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シズカは甘い

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「っリオ。お帰りなさい。」

 控えめに微笑んで近づくシズカが可愛くて、思わずむぎゅりと抱き締めた。ここまで素直に心を許してくれるまでに数週間はかかった。

「はぁー。まじ癒し…」

 そのまま首筋に顔を埋めて、シズカの匂いを堪能する。はぁ、疲れた。だが、背中に回るシズカの腕に全てが吹っ飛んだ。
  
「リオ疲れてる?ちょっと遅かったから心配したよ。」

「うざいのと気持ち悪いのがいて気分不快なだけ。…そんだけだけどもっと撫でてくれ。」

 そっと背中をひと撫でして離れていくのが惜しくて、もっとと言えば可愛い笑い声。

「ふふ。口悪いけど、かわい。よしよーし。」

 小さな手のひらが背中を往復し、背伸びをして頭を撫でるその姿に、心臓が音をたてた。

「どう考えてもお前のが、ってかお前が世界一可愛い。というより、シズカ以外に可愛い奴はこの世に存在しない。」

 身体を起こしてシズカの小さな唇に、最近やっと慣れてきた口づけを落とす。

「…んんッ」

 慣れてきたと言っても唇をぎゅっと閉じるものだから、ぺろりとそこをこじ開けるように舌でなぞる。

「んあっ、」

 歯列をなぞって、舌を絡めて。
 最初は逃げ惑っていた可愛い舌が今では少しだけ押し返してくれるようになった。
 こちらから唾液を流し込めば、こくりと小さな音と共に唇をしっとりと濡らす。

「、んん。あまい、」

「あぁ。シズカも、甘い。」

 頬に添えた手で髪を撫で付ければ、チクリと僅かに痛みを感じて、強く握り込んだことを思い出した。シズカを汚さないように手を引けば思いの外、爪が食い込んでいたのか爪の痕に血が滲んでいる。

「…リオ怪我してるの?痛い?」

 シズカはおもむろに俺の手を握ると手の甲に口付ける。ぽわりと優しく光るのは治癒魔法…?

「シズカ、その魔法どこで覚えた?治癒されてる。」

「魔法?リオの傷が痛そうだったから、治りますようにってキスしたの。…ダメなことしちゃった?」

「いや、ありがとう。綺麗に塞がった。」

 手のひらを向ければ良かったぁと頬擦りされる。何だこの可愛い生き物。

「はぁ。可愛すぎて胸が痛い。」

「何それ。リオ面白い。」

 本気なのだが、笑ってくれたから良しとしよう。それにしても、祈りだけとは。これは、早急に教えたい魔法がある。むしろ、それだけ覚えていれば良い。

「明日は魔法の練習な?」

「わぁ、楽しみ。ちゃんと出来ると良いな。」

「手取り足取り教えるから安心しとけ。」

 本当に、手取り足取り腰取り教えたい。


『ムイムイッ、ムムムッ!』

「あー…忘れてた。」

 きょとりとした表情が可愛くて、堪能したいが折角のシズカへの贈り物だ。馬鹿でかい宝石も綺麗ではあったし、似合うだろうが、そんなもの、申し訳無さそうに眉を下げられるだけだ。それよりも、笑っていて欲しい。

 空間に手を入れて、小さな籠を取り出す。籠の持ち手には色とりどりのリボン。

『ムムー!』

 一丁前に怒っているのか、俺に対してフンスと鼻息荒い。

「…動くもこもこ?」

『ムイッ』

「さっき行商が来ててな、珍しい奴見つけたからシズカにどうかと思って。」

 そう言って籠を開けながら中の毛玉を出そうとすれば思いの外素早い動きで俺の腕をよじ登る。
 シズカは思った通り、いや、思ったよりも心が弾んでいるのが伝わってくる。うん、可愛い。この毛玉もシズカに視線を向ければ、俺の肩に蹴りを入れやがりながらシズカへ向かってぴょんと跳ねた。

「わ!ふわふわあ。可愛い…!」

 細腕ではあるがしっかりと抱き留めて頬擦りする姿をこの瞳に焼き付ける。

「リオ、この子はだぁれ?」

「一応神聖な生き物ってなってるけどただエルフの里辺りに住んでるだけのメルロって動物。名前はまだないから、シズカにつけて欲しい。」

 エルフの里と呼ばれるいくつもの連なる森は人間では近づけない。森全体にエルフたちの結界があるから魔獣たちは森には入れないが、周りにはいる。そこに、このメルロは棲み家を作るのだ。元は野生だが、気に入った者にはとことん懐く。なぜここにいるのかはわからないが、俺の手の匂いを嗅いでいたからシズカの香りに反応しているのではと思い、購入してしまったのだ。

「えぇっ、ぼく?僕がお名前つけて良いの?」

「あぁ。そいつシズカに懐きまくってる。シズカに名前付けて欲しいそうだ。」

 俺には蹴りいれるし、今も冷めた瞳を向けてくるけど。うざいけどシズカが嬉しそうだから俺も嬉しい。うざいけど。

「わ。責任重大。メルロさん、お名前考えるから少し待っててね?」

 首もとをこしょこしょとされて気持ち良さそうにしているメルロを覗き込むシズカ。前髪が長いから、その綺麗な瞳はよく見えない。嫌がるだろうという事は解っているが、そろそろ良いのではないかとも思う。
 後ろから回り込んで、空間からもうひとつ取り出す。これはラッピングも何もない髪留め。小さな石がひとつだけついたシンプルなもので、シズカの髪の色だから、本気で嫌がったら俺のものだと言えば良い。

 そっと額に手を入れて、髪を横へ流せば僅かに硬直する。両手でメルロを抱いているから、振り払えないのだろう。素早くこめかみにピンで留めて、後ろから抱き締めた。

「見えてないから。嫌なら良い。でも、シズカの視力とかが心配。俺がいない時とかだけでも良いから使ってみて欲しい。」

 しばらく考え込んでいるようなシズカだったが、くるりと向きを変えて俺の胸に顔を埋め、ふるふると揺れている。あぁ、可愛い。本当に愛おしい。ずっとこうしていて欲しい。だが、顔もちゃんと見たい。

「シズカ、メルロがすげぇ蹴り入れて来て痛い。」

 途端にバッと後ろへ離れてくれて露になったその瞳は思った通り綺麗だ。
 思わず、と言ったようにうつ向くシズカの腕を引いてまた、抱き締めた。

「可愛い。ありがと。」

「っ、かわいく、ない」

「可愛い。」

「うぅ…」

「可愛い可愛い可愛い」

 ひっくひっくと俺の腕の中で小さく泣き声をあげるシズカの頭を撫でる。

「シズカ、あんまり顔を擦ると可愛い目が腫れてしまうぞ?風呂いこ?」

 ガシガシと蹴り付けるメルロを構わず掴んで籠の中へ入れる。
 布を被せれば途端に静かになる。メルロは暗くなると直ぐに寝てしまうのだ。

「風呂でたら、メルロの世話の仕方教える。好物とか。」

 そう言えば、泣いたことが恥ずかしいのかまた耳を苺色にさせてパタパタと必要なものを取りに行ってしまう。

「…可愛すぎてやべぇな。」

 タオルや着替えを持って走り寄ってくるシズカの額が露になっていて、次は後ろ髪を束ねる髪紐を揃いで作ろうと心に決めた。














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