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【札幌民主自由国記】中の章

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調九話(山本五十六の個人的見解)
日札同盟締結を知った聯合艦隊司令長官『山本五十六』は参謀の一人に言った。
「札幌民主自由国が我々の障害にならなければそれが一番だ。それ以上はサイレントネイビーらしくないから言わんよ」
色々な思惑を山本はよく理解していたことだろう。が、組織人で軍人の山本にどうこう言える問題でもなかった。
「進みすぎた兵器を持つあの国はこの世界に何をもたらすのだろか?」
山本は先の見えない未知の国との行く末に思いを馳せた。
「彼らは大本営が謳い文句にするほどまで協力はしてくれないだろう。我々とは感覚が違いすぎる。彼らの大首領は女性が務めているらしいじゃないか。考えられんな」
そして、
「ひとまずは真珠湾攻撃作戦に支障が出ることがなさそうなのはせめてもの救いだな」
と口を零した。
「だが、彼らの振る舞い次第で戦局は動くことだろう。良くも悪くもな」
参謀たちが立ち去ったあと山本は意味あり気にそう呟いた。
調十話(札幌民主自由国の内部事情)
札幌民主自由国は戦時急造国家故に平声時代の日本国憲法をベースにした憲法を運用していた。しかし、札幌を中心とした小規模国家となり日本国憲法のすべての理念理想を実現し続けるのは困難が予想された。政治制度は議院内閣制と大統領制をミックスした大首領制で、これは苦肉の策であった。
あわせて閣議決定と大統領令をミックスした大首領指示令により行政権力が肥大化しかねなかった。
だから、北海道制圧作戦中止は帝国臣民も札幌民主自由国の国民にとっても今は悪い展開ではなかったのである。
「あまりにも権力を集中させたら民主自由国の看板に偽りありになるところだったわ」
矢矧須津香は大首領執務室で勢いで物事が進む怖さを知った。
国務官房長官『斑鳩(イカルガ)勇一郎』は、「あんたが中心になってやったことじゃねぇか」と内心毒づいた。後始末に追われたのは他ならぬ彼なのだから無理もない。
国家と名乗りながらも議員はなく、大首領の任命により政府要職は決められていた。
戦端が開かれる間近の非常時に選挙を更に重ねるわけにもいかなかった。
札幌民主自由国は異端の世界から来た者たちの国である為、彼らが持つ現金や電子決済やクレジットカードなどの支払いシステムはネットワークが存在しないために無効化された。現金は紙幣も硬貨も用をなさなかった。札幌国外での話だが...
帝国日本の貨幣・紙幣の導入が検討された。その背景には、
「商売しようにも『アンタらの金はうちでは使い物にならんよ!』の一点張りだもんな」
とある商売人のそのボヤキに象徴されるように札幌民主自由国は正式に国際承認された国家ではないのだ。ましてや帝国日本の通貨でもないのだ。扱いとしては『満州国』のような立場にいるのが現状であった。立場がどうであれ国際的な見方は従属国家という位置づけに見られていた。
やむなく札幌民主自由国副大首領兼財務長官斑鳩(イカルガ)大輝<斑鳩(イカルガ)勇一郎の従兄弟>は、禁じ手である貨幣の改鋳を財務局に指示し、一円硬貨のアルミニウムなどの大日本帝国が喉から手が出るほど欲しい鉱物資源の輸出を始めたのであった。札幌国内だけでもどれほどの小銭が眠っていることか、使い道がないのならと札幌国民は政府の要請に応じて貨幣を相応の物品・特に寒さを凌ぐ為の燃料と交換した。しかし軍事用の燃料は札幌国の生命線の一つ故においそれとは帝国日本に提供するわけにはいかなかった。帝国日本側もそれについては強く求めなかったが軍事技術に関してはかなりの熱意をもって技術供与を求めてきた。
当然のことながらここは交渉のテーブルに着かざるを得なかった。
調十一話(札幌国から帝国日本への軍事技術の提供範囲の迷い)
「貴殿らも同じ日本語を話す者同士ではないか!何故帝国に全面的に協力しないのか!」
外務大臣の語気の強い発言を皮切りに日札技術協力に関する会議が始まった。
「我々はなんの後ろ盾もありません。大首領である私が女性であるだけでも嫌悪感を示しておいでではないですか?」
矢矧須津香(大首領)はそう返した。
「婦女子が政治に口を出す必要は我が国ではない!」
「そこです。あなた方の常識は我々の常識とはことなるのです。札幌民主自由国の理解を深めていただけなければ協力関係に影響が懸念されます。」
矢矧は感情的になりすぎないように努めて落ち着いた口調で答えた。
外務大臣はそれすらも癇に障ったのか何かを怒気をこめて怒鳴りかけたその時、
「論点を戻しましょう。札幌国側からの我が国への技術供与に関する話が本題でしたな」
意外にも冷静に話題も空気も元の流れにコントロールしたのは東条英機(総理兼陸軍大臣)だった。
「我々にはあなた方の進みすぎた技術の内で我々が運用しやすい技術を優先して提供していただきたい。あなた方は我々よりも考え方が米英寄りに感じますが、さもありなんですな。本来ならこの時代に居てはならない人々、それがあなた方の正体でしょう。それを承知でお願いする」
この時の東条はどこか腹を括ったかのような覚悟を持っているようであった。
(意外と責任感の強い人物なのかもしれない。私たちの知る東条英機像とはかけ離れているわね)
矢矧須津香は率直にそう思った。
(ここまで帝国日本に肩入れした以上私も絞首刑ね。最悪のケースを回避する立ち振る舞いが求められるわ)
矢矧須津香大首領はこの時点で歴史の一線を越えた。札幌国は枢軸国側に与したのである。だからといってドイツ・イタリアとも同盟関係になったわけではなかった。またそれを望まなかった。
調十二話(札幌国の立ち位置・立ち回り)
札幌国がどういう結末で戦争の終結を迎えることになるかわからないが、独(ドイツ)伊(イタリア)にまで協力する気は矢矧須津香には無かった。
「私は独裁者になりたいわけじゃない。だけど一度選挙をしただけで民主自由国を名乗ったのは私のエゴね」
誰もいない場所で独白する矢矧大首領を尻目にこの時代の世界情勢は緊迫した状況を超えようとしていた。
札幌国は帝国日本に対等たる同盟国として遇されていることになっているが傀儡国家とまではいかなくても従属国家として帝国日本にも諸外国にも認識されているのが現実であった。
帝国日本は勝和15年(1940年)に日・独・伊三国軍事同盟を締結した。
この後も帝国日本の政策に米国との関係はさらに悪化の一途をたどって行き、勝和16年(1941年)11月26日、米国から事実上の最後通牒『ハル・ノート』が帝国日本に提出されたことにより同年12月1日の御前会議において開戦が決定した。
札幌国の本当の戦争はこの時始まったのである。
調十三話(巻き込まれの開戦)
勝和16年(1941年)12月8日、帝国日本海軍機動部隊は、米国太平洋艦隊本拠地布哇(ハワイ)真珠湾攻撃を敢行した。
これにより戦端は開かれた。
米国は帝国日本からの宣戦布告が遅れたいことを責め、
「騙まし討ちだ!」
と非難し、『リメンバー・パールハーバー』(真珠湾を忘れるな)をスローガンにして反日感情を煽った。
この時、従属国家も同罪だと非難する声明も出された。
つまり、札幌民主自由国も同罪と断じられたのである。
「私たちも帝国日本の一部として参戦していると認識しなければいけませんね」
「始めからこうなるとわかっていたではありませんか」
国務官房長官の斑鳩(イカルガ)勇一郎は嘆息交じりに答えた。本人はシリアスな心境でモノを言っているのだが、周囲からはやる気や覇気に欠けると誤解されやすいところが彼の欠点である。
「あなたは、この時代の歴史に本格的に介入する道を選んだのです。認識云々とかぬるい感覚で大首領など務まりません。腹を括ったモノの考え方をして下さい」
(確かに、斑鳩の言うとおり!トップとしての責任と立場を心に刻まなきゃ!)
心の声はそう言っているが斑鳩に対して発したのは、
「そうね」
の一言だけだった。
調十四話(快進撃と戦艦大和の使い道)
帝国日本の攻勢は快進撃と呼べるほど滑り出しの良い展開を繰り広げていた。
その最中の勝和16年(1941年)12月16日、戦艦『大和』が竣工した。この日には日本軍は北ボルネオに上陸を果たしている。
山本五十六聯合艦隊司令長官は戦艦による艦隊決戦に関して、
「そんなものは夢物語だよ」
と断じていた。しかし一方で、
「なんとか使い道はないものか…」
思案していたところに札幌国から技術協力されて予定より早く生産ラインに入ったという『三式弾』に目を付けた。
(戦艦乗りの誇りを全否定させることになるが是が非でも受け入れてもらわねば)
戦艦乗りは動く敵艦を沈めてナンボという不文律がある。山本長官はその戦艦乗りの最高峰である『大和』に対して動かない敵(陸上兵力)への艦砲射撃を命じることにしたのだ。
「私が座乗して直接指揮するしかあるまい…」
航空機主兵主義の急先鋒と目される山本が大艦巨砲主義の象徴とも言える帝国日本海軍最高の戦艦に雑用をさせようとしている。と、敵視するものから見られても仕方のない構想であった。
調十五話(帝都東京奇襲される)
勝和17年(1942年)4月18日に日本軍に青天の霹靂の事態が訪れる。
米空母『ホーネット』から陸軍機B-25爆撃機を発艦させて帝都東京に奇襲攻撃を仕掛けたのだ。
「ジャップの慌てふためく姿が目に浮かぶ」
『ホーネット』座乗司令官、ハルゼーJr.はほくそ笑んだ。
陸軍機に着艦能力は当然ながら無い。
「爆撃を終えたらそのまま中国側の大陸に着陸せよ」というかなり乱暴な奇策であった。
札幌国は歴史として知っている出来事ではあったが、何もかもが歴史通りとは限らないだろうと帝国日本への警戒要請を怠ってしまった。
「既に我々というイレギュラーな存在がいる以上どうなるかわからんだろう」
田ノ浦真守(一佐)ですらそのように捉えていた。
空襲の被害そのものよりも、皇居のある首都に空襲を許してしまったことは軍部の面目丸潰れであった。
山本長官とて例外ではなかった。
「真珠湾に空母が居なかったツケがまわったな。一刻も早く敵空母を叩かねばならん!」
調十六話(ミッドウェー島攻略作戦)
帝都東京奇襲に危機感を募らせた山本長官は、『ミッドウェー島攻略作戦』を立案した。布哇(ハワイ)に近いこの島を攻略に向かうことで敵空母を誘い出しこれを殲滅する事が本当の狙いだ。
この一大作戦に際して、軍令部に作戦を受け入れなければ聯合艦隊司令長官を辞めると言って強引に承認させた。
戦艦大和を旗艦として編成した主力艦隊を長官自らが率いてミッドウェー島を攻略することは、作戦発令数日前に一部の参謀たち以外は知った。
「この作戦における戦艦の役目は敵陸上兵力及び飛行場への艦砲射撃にある!戦艦乗りの諸君には屈辱かもしれんが堪えてほしい」
長官に深々と頭を頭を下げられては居並ぶ将校たちは従うほかなかった。
敵空母を叩く役目を命じられた空母機動部隊司令官、南雲忠一は、
「軍令部に何と言われようともミッドウェー島には目もくれるな。艦上攻撃機は魚雷装のまま断じて変更するな」
と厳命された。
勝和17(1942年)年6月5日、ミッドウェー海戦は幕を開けようとしていた。
調十七話(戦艦大和主砲火を噴く)
足の遅い戦艦は敵艦隊を追撃することに向かない事実を山本長官は熟知していた。
だからこそ戦艦大和を含む主力艦隊をミッドウェー島攻略の要として専念させようとしたのだ。
「最悪でも我々が敵空母艦載機を引き付けられるかもしれん」という思いもある。とはいえ艦隊を護衛してくれる戦闘機なしで基地攻略を成し遂げるのは無謀である。
航行中の英海軍戦艦を航空攻撃で撃沈して見せつけたのは他ならぬ日本海軍なのだ。
そのような理由からわずかながら軽空母による援護を受けながら、偵察機が調べた情報から距離を計算して、敵飛行場めがけて砲撃戦が始まる。
「砲撃始め!」
雷鳴の如き咆哮が耳を痺れさす程に轟いた。
特に大和の主砲が放った三式弾は敵飛行場の無力化に絶大な効果を発揮した。
「これが大和の使い道か…」
山本長官はこの戦果に一応の手ごたえを感じた。
「あとはもう南雲次第だ」
肝心の敵機動部隊の撃滅は彼の指揮如何にかかっているのだ。
調十八話(ミッドウェー海戦)
帝国日本海軍虎の子の空母機動部隊司令官、南雲忠一は敵機動部隊発見の為に血眼になって偵察機を飛ばさせていた。
「敵機動部隊はいったいどこにいるのだ?」
事前の指示に従って艦上攻撃機には魚雷装を徹底したが、肝心の敵空母を発見・撃沈しなければこの作戦の意味も意義もなくなってしまうのだ。
「それは許されん」
南雲司令が神経を尖らせていたその時、偵察機から「敵影見ユ」の報が入った。幸運なことに空母が含まれていた。
「この時を逃すな!攻撃隊発艦せよ」
空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』の各艦から敵機動部隊めがけて乾坤一擲の攻撃隊が襲い掛かるべく発艦していく。
「これでこの作戦は成功裏に終わるだろう…」
南雲司令は確信した。
そこが唯一の指揮官の心の隙間だった。
その僅かな心の隙間は部下の将兵にも伝染していた。
敵空母『ヨークタウン』『ホーネット』撃沈『エンタープライズ』大破という大戦果を挙げたにも関わらず、米軍艦載機の捨て身の果敢な猛攻を受けた末に『加賀』が撃沈されてしまったのである。
「加賀が沈む…」
居合わせた者たちは皆、絶句した。
結果としてミッドウェー海戦そのものは帝国日本海軍の一応の勝利に終わった。しかし、日本海軍機動部隊の虎の子の空母一隻を失った事に変わりはなく、量より質で勝負しなければならない日本海軍にとって大きな痛手となった。完全勝利以外は戦略的な敗北の遠因に繋がると考えたのかも知れない。戦果の報告を受けた山本長官は、
「そうか」
と喜ぶでも悲しむでもない平坦な言葉で応じただけだった。
既に日本陸海軍全体の補給線は伸びきっており、海軍としては機動部隊の燃料・艦載機の補充を考えたら母港・呉まで寄港させざるを得なかった。
陸海軍足並みを揃えて布哇(ハワイ)攻略作戦を実施することは夢物語でしかなかった。
「ミッドウェー海戦の勝利一つで戦局が大きく変わる程、この戦争は甘いものではない」
山本長官は一人で呟いた。
「加賀が沈んだことで大和型3番艦『信濃』を空母に変更させる理由にはなったか…」
それは空母不足の日本海軍の、素直に喜べない誤算の産物であった。
調十九話(札幌民主自由国の存在意義)
勝和17年(1942年)6月の日本海軍のミッドウェー海戦での勝利の報せは、遠く札幌民主自由国の地まで届いていた。
「歴史が変わりましたな」
斑鳩勇一郎(国務官房長官)がそう言うと、
「歴史が変わっても帝国日本とアメリカとの圧倒的国力の差は修正されない。戦争の結果は揺るがないわ」
矢矧須津香(大首領)が答えた。
「大日本帝国の敗戦は回避不能であると。では、我々の存在意義はなんなのです?」
斑鳩勇一郎はそう問う。
それに対して矢矧は、
「この戦争の終わらせ方にどう関与するか、かしら。最終的な札幌国の相手はアメリカじゃない。戦争末期に牙をむくソビエト連邦よ!今の内から樺太へ陸上自衛隊を派遣できるようにしておくように田ノ浦(一佐)に伝えておくようにして!」
札幌民主自由国政府の存在意義が示された瞬間であった。
いまだ明確なビジョンに乏しいが札幌政府トップの意思が関係者に共有される契機になったことは確かだった。この頃から札幌民主自由国自衛隊は、樺太方面への支援を強化する旨を帝国日本政府へ通達するとともに、その対ソ防衛体制の強化に勤しむのである。
調二十話(米軍反転攻勢の胎動)
勝和17年(1942年)8月7日、日本軍は米軍によるソロモン諸島、ガダルカナル島・ツラギ島・ガブツ島・タナンボゴ島への上陸を許してしまった。
自慢の機動部隊は修理と補給を終えてソロモン方面へと向かっている矢先のことだった。
ガダルカナル島に飛行場を建設した日本軍は僅か600名程度だった。
「米軍の大規模反転攻勢は勝和18年(1943年)以降と思われる」
という大本営の思い込みが災いした。
勝和17年(1942年)8月7日午前4時、アメリカ海兵隊第1海兵師団長アレキサンダー・ヴァンデグリフト少将率いる10.900名の海兵隊員が、大挙して上陸した。
たちまちのうちに日本軍飛行場は米軍の手に落ちてしまった。
その際に日本軍が遺棄した米・製氷工場・大型発動機はそれぞれ、兵士の食料・アイスクリーム・照明などをもたらした。
「ジャップは最高の置き土産を残していったぜ!」
などと米兵が言いそうな最大のプレゼントとなってしまう痛恨事となった。
ガダルカナル島を巡る悲劇の戦いは米軍反転攻勢の胎動を見せながら、日本軍を更なる悲劇へとジワジワと追い込んでいくことになるのである。
札幌民主自由国はこのような状況下で全く無力であった。
調二十一話(無常なるかな南雲機動部隊ソロモンに散る)
勝和17年(1942年)8月8日に三川軍一中将率いる第8艦隊が、ソロモン諸島海域で敵艦隊と交戦。重巡洋艦4隻撃沈・一隻大破の戦果を挙げたが、輸送船団に対する攻撃を怠った結果、重火器類などの多量の物質が米軍に補給された。
一木清直大佐率いる一木支隊や、後に投入される川口清健少将率いる川口支隊が投入されるが、情報の誤りなどによる敵戦力の実態が、十分に把握できていなかったことによる作戦そのものの甘さが大本営にあった。その結果、いたずらに犠牲者ばかりを増やしてしまう有様となり、ガダルカナル島は飢餓に苦しむ『餓島』と呼ばれるようになる。
そのような中、勝和17年(1942年)8月23日に『第二次ソロモン海戦』が行われた。
『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』5隻の正規空母に軽空母『龍驤』を加えた計6隻の空母を擁する南雲機動部隊にここに来て更なる慢心や驕りが充ち満ちていた。
「我々の手にかかれば米空母であろうと飛行場であろうと、何するものぞ!恐るるにあらず!」
将兵ともにそのような空気であった。
その中で過敏なまでに空母を沈めまいとしていた南雲忠一提督は対空防御に気を取られすぎるあまり対潜(対潜水艦)防御をお留守にしてしまった。
敵機動部隊『エンタープライズ』『サラトガ』『ワスプ』の3正規空母の艦載機の迎撃に気を取られる余り、米潜水艦の雷撃を受けてしまうことになった。しかも不発弾の多かった不良点は改善されており、日本海軍に災いした。
瞬く間に『赤城』『蒼龍』『飛龍』がなす術もなく沈没した。
「我らは何をしにはるばるここまで来たんだろうな?」沈みゆく『飛龍』座乗司令官、山口多聞少将はそう言いながら艦と運命を共にした。
結果として日本海軍の大惨敗に終わった。
盛者必衰の理の如く、無敵を誇った南雲機動部隊はソロモンに散ったのである。
特殊ルートから戦況報告を受けた田ノ浦真守は、
「ミッドウェー海戦の奇跡からほんの僅か数ヶ月でこの惨敗か…これが歴史の修正力なのか?」
田ノ浦の疑問を解決することなく戦局は悪化の一途をたどり続けることになるが、札幌民主自由国はそれを聞いても指をくわえて見ている他なかった。
調閑話②(戦時下の札幌民主自由国の日常)
いくら札幌民主自由国の技術が進んでいるとはいっても、帝国日本のメディアがラジオと新聞しかないうえに検閲済みの修正された情報であることを前提に鵜呑みには出来ないことを平声民の人々は歴史として知っているので、多少のズレはあっても、
「教科書の年表的に帝国日本の戦局はもう傾いているだろうな」
「違いねぇ。今は無茶な要求をして来ねぇが、いつどんな無茶ぶりを言い出すかわからんぞ」
「要求が命令に変わったらここもいよいよヤバいな」
そんな会話が日常生活に溢れているのが当たり前のことになっていた。
その日は日本史の教科書ではミッドウェー海戦で帝国日本海軍が大敗北を喫した事が記されている日だった。
少なくとも戦時下の札幌民主自由国民が戦局状況の把握の指針として役割を果たしているのは、元々は未来人である平声日本国民として学校で教わった近現代の歴史だった。
自警団の内藤優馬と君塚令佳たちも今現在の状況を楽観視出来ないと判断していた。
「優馬君、最近の札幌は内地からの疎開者がかなり増加しているわ」
「令佳、何か問題があるのか?」
「この札幌国は、備蓄食糧に完全に依存しているのよ。人口が増せば食糧消費量は大幅に増加して備蓄がなくなるわ」
「ということは、この国も配給制が迫りつつあるってことか?」
「そうね。私たちが未体験の極貧生活と食糧難に加えて戦争による死の危険まで待ってる。優馬君、腹括りなさいよ!頼りにしてるわ」
「お、おう」
淡々とした口調で令佳がこれからの絶望的状況を説明して、覚悟を迫られた優馬はたじろぎ気味にそう答えた。
「シャキッとしなさいよ!シャキッと!」
令佳に活を入れられている優馬は、既に彼女の尻に敷かれている。
彼らの日常から平穏無事な生活は遠い過去になりつつあった。
調閑話③(札幌民主自由国政府内の対立)
帝国日本軍のガダルカナル島における大敗北を、無線傍受と暗号解読で知った自衛隊の田ノ浦真守は一つの疑問にぶち当たっていた。
「札幌民主自由国民でだけを守れば自衛隊なのか?時代は違っても同じ日本人じゃないのか?」
そう思う一方で、
「帝国陸海軍をはじめとする軍部の統制に反して組織されたのが自衛隊じゃないか。徹底的に協力するのは道義に反するのではないか?」
そう自問自答したりもした。
考えはするものの文民統制(シビリアンコントロール)が原則としてある以上、田ノ浦に政治的な発言権は無い。
しかしながら、この疑問にぶち当たっていたのは文民である札幌政府内の人物たちも例外ではなかったのである。
「私たちの存在意義は南樺太でソ連軍を足止めする事よ!」
矢矧須津香大首領は唐突に札幌政府の存在意義を自ら示した。
「南樺太に自衛隊を派遣されるおつもりですか?札幌はどうされるというのか!」
札幌政府外務長官・御影平浩成<ミカゲダイラヒロシゲ>は外交を軽視するかのような矢矧大首領の方針に反発した。
「我々はアメリカともソ連とも水面下で交渉しているのです。それを水の泡にされるのか!」
「その交渉テーブルに両国に着いてもらうには、南樺太防衛が必須なのです。そこまでなら日札同盟に基づく自衛権の行使は可能じゃないかしら?」
「う…」
正論らしきものをぶつけられた政府高官らは、不満を抱えつつも一旦は矛を収めざるを得なかった。
この頃から札幌政府は一枚岩の組織ではなくなっていくのである。今回の一件はその前触れに過ぎなかった。
調二十二話(山本五十六聯合艦隊司令長官戦死)
勝和18年(1943年)2月、日本軍はガダルカナル島撤退作戦(ケ号作戦)を発動した。これによりガダルカナル島を巡る攻防戦に日本軍は敗北した。
4月18日の事だった。前線激励視察の為に、聯合艦隊司令長官・山本五十六は一式陸上攻撃機に搭乗し、僅かな護衛機と共にブーゲンビル島へ向かった。
「長官、御覚悟願います」
「誰の差し金か知らんが好きにすればいい。この戦争のたたみ方を知っているのならな」
「死にゆく長官が気にされることではありません」
「君らに命じた人間は相当無責任なんだな」
「残念です」
「お互いにな」
山本長官を乗せた一式陸攻は長官を殺害後、意図的に墜落した。表向きは米軍機の待ち伏せによる戦死とされ、『海軍甲事件』として扱われるようになった。その後に山本五十六は元帥府に列せられて国葬された。
この後の5月12日、米軍がアッツ島に上陸。5月29日に日本軍は全滅する。これ以降、全滅を『玉砕』と表現されるようになる。
調二十三話(理解者・山本五十六戦死に揺れる札幌政府)
勝和18年(1943年)4月にブーゲンビル島上空で、山本五十六聯合艦隊司令長官が戦死したという報せが札幌政府に舞い込んできた。
「とうとう私たちの理解者だった山本長官が…」
矢矧大首領は語尾を詰まらせた。
「海軍の現場トップが戦死する状況だからこそ、我ら札幌民主自由国も帝国日本を支援すべきです!これ以上の帝国日本の戦局悪化は我が国の防衛体制を揺るがしかねます!」
浜風甲<ハマカゼコウ>防衛長官は、熱弁のあまり唾をまき散らしながらまくしたてた。
「本格的な支援には時期尚早かと思います」
斑鳩(イカルガ)大輝副大首領兼財務長官がその熱弁に水を差すように口を挟んだ。
「どういうことだ!言ってみろ!」
浜風甲は怒りに任せて凄んだ表情で斑鳩大輝を睨み付けた。
「あまりにも肩入れしすぎると、わが国の財政は火の車になります。物質・燃料・食糧などが早々に底をつくでしょう。浜風防衛長官、あなたはそれでもなお今すぐに帝国日本を全面的に支援すべきであると仰るのですか?」
「くっ…」
斑鳩大輝に痛いところを突かれた浜風甲は、沈黙せざるを得なかった。
札幌民主自由国はあくまでも主権国家として、自国民の生存を優先する行動を取った。
国際的に大日本帝国の傀儡国家と認識されているのだとしても、本当はそのようなことはないと国際承認させたい思いが政府内に生まれた。
やがてその国際的承認欲求は札幌民主自由国民全体で醸成されていくことになるのである。
調閑話④(イタリア降伏)
勝和18年(1943年)9月8日、日独伊三国同盟の一角である、ムッソリーニ率いるイタリアが降伏した。
独裁者の魁であり、ファシズムを標榜してファシスト党を組織した人間に突き付けられたある意味では哀れな結末であった。
ムッソリーニは怒りに溺れし民衆の手によって、非業の死を遂げた。
これによりイタリアの第二次世界大戦は、敗戦という形で終戦を迎えたのであった。
調二十四話(学徒出陣の波と大東亜会議)
勝和18年(1943年)10月21日、明治神宮外苑で出陣学徒壮行式が開催された。帝国日本は徴兵において学徒動員をしなければならないほど追い込まれているのである。
同年11月、帝都東京で開かれる大東亜会議への出席要請が札幌政府にも来た。
「帝国日本の国策行事だけど一応は行かなきゃいけないわね」
矢矧須津香<ヤハギスツカ>大首領は御影平浩成<ミカゲダイラヒロシゲ>と会議出席の為に東京へと向かった。
大東亜会議そのものは形式的なものに終始して閉会した。その後に、矢矧らは東条英機総理らと会談を行った。
「単刀直入に申しましょう。軍事技術ではなく兵力を提供していただきたい」
それに対して矢矧は、
「海上防衛力に乏しい我が国は、南方戦線ではお役に立つ所かお荷物となることでしょう」
「では、具体的にはどうされるおつもりか?」
「我が国は、南樺太死守に全面協力する旨をお約束します。共にソビエト連邦の脅威から北方の領土防衛を成し遂げましょう!」
「それは良いですな。しかしながら札幌政府は絶対国防圏の維持には協力できないと仰るか?」
「我が国は独立主権国家です。あなた方の都合だけで我が国と我ら札幌民主自由国民の理解を得ることは出来ません。何卒ご容赦ください」
御影平浩成は、丁寧に且つ慇懃無礼な程にへりくだった言葉で東条の追及をかわした。
こうしたやり取りを終えて矢矧らは札幌へと帰国した。
そこには国際的承認欲求を満たしたい、札幌民主自由国民たちの心情が滲み出ていた。
矢矧たち札幌政府は、国内外で更なる難しい舵取りを迫られることになっていくことになる。
帝国日本が札幌民主自由国へ人的戦力・応援要請をしてきたのである。
「札幌民主自由国も兵力を投入して、戦局打開に貢献しろ!ということか」
札幌政府高官から事の事情を漏れ聞いた田ノ浦真守は、苦々しげに顔を顰めながら呟いた。
「我々にも帝国日本の為に犠牲を払えと言いたいのだろうな。この時代の分岐点への深入りは極力控えたいのだがな」
時は勝和19年(1944年)となった。帝国日本はこの先、更に追い込まれていくことになるのである。
札幌政府は決断を迫られていた。
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明日から大学生となる節目に突如女性になってしまった少年の話です♪♪ 男では絶対にありえない痛みから始まり、最後には・・・。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

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大衆娯楽
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