さみしい声の狼さん

まつぼっくり

文字の大きさ
上 下
26 / 30
クレイグ視点

7 可愛い提案 (クレイグ視点 最終話)

しおりを挟む

新たに好きなものに加わったゼリーを食べるスミレも、昆虫を観察するスミレも、いやらしく腰を揺らすスミレも、どのスミレもとても可愛くて、輝いている。

スミレが魔力切れで意識を失った時、とてつもない絶望を味わった。何故止めれなかったのか、何故守れなかったのか。
つい最近まで触れることすら出来ずにいたのに。それなのにスミレがいなければ眠ることも食することも、何も出来ない自分の腑抜け具合を笑うことすら出来なかった。
意識を失ってから2日たち、自然に起きると診断されてから自室で急ぎの政務のみ行い、それ以外はずっとスミレについていた。
起きるまでは生きた心地がせず、その瞼が上がったら何を言おうか、言いたいことは沢山あった。自分を大切にして欲しかった。だが、結局4日目にスミレの横でうとうととしていた時に愛おしい人の気配を感じて思わず引き寄せて出てきた言葉は「良かった」という一言だけであった。

思い出した事があると王たちの元へ向かうスミレは、地下へ降りると凛として対応する。
本当は、何度も剣を突き刺しぐちゃぐちゃにしてやりたかった。王は思わず蹴り飛ばしてしまったが、辛うじてまだ息をしている。大切なつがいが見ていないところで治療の指示を出した。スミレの母親の話を聞いた時に、同じように魔獣に食わせようと決めたからだ。

スミレと身も心も結ばれて5日程たち、スミレが今日も侍女たちとタカギとスイレンのところへ足を運ぶのを見送って、数人の兵たちと地下へと降りた。

「ハァ。何でお前まで来るんだ…ライオネル。タカギはどうした。」

「えー、だってスミレ君はユーシの家族兼親友で、スイレンの兄なんだよ?そんなの私の息子みたいなものだよ。親として、しっかり見届けなきゃ…あと、大切なつがいを随分苛めてくれてたみたいだからね?」

くつくつと笑うライオネルの顔は歪んでいる。
タカギも酷い目にあっていただろう。無理矢理召還され、神子にされて、そう思われるように仕向けたのだろうが、使い物にならないと判断されてからは対応も変わっていっただろう。

「自分の身は自分で守れよ?」

「自衛くらいは出来ますー。」

地下の重厚な扉を開ければ少し前にスミレがクリーンしたにも関わらず腐敗した臭いに眉間に皺が寄る。

「お前たちは出ていろ。狙われるぞ。」

無理矢理着いてきた兵たちは俺の言葉に足手まといになるならば、と扉の前で待機すると出ていった。

アガアガと汚い呼吸をする王の前を通り越し、入ってきた扉と反対に位置する檻を開ける。

「人食いの獣が人を食らうのが見たかったんだろう?」

ジリジリと近づく魔獣と呼ばれる異形の獣と、未だに生にしがみつく汚い男。

「ッ、やめろ!やめてくれ!来るなァっ!」





「この子はいい子だね?ちゃんと自分の能力を理解してる。」

俺やライオネルには敵わないのがわかっているから、近づかない。

「あぁ。このままここで飼うか。」

「スミレ君、世話するとか言い出しそうじゃない?」

「…スミレが撫でるのは俺だけで良い。」

「ぶっ!クレイグ、本当に変わったね?私は嬉しいよ。」

ぐちゃ、ボキ、と肉や骨を噛み砕く音が響く。
死肉でも良いのか、王の後は宰相を食い散らかし、そのまま一人だけ檻に入っている魔術師へと向かう。

「…あ、あの、あの子に…申し訳なかったと…伝えて欲しい…わたしが、間違っていたと…」

魔術師には、スミレがもう痛いことをしないと決めたから何もしていなかった。治療をしない代わりに、このまま自然に飢えて死なせてやるつもりで檻に入れていた。

「申し訳ないと、謝罪を伝えろと?」

「ッ、頼む…心から悪かったと思っているんだ…!」

「そうか、わかった。出ろ。」

出ろと言われて、涙を浮かべて礼を延べながらすごすごと出てくる魔術師をライオネルが胡散臭そうに見ている。

「ねえ、まさか謝ったから許しますーじゃないよね?」

鼻で笑い、出てきた魔術師の腕を掴んで魔獣の元へ投げ捨てた。

「あぁぁぁぁ!何故だ やめてくれ…助けて…くれ」

地べたを這って逃げ惑う。
魔獣は二人食って腹が満たされたのか、咥えて投げ、牙をたてて、噴き出した血を舐め、また投げる。

「何か可愛く思えてきた。完全に遊んでるね?甘噛みだけで腕取れてるけど。」





「今更の謝罪に意味はない。スミレの17年は戻らない。胸糞悪いから今すぐ死ね。」

手足がもげて、聞こえているかどうか。
だが、そんなこと関係ないだろう。
あれだけのことを、スミレだけじゃない、大勢の人生をぶっ壊しておいて簡単に謝罪して済まそうとするその姿に憎悪しか浮かばなかった。

「ライオネル、手合わせしろ。」

「私はユーシに癒されるからクレイグはスミレ君にヨシヨシして貰いなよ。」

「今、スミレに会ったら酷く抱いてしまいそうだ。」

「…そんなことしないくせに。でも、まぁ、気持ちはわかるから、少し身体動かして発散してから戻ろうか。」








「クレイグ何かあった?元気ない?」

スミレは優しくて、敏い。

「いや、王たちは皆処分された。もう全員生きてはいない。」

「…え、まだ生きてたの?あの後から?」

「あぁ。」

「そっかあ。クレイグお疲れ様。ありがとう。あ、だからか!ライさんがね?クレイグよしよししてあげてって言ってたの。よしよしさせてくれる?」

死んだことなど気にする素振りも見せずにただ俺のことを心配してくれるスミレが可愛くて、仕方がない。

「はは。いいのか?」

「うん!まずはクレイグをぎゅっとして頭なでなでさせて?その後は狼さんのクレイグをブラッシングしたい。」

可愛い提案に、ソファーに座るスミレの腹に頭を埋めた。途端に髪を撫でるしなやかな手。

「スミレの故郷の調べはついた。村はほぼ壊滅状態だったが、当時の村人も探し出せるかもしれない。スミレは、本当の名前を知りたいか?」

一瞬、撫でる手が止まった。

「うーん…今はね、あんまり気にならないの。タカギから貰ったスミレって名前に慣れちゃったし、皆からスミレって呼ばれるの嬉しい。…でも、」

「でも?」

「スミレとかスイレンって名前が花の名前っていうように由来とか、意味とかそういうのは知りたいなあって思う…」

「そうか。では、俺の王である任期が終わったら、一緒にスミレの本当の名前を探しに行かないか?見つからないかも知れないが、旅だと思って行けば落胆も少ない。」

これはずっと考えていた。沢山の事を我慢してきたスミレに外の世界を見せてやりたい。

「旅!?行きたい!僕、いっぱい勉強して、外にでても恥ずかしくないようになるね!」

「どんなスミレも可愛いが、通貨や物価などは覚えて、どこで何をするか決めて行こう。…だが、あと数年待っていてくれるか?ひとりや俺以外の者とは行って欲しくない。」

そう弱気になって告げれば珍しくスミレの方から口づけが送られる。

「ん、僕、クレイグがいないと不安だよ。クレイグとだから行きたい。昔の名前を知るより、旅が楽しみ。昔の名前より、スミレって名前が好き。だけど、おかーさんの事は思い出したい。一緒におかーさんの思い出探してくれる?」

「あぁ。喜んで。」

本当に、この可愛いくて優しいつがいに出会えたことを誰でも良いから感謝したい。
早く助け出せなかった分、これから沢山の幸せを感じて欲しい。

「スミレ、好きだ。ずっと傍に居てくれ。」

「ふふ。毎日言われてるし毎日お返事してるけど、僕も大好き。ずっと傍にいてね?」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

【R18/短編】政略結婚のはずなのに夫がめちゃくちゃ溺愛してくる

ナイトウ
BL
溺愛王弟攻め、素直第2王子受け 政略結婚、攻めのフェラ、乳首責め、本番無し 〈世界観の雑な補足〉 何か適当な理由で同性の政略結婚がある。

【BL】【完結】神様が人生をやり直しさせてくれるというので妹を庇って火傷を負ったら、やり直し前は存在しなかったヤンデレな弟に幽閉された

まほりろ
BL
八歳のとき三つ下の妹が俺を庇って熱湯をかぶり全身に火傷を負った。その日から妹は包帯をぐるぐるに巻かれ車椅子生活、継母は俺を虐待、父は継母に暴力をふるい外に愛人を作り家に寄り付かなくなった。 神様が人生をやり直しさせてくれるというので過去に戻ったら、妹が俺を庇って火傷をする寸前で……やり直すってよりによってここから?! やり直し前はいなかったヤンデレな弟に溺愛され、幽閉されるお話です。 無理やりな描写があります。弟×兄の近親相姦です。美少年×美青年。 全七話、最終話まで予約投稿済みです。バッドエンド(メリバ?)です、ご注意ください。 ムーンライトノベルズとpixivにも投稿しております。 「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

ふたなり好きのノンケなのに、幼馴染のイケメンに犯されました

ななな
BL
高校一年生になったばかりのハルには、夢があった。 それは女の子のアルファと番になること。 なぜなら、大のふたなり好きだったからだ。 ハルがオメガと診断されてから、幼馴染のリクの元へと向かうと予想外の展開になって…。 ※オメガバース設定です。 ※ひたすらイチャイチャエッチしてます。エロギャグ寄り。 ※けっこうふざけてます。

何故か僕が溺愛(すげえ重いが)される話

ヤンデレ勇者
BL
とりあえず主人公が九尾の狐に溺愛される話です

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

耐性MAXだから王子の催眠魔法に掛かれない!?

R-13
BL
騎士として実力が認められて王子の護衛になれた俺は、初の護衛任務で張り切っていた。しかし王子は急に、護衛の俺に対して催眠魔法を放ってきて。 「残念だね。これで君は僕のモノ、だよ?」 しかし昔ダンジョンで何度も無駄に催眠魔法に掛かっていた俺は、催眠耐性がMAXになっていて!? 「さーて、どうしよう?ふふぅ!どうしちゃおっかなぁ?」 マジでどうしよう。これって掛かってませんって言って良いやつ? 「んふ、変態さんだぁ?大っきくして、なに期待してんの?護衛対象の王子に、なにして欲しいの?うふふ」 いやもう解放してください!てかせめてちゃんと魔法掛けてください! ゴリゴリのBL18禁展開で、がっつり淫語だらけの内容です。最後はハッピーエンドです。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...