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1章.迷走トライアングル

10.

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布団の奥まで潜りこんで丸まった。

ほのかにななせの匂いがする。ような気がする。
そうか、昨日、ななせと帰ったつもりが、酔いつぶれてこの人に介抱してもらったんだ。この人、ちょっとだけ、ななせの匂いと似てるんだ。

寝起きの強面が強烈過ぎてオニヤンマにしか見えなかったけど、昨日私の愚痴に付き合ってくれたアラサー社会人は、なんだかんだ見ず知らずの私を世話してくれたんだから親切な人なんだろう。

それは恐らく不幸中の幸いと言うべきだ。

けど。

…このまま二度寝したら何もかも夢だったことにならないかな。

未だ激しい頭痛に悩まされている脳が、現実を受け止めきれずに現実逃避を始めた。

この肌触りが良すぎる布団で寝たら頭痛も和らぐ気がする。薄くて柔らかいのに温かくてクッション性に優れている。これが噂の高級ブランド布団てやつか。眠りの芸術品とか言われる羽毛だかシルクだかの何百万もする極上の布団。こんないい布団で寝て、オニヤンマは金持ちなんかな。医者とか言ってたような気もするけど。医者ってやっぱり儲かるんですかね、…

「おい。いい加減、出て、…」

布団がわずかに引っ張られ、姑息な現実逃避をオニヤンマに打ち切られそうになった時。

にわかにドアの向こうが騒がしくなった。

「…ゆう、いるんでしょう⁉ 上がるわよ?」

凛とした女性の声音。良く通る張りのある声に有無を言わさぬ迫力がある。本能的に逆らったらいけない人だと悟る。
玄関ドアを開けて勝手に入ってきたところを見ると、この部屋の合い鍵を持っているらしい。徐々にこっちに近づいてくる気配がする。

ヤバい。
痛すぎる現実から逃避している場合じゃなかった。
こういう時は何をおいても、まずパンツ‼ …は、履いてるから、服を着るべきだった。
最高級のシルク布団から目だけ覗かせて服を探してみるも見当たらない。

「ふ、ふく、…」

仕方なくそろっと腕を伸ばしてオニヤンマにアピールしてみる間にも、

「ゆ~う? まだ寝てるの?」

来訪者がすぐそこまで迫り来ているのが分かった。

これはマズい。
こんなとこ見られたら、彼女さん、絶対誤解する‼ まさかの修羅場を初体験することになってしまう。
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