なのです。」

「あー、ご主人もエイリアンなの?」

「いえ、地球人です。」

 ぜったいプレイじゃん…!騙されてるじゃん…!何このエイリアン可哀想…!

「あー、とりあえずパンツは取ってくれる?」

「何故ですか?やはり御主人様の言う通り真っ赤の透け素材のショーツは分不相応でしょうか。」

 違う。そういうんじゃない。そもそも細身だけど男型のこのエイリアンの被っているパンツは女物だ。うわぁ、絶対ご主人様は変態じゃん。とりあえず今日一日は仕事をしてもらって、明日からは継続しないでキャンセルしとこ。リモートワークで基本出勤しないのに、家に女物のパンツ被ったエイリアン(男)がいるとか無理過ぎる。いや男か女は関係ないけど。恋愛は男女どちらでも、それに種族も気にしないけど。でもそんなの関係なしにこのエイリアンは無理。色々無理。……可哀想過ぎて見ていられない。


 そんな事を思っていた時期が俺にもありました。


「本日のお夕食は白米、じゃが芋と玉ねぎの味噌汁、白和え、温野菜、活アジのなめろう、メインはポークソテーになります。デザートにマンゴーをお出ししますので、食後のお飲み物と一緒にお申し付けください。」

「はいはーい。うわ、めっちゃうまそっ!」

 そう、掴まれた。胃袋をガッチリミッチリ掴まれた。ぷよぷよミルク色エイリアン……ヒビヤはめちゃくちゃに家事の出来る奴だった。そう、ご主人サマを崇拝してパンツを被る以外はすげぇ奴。

「そして美味いー。やべぇうまいー。こんな美味いなめろうが自宅で食べられるの幸せ過ぎる。」

「ありがとうございます。」

 目尻にシワをつくって微笑むヒビヤは最初よりも全然話しやすい。ってか普通に良い奴だ。……頭にパンツを被っていて、つまりはノーパンだけど。ちなみに今日は黒の紐パンだったけど。

「ねぇ、デザートは一緒に食べようよ。」

「……良いのですか?」

「一人で食べてもつまんないし、米おかわりしたら腹一杯だし、でも果物は別腹だし。だめ?」

 ご主人サマ怒っちゃう?

「いえ…嬉しいです。ありがとうございます。」

 失礼します、とぺたぺたぷるぷる音を立てて向かいの椅子へと座るヒビヤ。

「いただきます。」

 そっとフォークで切り分けて口元へ運ぶ。うーん、所作も綺麗。もぐもぐごっくんするその姿はぷるぷるミルク色の身体以外は人と変わりない。

「とても美味しいです。地球の果物は初めて食べました。」

 目尻を下げて控えめに笑う顔が可愛い……気がする。うん、気がするだけか。パンツ被ってるし。

「へぇ、初めて。普段ご主人に果物は出さないの?」

「いえ、御主人様には出しますが私はまだ同じものは食べれないので。」

「まだ?」

「はい。果物のような嗜好品は分不相応だと禁止されています。」

「……働いているんだし、自分で買って食べちゃえば?」

 子供じゃないんだから買い食いくらい出来るだろう。

「くらりねっとから支給されるお給料は全額御主人様のものですので。」

 キリっとした顔。いやそこドヤ顔するところじゃないけど。

「なるほどぉ。自由が無さすぎて怖い。」

「自由?ですか?」

「自分で稼いだお金、好きに使ったりしたいとは思わないの?果物もだけどおやつとか好きな服とか雑貨とかさ。」

 黙り込んでしまったヒビヤ。パートナー間の問題に口出すのは駄目だよな。

「ヒビヤごめん。俺が口出すところじゃなかった。今度からさ、一緒に夕飯食べない?ヒビヤが作ることになるけどさ、同じものを食べようよ。」

「一緒に…ですか?私と?あの、でも私はお金を持っていないので…出来ません。」

「そう。何言ってるの?俺が頼んでいるんだから必要経費だよ。明日から多めに材料買ってきて?」

 うん、まぁ、やり過ぎなのはわかる。わかっている。でもさ、こんだけ部屋も風呂も洗面台もピカピカに綺麗にしてくれて、美味い食事も作ってくれてさ、何と言うかお礼というか…いや誰に言い訳してんだか。心の中で目一杯の言い訳して、ヒビヤに微笑む。

「何か明日は牛乳寒天食べたい気分!」

「…かしこまりました。」

「みかんも入れてね?缶詰のやつ!」

「はい。」

 何だか上の空でふわふわなヒビヤ。彼との初めての夕食は和風ハンバーグとフライドポテトとトマトのサラダと牛乳寒天だった。やっぱりヒビヤの作るものは美味い。



 家事代行サービスでヒビヤが家に来るようになってもうすぐ3か月になる。相変わらずヒビヤは頭にパンツを被る。今日は普通のボクサーか。何だかなぁ…最近はご主人サマのパンツ選びが雑なんだよなァ。以前はセクシー系で紐やTバックが多かったのに、近頃はボクサーやトランクス。しかも地味色。うーん…プレイに飽きたのか何なのか。いや良いんだけどね。頭にパンツ被るのは現代日本じゃ止めたほうが良い。
 季節は夏。今日は夕食後にいただき物のチョコレートとドリップコーヒーを出して貰って涼しい部屋でデザートタイム。

「そうだ、ヒビヤこれ受け取って。」

「これは?」

「賞与。ボーナスとも言うけど。会社からは貰っているかもだけど、それはご主人サマ行きでしょう?だからこれは俺からヒビヤに。いつも家事をしてくれてありがとうね。」

 お陰様で人間らしい生活が送れています。

「…頂けません。私は、貴方以外のところでは不審者と通報され、仕事も継続して貰えた事もありません。食事をさせて頂いているだけでも感謝してもしきれませんのに、賞与だなんて…お返し致します。」

 それはわかる。俺も最初はそのつもりだったし。今は胃袋捕まれちゃったけど。

「俺があげたいんだから貰ってね。これ決定事項だから。はいどうぞ!」

 無理矢理手を取って握らせる。

「明日仕事に来る前にお買い物してみたら?買ったものも持ち帰らずにここに置いといて良いし。」

 持ち帰ってバレたら可哀想だ。
 ほっそりとしているのにぷよぷよな両手で封筒を握りしめるヒビヤ。

「私は、あの、わたしは…」

「うん、どうした?」

「このように白くて気持ちが悪いですし、」

「いやだって地球人じゃないんだから。種族のものだってわかるから関係ないでしょ。紫のエイリアンだって鎧系のエイリアンだって足が10本のエイリアンだっているじゃん。」

 ていうか、肌の白さじゃなくてパンツを被るのが異常だと何故気づかない。

「買いたいものも…ないです。わかりません。」

「じゃあ欲しいなって思うものが見つかったら買えば良いよ。宿題にしておこう。」

「宿題、ですか?」

「うん。買ったもの教えてくれたらそれで良いよ。ヒビヤが自分で考えて買うもの楽しみにしてる。」

 ぽやぽやヒビヤにお疲れ様して、玄関までお見送り。

「大丈夫?送っていこうか?」

「…いえ。申し訳ありません、大丈夫です。あの、本当にありがとうございます。」

 深々とお辞儀をしてそっと玄関から出て扉を閉めるヒビヤを少しだけ…ほんの少しだけ引き止めたくなった。

「あー、まじであのパンツ見ると我に返るわ。」

 誰もいない玄関に向かって呟く。声に出して、我に返るって何だと髪を掻きむしった。

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