65 / 103
5章.御堂コンツェルン
06.
しおりを挟む
「ななせに何かしたら許さないからっ‼」
引け寄せられて抱え込まれた侑さんの広い胸の中で暴れる。
「…分かってる」
めちゃめちゃに腕を振り回して拳を叩きつけるけど、びくともしない。
硬い胸板。力強い腕。
「ななせに手を出したら殺してやるから、…っっ」
悔しい。悔しい。
広くて安心する胸も、支えてくれた優しい腕も、全部嘘だったくせに。叩いても暴れても揺るがない。全然ダメージを与えられない自分が悔しい。何の力もない自分が悔しい。簡単に信用して心を預けてしまった自分が悔しくて、涙が込み上げてきた。
「分かってるから、…」
私の両腕をつかんで動きを封じると、侑さんが困ったように私を見た。
「泣くな、…」
お前のせいじゃ―――――っっ
という、八つ当たりにも似た感情が込み上げる。
掴まれた手の力が強くて動けない。ぬぐえない涙が勝手に溢れる。
嘘つき。嘘つき。めちゃくちゃに罵って引っぱたいてやりたいのに、そんな困り果てた犬みたいな顔されてもこっちが困る。
「…つぼみ。聞け」
「やだっ」
反射的に首を横に降ったら、零れた涙が地面に落ちた。
それを見て侑さんは痛そうに顔を歪めると、掴んだ両手に力を込めたまま、
ふいに。
唇に唇を押し当てた。
な、…
何すんだ。という文句は、至近距離で囁かれた侑さんの言葉に飲み込まれた。
「…お前が好きだ」
切羽詰まったような低い声が、心臓に落ちる。
その場所だけ、時間が止まった。
半径1メートル。世界から切り取られた2人ぼっちの地表。
瞬いた目から零れ落ちた涙が、時間を再開させた。
「…う、そつき」
声が出ない。唇の形だけが言葉をかたどる。
力が抜けて、降ろした腕から侑さんの手が離れた。
「嘘じゃない」
侑さんの大きな手が頬に触れて、親指の腹が優しく涙をぬぐう。
「…こんなはずじゃなかったんだけどな」
侑さんが、自嘲気味に片頬を上げる。
いつもの、少し皮肉気な、見慣れた侑さんの笑い方。
「最初は、…雨宮ななせが大事にしているオンナだから近づいた。でも、…」
困ったように髪の中に手を差し入れて、ぐちゃぐちゃかき乱す。
「お前があんまり一生懸命アイツだけを想ってるから、だんだん悔しくなって、羨ましくなって。不器用に傷つけられてんの見てたら、守ってやりたくなってきて」
私の頬に触れた侑さんの長い指の背が、そっと涙の跡を撫でた。
「…もう。そんなに泣くな」
砂漠に落ちた一粒の雨のように、
「お前が好きだよ、つぼみ。お前はアイツじゃなきゃダメだって分かってる。それでいいから、アイツの代わりに俺をお前のそばにいさせてくれ」
侑さんの声が乾いた心に一滴沁み込む。
引け寄せられて抱え込まれた侑さんの広い胸の中で暴れる。
「…分かってる」
めちゃめちゃに腕を振り回して拳を叩きつけるけど、びくともしない。
硬い胸板。力強い腕。
「ななせに手を出したら殺してやるから、…っっ」
悔しい。悔しい。
広くて安心する胸も、支えてくれた優しい腕も、全部嘘だったくせに。叩いても暴れても揺るがない。全然ダメージを与えられない自分が悔しい。何の力もない自分が悔しい。簡単に信用して心を預けてしまった自分が悔しくて、涙が込み上げてきた。
「分かってるから、…」
私の両腕をつかんで動きを封じると、侑さんが困ったように私を見た。
「泣くな、…」
お前のせいじゃ―――――っっ
という、八つ当たりにも似た感情が込み上げる。
掴まれた手の力が強くて動けない。ぬぐえない涙が勝手に溢れる。
嘘つき。嘘つき。めちゃくちゃに罵って引っぱたいてやりたいのに、そんな困り果てた犬みたいな顔されてもこっちが困る。
「…つぼみ。聞け」
「やだっ」
反射的に首を横に降ったら、零れた涙が地面に落ちた。
それを見て侑さんは痛そうに顔を歪めると、掴んだ両手に力を込めたまま、
ふいに。
唇に唇を押し当てた。
な、…
何すんだ。という文句は、至近距離で囁かれた侑さんの言葉に飲み込まれた。
「…お前が好きだ」
切羽詰まったような低い声が、心臓に落ちる。
その場所だけ、時間が止まった。
半径1メートル。世界から切り取られた2人ぼっちの地表。
瞬いた目から零れ落ちた涙が、時間を再開させた。
「…う、そつき」
声が出ない。唇の形だけが言葉をかたどる。
力が抜けて、降ろした腕から侑さんの手が離れた。
「嘘じゃない」
侑さんの大きな手が頬に触れて、親指の腹が優しく涙をぬぐう。
「…こんなはずじゃなかったんだけどな」
侑さんが、自嘲気味に片頬を上げる。
いつもの、少し皮肉気な、見慣れた侑さんの笑い方。
「最初は、…雨宮ななせが大事にしているオンナだから近づいた。でも、…」
困ったように髪の中に手を差し入れて、ぐちゃぐちゃかき乱す。
「お前があんまり一生懸命アイツだけを想ってるから、だんだん悔しくなって、羨ましくなって。不器用に傷つけられてんの見てたら、守ってやりたくなってきて」
私の頬に触れた侑さんの長い指の背が、そっと涙の跡を撫でた。
「…もう。そんなに泣くな」
砂漠に落ちた一粒の雨のように、
「お前が好きだよ、つぼみ。お前はアイツじゃなきゃダメだって分かってる。それでいいから、アイツの代わりに俺をお前のそばにいさせてくれ」
侑さんの声が乾いた心に一滴沁み込む。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる