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Ⅵ章.赤色のスキル【攻撃】

07.スィンの涙

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「スィンさん。うるさくしてごめんなさい」

ルオは誠意をもってスィンに謝罪した。

「あの、…スィンさんはどうして心を閉ざしてるんですか。火の精霊のピッピさんがアクア王に連れていかれちゃったからですか。もし良かったら、事情を教えてください。言いたくなかったら無理に言わなくてもいいんですけど。オレを中に入れてもらえませんか。一緒に悲しみに浸りたいんです」

それから、スィンの心に届くよう、精一杯優しく、言葉に心を込めた。

「スィンさんの気持ちは分からないかもしれないけど、一緒に悲しむことは出来るかもしれないなって、……」

無意識におじいからもらった琥珀のペンダントを握りしめていた。

おじいはルオが学校で嫌なことがあった時、落ち込んでいる時、体調が悪い時、話を聞いてくれた。一緒に怒ってくれた。一緒に泣いてくれた。抱きしめて頭を撫でてくれた。
『お前が何者であっても、英雄でもそうじゃなくても、わしはずっとお前の味方だ』
そう言ってくれた。おじいは、どんな時でも、何があっても、味方でいてくれる。
きっと、スィンにもそういう絶対的な味方が必要なのではないだろうか。

氷の中から返事はなかった。薄青色の壁に変化もない。しかし、氷の塊も飛んでこない。
ルオはそっと氷の壁に手を触れた。

君の荷物を半分持たせて。

スィンの心に届くよう、ルオは祈った。

氷の壁はひんやりと冷たく、相変わらず何の反応もなかったが、ルオは気にせずに待つことにした。誰か、そばにいるということが伝わると良いと思った。ルオの腕を伝ってハツカネズミのチューリッピも同じように壁に小さな手を触れた。そうだ。チューリッピもいつもそばにいてくれる。

シロナガスクジラのスーガからのなぞかけで、「大きくなればなるほど小さくなるもの」というのがあった。「恐怖」という回答で、スーガは笑ってくれた。あれはチューリッピが言った回答だったのだが、今ならルオにも分かるような気がする。経験が増えて、大切なものが増えたら、その分強くなれる。大切な人への気持ちが大きくなると恐怖は小さくなる。

スィンからの反応はないが、ルオは焦らずに待った。
ただ、オレはここにいるから、…――――。

などとカッコいいことを考えていたが、あまりに時間が経ちすぎて、眠気に負けたらしい。
かくん、と前につんのめるような刺激があり、慌てて目を開けた。やべ。待つとか言って、寝てた、……

自分が情けなくなりながら、眠気を振り払おうと頭を振り、ぱちぱちと目を瞬く。さっきまでいた水中とは少し違う光景。一面、薄青色の何もない空間。水も氷もない。ここはどこだろう。

辺りを見回しながら、少し歩くと、その先に小さな人影が見えた。
膝を抱えて俯いている。背中に生えた薄青色の羽はペタリとしおれて身体に張り付いている。ルオと同じくらいの大きさの女の子。厳密にはルオは水中変化術で豆粒ほどに小さくなっているので、女の子は豆粒ほどの大きさということになるが。

「…スィンさん?」

脅かさないように、怖がらせないように、静かに近づいて声をかけた。
女の子の妖精は顔を上げず、体育座りの姿勢のまま、

「みんないなくなってしもうた」

とぽつりとつぶやいた。

ルオはそっと隣に近寄って、同じように膝を抱えて座ってみた。

「みんなって、ピッピさんとか?」

「姉さまも、妹たちも。わらわは一人じゃ」

女の子、…恐らく水の精霊であるスィンが小さく首を振る。動きに合わせて薄青色の髪がふるふる揺れた。

「そっか。四元素は四姉妹なんだね」

姉さまというのは多分、火の精霊ピッピのことで、妹たちは、風の精霊ビュウと土の精霊チイだ。

「わらわたちは四人で一つ。みんな巡り巡っているのじゃ」

四元素(火、風、水、土)は相互に転化するという。「火」は凝結して「風(空気)」になり、「風」は液化して「水」になり、「水」は固化して「土」になり、「土」は昇華して「火」になる。

「これ、すなわちプラトンの輪というやつじゃ」

はあ。そうなんですね。初耳ですが、…

難しいことはルオにはよく分からないが、四元素がお互いに繋がりを持っているということはなんとなく分かる。水に火をくわえると蒸発して水蒸気になるとか、空気が冷やされて雨になって落ちてくるとか。雨によって土が作られるとか、風によって雲が流されあちこちに雨が降るとか。スィンが言うように四人で一つ。四元素には切っても切れないつながりがあるに違いない。

「わらわは姉さまの炎を消し、メガのように凍結してアクア王をやり過ごすべきだったのじゃ。ビュウと一緒にアクア王に立ち向かい、大嵐を起こすべきだったのじゃ。姉さまたちがいなくなったのも、チイが地中深くに潜ってしまったのも、わらわが至らないからじゃ」

スィンの足先がピキピキと凍り付く。
姉妹を失った後悔と悲しみがスィンを凍り付かせているのだ。

「そんなことない。スィンのせいじゃないよ」

ルオがそっとスィンの肩に手を触れると、スィンがピクリと震えて、顔を上げた。ピッピによく似たやや吊り上がり気味の瞳には深い悲しみが滲み、透明な涙の膜が揺れている。場違いだと分かってはいるが、なんてきれいな涙なんだろうと思った。

「お姉さんと妹さんをまた迎えに行けばいいんじゃないかな。ねえ、想像してみて。またみんなで手を取り合って輪になって踊るんだ。みんな一緒に。力を合わせてこの世の元となる四元素を守るんだよ」

スィンが瞬くと、透明な涙が一粒ポロリと転がり落ちた。
ルオは思わず手を伸ばし、手のひらでスィンの涙を受け止めた。あまりにきれいで、落ちてしまうのがもったいなかったからだ。
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