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番外編
リズさん視点 トーアのうまれた日
しおりを挟むその日の事は今でもハッキリと覚えている。
まぁ、その日と言ってもたかだか1ヶ月ほど前の話なのだが。
今にもはち切れそうな大きな腹で家に来たミナト。
ハタから見ればわからないが、楽しそうに嬉しそうに準備をしていたアイラの為にミナトには手ぶらで身一つで来るように言ってあった。
家に来たミナトは大きな鞄を肩から下げていて、アイラが少しだけ落胆してみえる。
笑顔を浮かべているのにシュンとしているあまり見ない顔にムラムラとしていたのに気づいたのか、汚物を見るような目でこちらを見たかと思えば思い切り足を踏まれ身悶えた。
俺とアイラの目線だけの会話に気づいたのかアランがミナトから鞄を取り上げ中身を見せてくれた。
中身は布…?枕?
ミナトを見ると照れているのか赤くなりながら話し出す。
「アランの胸に抱きついて寝るのが癖になっちゃって…アランがいないときに抱きついて寝ようかと…」
普段アランが使ってる枕です…とモジモジしているミナトにアランは満足気にしていて、俺の嫁最高と表情が語っている。
わかる。わかるぞ。だがお前の嫁である以前に俺たちの息子だ。
ふふん。とドヤ顔を向けると何故か微笑ましいという顔で頷かれた。
なんなんだ、この包容力。可愛げのない息子はいらないぞ!
でも、まぁ、あれだ。…子どものいなかった俺たちにとったらアランも可愛い息子だがな。
俺がひとりで納得していると既にアランはミナトとハグして別れを惜しんでいた。
仕事が忙しいのもあるが、しばらくは親子水入らずの時間をくれるらしい。絶対直ぐに会いに来るだろう事が予想できるが。
俺もアイラと離されるのは無理だ。気持ちはわかる。
アランとしても予定日近くなっているミナトを1人で買い物や家事などで外に出したくないのだろう。
仕事をぶっつめて纏まった休みをもぎ取る気満々なアランは産気付くあたりまでは必死に仕事をするそうで、寂しげな顔で見送るミナトの頬を優しく撫でると後ろ髪引かれながらも出ていった。
アイラがアランの姿が見えなくなるまで見送っていたミナトの肩を擦りながら椅子に促す様子を見てキッチンへお茶の用意を取りに行く。
今日は何が飲みたい気分だろうか。妊娠していても影響ない種類の茶葉や珈琲を眺めて考える。
良くわからんがココアなら外さないだろう。子どもはココア好きだしな。
ミナトのミルク多めのココアと俺たちの濃いめのコーヒーを持って2人の元へ戻る。
チラリとコーヒーを見てニッコリしてココアに息を吹きかけるミナト。
俺たちの分もミナトに合わせた飲み物にすると自分に気を使っていると感じてしまうらしく、わざと最初から違う飲み物にしてある。
なんなら甘党な俺は共にココアが飲みたい。
でもわざわざ産前に指摘してストレスを与えるのもな…と苦いコーヒーを飲む。
息子に微塵もストレスを与えたくない甘々な自分に苦笑いしかおきないが人族の医者から渡された『人族の出産マニュアル 両親編』にはストレスが大敵と書いてあったからこれが正解だろう。
ちなみにアランには同じマニュアルの『伴侶編』、アランの両親には『義両親編』が配られた。
繊細で体の弱い人族の為の出産マニュアルは配られた者全員が読破している。
アランなんて擦りきれるほど読んでいる様子だったが、「産後1ヶ月ほどは体力が戻りません。なるべく家事はさせずに寝かせてあげましょう。」という項目に青ざめ、「シャワーやトイレは自分で出来るので好きに行かせてあげましょう。直ぐに抱き上げるのは止めましょう。」の言葉に首を捻っていた。
それは俺も同感で、何故1ヶ月も床に伏せる状態なのにシャワーやトイレにひとりで行かせるんだ、何かあったらどうするのか。と医者に質問しに行くと担当の人族の女医に「これだから獣族の夫は…」とため息を吐かれた。
「何のためのマニュアルですか。その通りにしてください。」
と冷たくあしらわれ、落ち込みながら帰路についた記憶は新しい。
ミナトによると「凄く優しくてお姉さんみたくて頼りになる先生!」との事だがちょっと冷たかったぞ。
しかしマニュアルにはミナトも目を通していて絶賛していたからな。俺には納得し難いが。
アランも最後のページに「周りに頼れる人がいるなら伴侶の貴方はとにかく甘えさせてあげましょう。赤ちゃんを可愛がり、それ以上に伴侶を可愛がりましよう。優しい愛で包み込むイメージです。」
と書かれているから甘やかしたいのに抱き上げられないなんてとブツブツ言っていたが後で人族のツテがあるからどんな感じなのか聞いてみると言っていた。それが良いだろう。
…最近ミナトが無駄にスクワットしているのも本当に大丈夫なのか聞いておいて欲しい。
見ているこっちが怖いんだ。
ココアを飲んで落ち着いたらしいミナトはふにゃり笑っていて本当に癒される。
食事にしようかともう一度席を立つがふと立ち止まり店に行くかと聞いてみる。
行きたいっ!と元気に答えてくれるミナトは最近やっと敬語が抜けた。
眠かったり意識がふわふわとしていると俺たちのことをお父さん、お母さんなんて呼んでくれるようにもなった。
にやつきそうな頬を押さえてミナトと手を繋ぐアイラの2人を後ろから眺めながら店に向かった。
店に入ると直ぐに近づいてくるのはうるさい母親。
物静かに見えてとにかくうるさい。
今も他の客の目があるからか静かに奥の個室へ案内されるが個室へ入れば
「やだぁ。ミナトちゃん来るなら言ってちょうだい!そうしたらおばあちゃんもう少しお化粧ちゃんとしたのに。体調はどう?変わりない?赤ちゃんはお元気?おーい。おばあちゃんですよー。あらっ、反応したわ!わかるのねぇ。ねぇリズ?」
うるせー。ねぇリズ?じゃねー。文句を言う隙もないほどにマシンガントークを繰り返しミナトの頭や顔や腹を撫で回しポケットをまさぐり飴を取り出しミナトの手に握らせている。
ミナトもミナトで擽ったそうに笑いながら飴を口に入れている。
マイペースなミナトと兎に角うるさいお袋は何故か気が合うらしくいつも2人の間には不思議な空気が流れているのだ。
そんなこんなでアイラと2人で置物と化しているとノックもせずに飲み物を運んでくる親父の姿。
親父は無口だ。そして根っからの仕事人間。口を開くときは若手に怒鳴り付けている時くらい。
いつもブスくれていて年を取ってもその眼光は鋭い。
それなのに何で親父が飲み物を運ぶんだ。厨房で鍋でも振ってろよ。
ミナトがいるから口には出さぬが心の中で悪態をつく。
親父は無言で飲み物を配り挨拶するミナトにチラリと視線を送りお袋を連れて戻って行った。
不器用が過ぎる。
心の中で悪態はつくが何やかんやで上手い親父の料理を平らげると親父にごちそうさまでしたを言ってくると言うミナトを厨房まで送っていく。俺がいなければ少しは話せるだろうと個室まで送ってくるように言い、先に席まで戻った。
それから1週間もしないでミナトは産気づいた。
その日も一生懸命でかい腹でスクワットしていてその様子を内心そわそわしながらソファーから見守っていた。
「…リズさぁん。何か痛い気がする。」
いきなりスクワットをやめてそんな事言い出すから吃驚してかけよる。
「何となく痛いのと痛くないのが交互にきてるの。陣痛かなぁ。」
いや、もっと焦れよ!と慌ててアイラを呼ぶと一瞬驚く表情を見せるも直ぐに笑顔を浮かべ「病院へ行きましょう。」とミナトを促し手には入院用のバッグをもつ。
その様子を見てマニュアルに「周りが焦らない。狼狽えない。騒がない。」と書いてあったのを思い出したが…俺には無理だ。
アイラに呆れたように「リズはアラン君を呼んで来る係です。」と言われて飛び出した。
その日の事は今でもハッキリと覚えている。
病室の外から聞いた小さいながらも力強い泣き声。
アイラは苦しむミナトの声に同じように苦しんでいて
いつもはうるさいお袋が黙って両手を祈るように組んでいて
瞑目な親父の膝に置かれた手がきつく握りしめられていて
その声が聞こえた瞬間みんながパッと前を向いてはぁっと息を吐いた。
見上げてきたアイラが俺の顔を見て「私の泣くタイミングを奪わないで下さい」と眉を下げてハンカチを差し出してくれた。
自宅のソファーでトーアを抱くアイラに寄り添う。ミルクの匂いが鼻を擽り、ついつい顔を近づけるとぐいっと頬を押しやられる。
「この可愛い可愛いトーアの柔肌にその髭をつけようとするんじゃありません。処理してきてください!」
「へいへい。」と生返事をしつつ素早くアイラの唇を奪う。
いきなりで羞恥に赤く染まる頬にわざと髭を擦り付けて洗面所へ向かった。
戻ってくるとトーアを渡され、まだまだぎこちないながらも抱いて頬をつけるとなんとも言えない幸福感だった。
しばらく2人で眺めていると昼寝していた筈のミナトが部屋から出て来る。
目を擦りながらぽてぽてこちらへ近づくと俺の腕の中のトーアを眺めてふにゃりと笑いアイラの隣へ行きそのままコテンとアイラの膝に横になる。
えへへ。と照れたように笑いながらスゥッと寝付いた様子に夫婦で身悶えた。
スヤスヤと腕の中で眠るトーアとアイラの膝の上で髪をとかれながら眠るミナト。
「あー、幸せ。」そう呟きながらアイラを見れば「そうですね。」と返ってくる。
それがまた幸せで、はにかむアイラが綺麗で。
素直に見惚れて俺の人生薔薇色だな、なんてボケッとした頭で考えたのだ。
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