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Ⅵ章.赤色のスキル【攻撃】

08.水は記憶を映し取る

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「あ、……」

スィンの涙がルオの手のひらに触れた途端、ルオの前に記憶の映像があふれた。
一面、薄青色のスクリーンを背景に、様々な記憶が現れては消え、現れては消えていく。

「あれは、……オレ?」

今より少し若いおじいが、海辺で籠に入った赤ん坊を抱き上げている。元気良く泣く赤ん坊に、おじいは目を細め、この上なく嬉しそうな、幸せそうな笑みを浮かべている。

「え、……アクア?」

次に現れた映像には、さらに若いおじいが海老沼さんと思われる海洋研究所の職員たちと一緒にいる。会社の一室だろうか。手術室のような場所で、大量のクラゲを作業台のようなところに乗せ、難しい顔をしながら切り刻んだり注射を打ったりしている。クラゲはぴくぴくと痙攣したり、突然大きく飛び跳ねたり、だらりと床に落ち、そのまま溶けて液状になったりした。

その光景に、ルオの胸は苦しくなった。すると映像が飛び、今度は大きな船と荒れた海が映った。

船から大量に何かが海の中に落とされている。
海の中に拡散されたそれは、【複製】の番人ケツァルコアトルスを探して三人のドランたちと訪れた場所に現れたアクアの姿に似ていた。すなわち、クラゲの死骸とプラスチックやビニールなど焼却できず行き場を失った大量のごみ。

≪ユルサナイ。ユルサナイ、……――――――≫

暗い怨念のこもった声が聞こえる。
これは、捨てられたクラゲの恨み? 永遠に海の中を漂い続けることになるごみたちの悲しい叫び?

≪ギャクテンスル。チカラヲテニイレテ、ニンゲンヲホロボス、…――――≫

身の毛もよだつような暗い声がルオの全身にまとわりついた。

場面が変わる。
会社の会議室のような場所で、数人が集まって議論している。おじいと海老沼さんの姿が見える。

『命を犠牲にしてまで、やらなければならない研究なんですかっ』
『このまま地球温暖化が続けば、陸地はなくなる。人間が水中生活をする未来はすぐそこまで迫っている。人類滅亡を回避するために必要な実験だと思うが』
『そもそも相手はただのクラゲだ。何の価値もない。我々の研究に活かされ、有意義なんじゃないかね』

おじいが何か激しい口調で叫んでいる。目に涙を溜めている。海老沼さんと他にもスーツ姿の人たちは、呆れたような顔をしている。わずかに笑みを浮かべている人もいた。

次の映像は再び海岸で、おじいが何かを拾い集めているところだった。打ち上げられた様々なものをリヤカーに積み込んで運んでいく。きれいに洗ったり修理したり明るい色を付けたりして、よみがえった物たちは骨董屋の棚やモノがあふれた倉庫に並べられた。

『おじい。ぼくね、おおきくなったらね、おじいみたいにうみのおそうじするひとになる』

海岸で奇麗な石や貝殻を拾うよちよち歩きのルオが水しぶきを浴びて笑う。
それを見つめるおじいはとても優しい顔をしていた、…――――。

「わ、…っ」

ルオの手のひらで温かいような冷たいような不思議な感触をしたスィンの涙がルオの中に吸い込まれると、無数の映像が消えた。目の前には水の精霊スィンがいる。

「水は記憶を映す。映した記憶を抱え、時間と共に流れていくのじゃ」

ルオをじっと見る薄青色のスィンの瞳はもう涙をたたえてはいなかった。

「水は記憶を映し、時間と共に流れる、……」

ルオが繰り返して呟くと、スィンがにっこりと笑った。

「これで地中に潜れるであろう。チイによろしく伝えてたも」

スィンの姿がぐにゃりと歪むような感覚があり、続いてルオは自分の身体が溶けていくのを感じた。

ええ、うわー、……オレ、もしかして水になった!?

どうやらルオは、水の力を手に入れたようだ。水の力とは、液体になったり気体になったり形を変える力なのだろう。龍剣も琥珀のペンダントもチューリッピも、ルオに引っ付いている全ては液体と化し、水底まで沈むと、暗く深い土の中へ潜っていく。

ありがとう、スィン。チイに会いに行ってくるね。

水となって物質の間をすり抜けていくのはとても不思議な体験だった。ほんのわずかな隙間から隙間へ滲み出ながら移動していく。自分の身体がばらばらにちぎれ、また一つにまとまるような不思議な感覚。ものすごく小さくなって、どんな隙間でも通れる。水の力ってすごい。
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