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2 家族
しおりを挟むその日は高校の入学式で。中高一貫高であったので、校舎とネクタイの色が変わるだけだけど父も母も来てくれると言っていた。
家の前で僕を挟んでお隣さんに写真を撮ってもらって、登校から入学式まで時間があったので父と母は思い出の桜を見てから行くねって、穏やかな笑顔を浮かべていて家の前で2人と別れて中等部の隣の高等部の校舎へ入った。
入学式の間、父と母を目で探したけど見つけられなくて、終わりの頃先生に腕を引かれて会場をでた。先生からの説明は右から左へ抜けていき、乗せられたタクシーで強く握りしめていた手は酷く真っ白で、小刻みに震えているのは底知れぬ恐怖からか、まだ肌寒い春の風のせいなのかわからなかった。
気がついたらお通夜も告別式も終わっていた。親戚もいない2人のお別れには近所の人や乳児院の先生たちが来てくれて、良くしてくれたお隣さんを中心として取り仕切ってくれた。僕は葬儀場のスタッフの人に渡された挨拶文をロボットのように感情のこもらない声で読んだ。
気がついたら眠れていなくて。浅い眠りを繰り返すだけで昼間は学校へは行かずにぼーっとして過ごした。
ふと、あの入学式の日に撮った写真を思い出し、現像して、宝物のアルバムを出して貼った。一緒にしまっている10歳の誕生日に貰った絵本を久しぶりに開いた。最近は元の世界を思い出しても、心にぽっかり穴が空いているような気分にはなっても、泣くことは少なった。自然と絵本を読む機会も減っていた。絵本を読んでアルバムを見て父と母の顔を指でなぞり、アルバムに落ちる水滴をみて自分が泣いていることに気がついた。
それに気がつくと、どんどん涙が溢れてきて幼い頃のように大きな声を出して泣き叫んだ。泣いても泣いても抱き締めてくれる人がいない事が無性に悲しくて寂しくて、泣き疲れてアルバムと絵本を抱き締めたまま眠りに落ちるまでひとりで泣き続けた。
そして、今に至ります。
気が付いたらこのただただ白い何処までも白い部屋なのか外なのかわからない空間にいた。
僕は死んだのか…?
それともこれは夢…?
最近ちゃんと食事を取っていなかったし死んだのかな。
アルバムと絵本は持ってるし一緒に棺に入れられて焼かれた?
死んでいたら良いのにな。
お父さんとお母さんと同じお墓に入って天国でも一緒に暮らしたい。
そんな事言ったら2人は怒るかな。
それとも困ったように笑ってしょうがないなって許してくれるかな。
1人は寂しい。
困ったように笑う2人を思い出していたらまた涙がとまらない。
下を向いたまま小さい声で呟いた。
「お父さん、お母さんどこにいるの」
当然のように返事は返ってこない。
そう思っていた。
「おはよう、五十嵐 唯利くん。」
僕は吃驚して顔をあげた。そこにいたのは中性的な顔付きの綺麗な人。
スラッとしていて背がとても高いのに細すぎずに綺麗な手足。
「お兄さん、綺麗。」
「くふっ、良く言われるよ。でも君みたいな子に言われると照れちゃうな。君に話があって来たんだよ。」
笑顔が可愛い。
「貴方は誰?神様?…僕は死んだの?」
「そうだね。君たちの世界の言葉で言えば神様かなぁ。私の仕事を手伝ってくれる心の綺麗な人を探してたんだ。もう最近忙しくて忙しくて…それに君は死んでいないよ。ちゃんと生きてる。」
そっか、僕は生きてるのか。嬉しいのか悲しいのかがわからない。
「それでね?天国行きの道の途中で凄く心の綺麗な人を見つけてね、タクミとマリアって言うんだけど、君のお父さんとお母さん。思わず勧誘したら交換条件突き付けられてさ。ふふふっ、そんなこと初めてだったからもうびっくり。」
神様は楽しそうに笑っている。それにお父さんとお母さん、ちゃんと天国へ向かっていたんだ。優しい2人の事だから天国へ行けることはわかっていたけど嬉しいし、誇らしい。
「わぁ、かっわいい。唯利くん真顔だと綺麗過ぎて冷たい印象だけど笑うと可愛いね。タクミとマリアの言う通り!」
自分が笑えている事に言われて初めて気が付いた。
久しぶりの笑顔に僕は嬉しくなって素直にお礼が言えた。
「神様ありがとう。お父さんとお母さんも僕が笑うと可愛いって言って抱き締めてくれたんだ。お世辞でも嬉しい。」
神様は少し不服そう。
「もうお世辞じゃないのにぃ。それでね、その交換条件なんだけど、唯利くんが幼いときに時空間の歪みに落ちてしまって自分たちはもう側にいて支えてあげられないから本人が望むなら元の世界の家族のところへ戻してあげてくれってことなんだけど…自分たちは地獄に落ちても構わない。どんなに辛い目にあってもいいからって泣き付かれたよ。ねぇ、唯利くんはどうしたい?」
神様は穏やかに笑って僕に問う。
父と母の大きな優しさと愛情に言葉がでない。涙が次々と溢れてくる。
「僕は…」
目線で優しく先を促される。
「…両親が辛い思いをするのなら元の世界へは戻りません。このまま日本で暮らします。心配させないようにちゃんとします。だから天国へ連れていって…」
眉を下げて困ったような表情を作る神様。
「唯利くん、君が優しい綺麗な心を持っているのは知っているよ。でも、優しい君ならわかっているんじゃないかな?産みのご両親と家族、落ちてくるまで君の近くにいた人たちがこの12年間どんな気持ちで過ごしているか。まさか君の事をすぐに忘れて立ち直って元気に暮らしているとでも思っている?そんな人たちじゃないって唯利くん、君が1番わかっているよね?」
僕は四歳の誕生日の事を思い出した。
兄様の足元に現れた不思議な歪み。思わず思い切り兄様を突き飛ばした。そのまま僕がその歪みの中へ落ちていったときのみんなの顔。兄様の吃驚している顔、少し離れているところから慌てて走ってくる両親や部屋にいる人たち、僕の手を掴んでくれて、でも一緒に落ちそうになって慌てて振り払った貴方の泣きそうな怒っている顔。
あぁ、帰らなきゃ。そう思った。でも…
「安心して。僕が折角現れた働き手を易々と逃がす訳がないでしょう?地獄なんかに送らせないよ。僕が責任をもって面倒みます。それにね、元々あの歪みは数千年に1度現れることがあるっていうようなイレギュラーな存在なんだ。私たちが事前に防がなくてはいけないことだったのに巻き込んで、悲しい想いをさせてごめんね。落ちて直ぐに戻してあげられれば良かったんだけどなかなか干渉はできなくて…もうこんなことは起こさないって約束するよ。本当にごめんなさい。」
きっと偉い立場なのに泣きそうな顔で頭を下げる神様。
僕は涙を堪えて笑顔で言う
「僕、地球の日本に落ちてきてお父さんとお母さんに出逢えて良かった。本当に本当に幸せだったよ。だからこっちの世界へ来たことを後悔はしない。神様も謝らないで?僕は両親が4人もいる幸福者なんだから。
……お願いします。僕を元の世界へ戻してください。」
僕がお願いすると神様は綺麗な笑顔で答えてくれた。
「唯利くん、良く決断したね。私は君の事を応援してるよ。本当は差をつけてはいけないから、だから見守るだけだけど君の幸せを願っている。……さて、実はあまり時間がないんだ。このままアルヴェへ行ってもらうよ。ユイリナ・ルキ・アルヴェ。」
「はい。」
「元の世界に戻ると今まで五十嵐 唯利に関わっていた人たちの記憶から君の存在が消えるけど覚悟はいい?地球の日本に五十嵐 唯利 は存在していなかった事になる。」
「…お父さんとお母さんも僕の事を忘れてしまうの?最後にお別れを言える?」
「タクミとマリアはもう地球上の人間ではないからね。覚えているし忘れる事もない。でも、ごめんね。君たちを会わせる事はできない。タクミとマリアはもう死んでしまっているし君は生きている。そういう決まりなんだ。」
お父さんとお母さんにもう会えないのは悲しいけど覚悟を決めよう。
僕はアルヴェで生きていく。
「無理を言ってごめんなさい、覚悟できました。お願いします。僕はどうすればいいですか?」
神様は頷くと僕の頭をさらりと1度撫でて説明してくれた。
「これから目を瞑って落ちる衝撃があるまで絶対に目を開けてはいけないよ。話すのもだめ。話しかけられても何も答えないで。約束できる?もしアルヴェに着く前に目を開けたり声を出したりしたらこの先ずっと元の世界へは戻れないよ。チャンスは一度だけ。何か質問は?」
真剣な声に思わず唾を飲む。
「分かりました。大丈夫です。絶対に目を開けないし声を出しません。質問かぁ…神様はどうやって僕をアルヴェへ戻すの?」
「うん?愛の力かな。」
神様は満面の笑み。
「はいっ、じゃあ今から始めるよ。目と口を閉じて愛の力を信じてね。」
僕は目と口を固く閉じた。「そんなに緊張しないでよー」と言う神様の間延びした声が聞こえる。
その時僕に回る細い腕。優しい匂い。
「唯利、私たちの宝物。ずっと愛してるわ。」
僕たちを纏めて抱き締める太い腕と大きな手。
「唯利、俺たちを親にしてくれてありがとう。愛してる。」
額と頬へのキス。
僕は涙を堪えるのに必死だった。
一粒でも涙を溢せばきっとそのまま嗚咽をあげて泣いて目を開けて2人の胸に飛び込んでいただろう。でも二人はそれを望んでいない。
僕は目をぎゅっと閉じて細かく震えて耐えた。
そのままふわふわと浮いているように感じた。
逞しい腕が離れて名残惜しそうに華奢な腕も離れた。
「「幸せに」」
両親からの声が聞こえた瞬間、僕は4歳の時に落ちてきたようにドサッと落ちた。
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