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すき?…好き。

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僕は最近の日課となってしまっている深呼吸を、目蓋を開く前にアランの胸の中でする。
ふわりと漂うほっとする香り。
僕の少し伸びた髪を耳にかけてその指が耳を掠める。
ふにゃりと力が抜けてもう一度夢の世界へ旅立とうとするのを低く心地好い声に引き留められる。

「そろそろ起きないと朝食が食べられないぞ。」

ごはん、たべなきゃ…と、うーんと唸りながら起きる。

「うー。アランおはようございます。毎朝すみません。」

すると今度は心配そうな声が降ってくる。

「疲れが取れていないのか?今日は休ませてもらうか?」

ギルドの食堂で働き始めてからしばらくたち、ようやく慣れてきたところ。
毎日凄く疲れるけれど周りの人達のおかげで充実しているし、働くことの大変さが身にしみる今日この頃だ。

「大丈夫です!忙しいのは食事時くらいですし一晩眠ればスッキリします。」

それでも心配そうなアランについ本音がポロリと洩れる。

「アランの腕の中は居心地が良すぎてつい起きたくなくなっちゃうんです。」

子供みたくて恥ずかしくて、ぽぽぽっと顔が赤くなる。
そうか、と嬉しそうに頷いて当たり前のように僕を抱き上げるとそのまま1階へ移動した。

簡単な朝食を作ってくれている横で2人分のカフェオレを淹れる。
これは僕の新しく作れるようになったもののひとつ。
午前中から出勤のときは忙しい朝から料理のお手伝いをするとなかなか朝食にありつけないので朝は飲み物担当になったのだ。

朝食を食べて、身支度を整えてアランと家を出る。
先日アイラさんから手紙が届いた。
今日はアイラさんたちが会いに来てくれる日。
仕事をしているところが見たいと書いてあったからお休みは貰わなかった。

今日も隣のパン屋さんの良い香りに表情を弛めながらギルドの扉を開ける。
珍しい人族に向けられる視線にもやっと慣れてきた。

アランと別れて食堂に入り、厨房にいるマオさんに挨拶をしながら制服に着替える為に厨房の奥へ進む。
更衣室の中にはホールを取り仕切るナジュ先輩がいた。
ナジュ先輩は栗鼠族で僕よりも小柄な男の先輩だ。

初日から酷い動きしかできなかった僕に対して、苛立ちを隠さずに面と向かって指導してくれたナジュ先輩。

「ほんと人族って見た目だけで使えないよねー」

「ねぇ、バカなの?なんでなにもないところで躓くの?」

「うそでしょう?そんなのも持ち上げられないの?」

キツイ言い方で散々で。
自分が悪いからナジュ先輩に言われた通りにしたいのに、なかなか上手く動けなくて…でも何とかしたくて試行錯誤していたところをちゃんと見てくれていたのだ。

「もうっ!ほんとトロイ!ちゃんと覚えなよね!」

ぷんすこと怒りながら言いながらも1から10まで丁寧に教えてくれた。
重くて溢したりよたよた歩きになってしまった時もナジュ先輩の言うとおりにお盆に乗せる料理やグラスの位置を変えるだけでとても持ちやすくなった。

何と呼べばいいか聞いたときも初めてのちゃんと続きそうな後輩だから先輩って呼んで。と顔を赤らめてぼそっと告げるナジュ先輩は同性の僕から見ても可愛かった。

そんなナジュ先輩はもう着替え終わったところで挨拶をするとおはよー、とゆるい挨拶が返ってくる。
僕はいつも見とれてしまう、自身の体ほどある大きくてフサフサな尻尾に今日も釘付けになる。

もこもこふわふわで上向きの尻尾はついつい抱き付きたくなってしまうのだ。

「僕の魅力的な尻尾に見とれるのはわかるけどさぁそんなに見つめないでよ。」

ふんっと鼻で笑われるが少しだけなら触って良いよと言われドキドキしながら恐る恐る手を伸ばすが、ふとアランに言われた言葉を思い出して、手を引いた。

「せっかく許可したのに何なのー?」

アイツ以外には滅多に触らせないのにぃとプリプリと怒ってしまった。

「ナジュ先輩ごめんなさい。凄く触りたいんですけど、アランに獣人さんの尻尾と耳は触っちゃダメってキツく言われているんです。」

シエロさんのとこに居たときも言われてたけれど、仕事を始めるときにアランから何度も何度も言われたのだ。

「ふぅーん。ねぇアランさんとミナトの関係ってなんなの?恋人じゃないって言ってたよねぇ?じゃあ何?」


「アランは僕を保護してくれていて。いつもとても安心できる香りがして。えっと…」

「保護者としかみてないの?元々今日来るっていう人が来るまでアランさんのとこにいる予定なんでしょう?じゃあもうアランさんのお家でるの?」

矢継ぎ早に質問してくるナジュ先輩が少し怖い。
それに…アイラさんたちが来たらアランと離れるなんて考えもしなかった。

「…僕、何故だかアランとはずっと一緒にいられるって思ってました。」

「あーもうっ!泣かせるつもりはないんだよっ!人族って鈍すぎる!」

「ごめんなさい。泣きたくなんてないのに…でも離れること考えたら悲しくて。」

「ねぇアランさん、良い香りなんでしょう?それたぶんミナトだけだよ。別に変な匂いって訳じゃないけれど僕とか他の人は感じないよ。何故だかわかる?」

「え?でもアランはいい匂いですよ?コーヒーとチョコレートが混ざったような…」

「もー!だーかーらー、んぶっ!」

「はいストップ。」

「…ユノさん。おはようございます。」

ナジュ先輩が息できてなさそうです。
モゴモゴしてます。
そう言いたいのに僕の頭の中はナジュ先輩との会話で少しパニックになっていて言葉がでてこない。

「っぷはあ。ユノア!苦しいよ!なんなの!?」

「人族は繊細なの。勘とか本能とか働かないの。だからってナジュが全部教えては駄目よ?」

ふふ。と綺麗に笑うユノさん。

「ミナト、たくさん悩みなさい。悩む事は良いことよ?ナジュからたくさんヒントを貰っただろうけれど答えを出すのは貴方だからね?」

ユノさんに頷いて着替える為に手を動かしながらナジュ先輩の言葉を頭の中で繰り返す。

アランのあの良い香り、僕だけって言っていた。
コーヒーとチョコレートの苦味と甘味が混ざった安心する香り。
アランは僕を保護してくれて、面倒を見てくれて、一緒に料理を作ってくれたりぎゅっと抱き締められて眠ったり。

アランじゃない人に同じ事をされたら?
…こわい。
じゃあアランが他の人に同じ事をしていたら?
…いやだ。いやだいやだ!

考えただけで悲しくなる。それに、この感情は何?
アランが他の人にって考えただけで胸の中がドロドロとした何かで埋め尽くされる。

「…ミナト?悲しそうになったと思ったら今凄く怖い顔してるよ?どうした?」

ナジュ先輩がおずおずと話しかけてくる。

「…アランが他の人にも同じ事をしていたらって考えたら悲しくて、なんだか胸が苦しいです。」

「うん。嫉妬だよね?普通に嫉妬だよね?」

ほんと人族って…ため息を吐くナジュ先輩にユノさんは人族は繊細なのよ、と答えている。



穏やか過ぎて気づかなかった。
きっと、僕はアランのことが好きなんだ。
穏やかで緩やかでふわふわな綿菓子のような甘い恋。

わぁ、きっと僕の頬は真っ赤なんだろうなあと他人事のように思った。

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