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Ⅸ章.龍宮再建
03.帰る場所
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ルオとドランが撒いた虹色の光は荒廃した龍の都を癒し、潤し、再生の土壌を整えた。住人たちは都を再建すべく力を合わせて瓦礫を撤去し、再生素材に変えている。地中からやってきたバクテリアたちが再生素材を作ることに大活躍である。
朝から晩まで緑を植え、水を撒き、植物を育てている。ルオもドランもチューリッピもアクアもその作業に加わり、虹色の光で目を覚ました海洋研究所の職員たちも参加している。虹色の光で甦った彼らは、アクアスーツがなくても龍の都で生活することが出来るようになっていた。
少しずつだけれど、ルオが最初に想像した通りの穏やかで豊かな都に戻りつつある。深海の楽園にふさわしい都に。ルオはその様子を見ながら、決意を固めた。
「オレ、そろそろ帰ろうと思う」
「えっ? 帰る? 人間界に!? 帰る? 帰るの? なんで? どうして?」
ルオに告げられたドランは、その威風堂々とした見た目に似合わず、動転した様子で心細そうな顔をする。
「だっておじいが待ってるから」
自分の出生を知らされ、龍の都に呼ばれたとき、おじいは言った。
『お前が何者であっても、わしの孫であることは変わらん。いつでも帰ってきていいし、このままここにいてくれてもわしは大歓迎じゃ』
ルオは人の子ではないけれど、おじいの孫だ。
帰るのは、おじいがいる場所だ。
「お前は龍神だし、龍剣を取り戻した英雄なのに」
ドランはちょっと納得がいかない顔をしてぶつぶつ言った。
「ここにいれば好きに暮らせるんだぜ。お前は都の王だし、みんなお前を尊敬してるし、好きなもの食べて、好きな時に起きて、勉強しろとか歯磨けとかうるさいこと言われなくて済むし」
「まあそういうのもたまにならいいんだけどさ」
海洋研究所の豪華客船で過ごした時のことを思い出す。自堕落な生活はそれはそれで楽しかったけれど、……
「海藤君の幸せは別のところにあるわけだね」
近くで作業をしていた海洋研究所の海老沼さんが、二人の会話を聞きつけて口をはさんだ。
彼は自分の考えを深く反省していた。科学技術の力を妄信するあまり、極論に走ってしまった。バランスを欠いていることに気づかなかった、と。アクア王が築いた近未来的文明は跡形もなく消えてしまったが、復活させようとはしなかった。自然の流れを無理に変えると必ずひずみが起こるんだと言っていた。
アクア王の心臓に呑まれて、その孤独と絶望に触れ、思うところがあったらしい。
「私も今なら海藤博士が研究所を辞めて骨董屋を始めた気持ちが分かる。土や水に触れる生活は癒される」
海老沼さんは復興作業を続けるうちに少し元気になったように見えた。初めて会った時は陰湿な蛇みたいだと思ったが、陽気な丸太に見える。いや、褒めてますよ、これ。
「龍宮を離れるのも、ここで会ったみんなとも別れるのはつらいけど、オレはやっぱりおじいと一緒に笑ったり怒ったりしてさ、海の掃除人になりたいんだ」
ルオが考える幸せは、おじいと元気に過ごす日常。それに勝るものはない。
「…そうか。うん、そうだな」
ドランは何かを噛みしめるようにうんうんと深く頷いた。
「本当はさ、俺、ルオが龍剣を取り戻したら、ルオが龍宮王になればいいと思ってたんだ。俺たち双子なのに、お前だけ人間界に追放されたりして、辛い思いをさせた。本当に悪いことをしたと思う。もっと早く迎えに行けばよかったって、ずっと後悔してたんだ」
「オレ、全然辛くなかったよ?」
そりゃあ、両親がいないとか、左手に変なあざがあるとか、からかわれたり可哀想がられたりしたことはあるし、喧嘩したり悔しい思いをしたこともある。毎日毎日意味の分からない知識を詰め込まれてげんなりもするけど、でも。
「人間の生活も結構楽しいよ」
「うん。お前が楽しいなら、それが一番いい。おじいさんの淹れてくれる緑茶、美味しいしな」
「海鮮焼きそばもね」
「あれ、最高だよな。なあ、また食べに行ってもいい?」
「もちろん。いつでも来てよ」
「ルオもさ、いつでも来いよ。お前なら時空の歪みを通れる。案内人がいなくても龍宮にたどり着けるから」
ドランが差し出した右手をルオは左手で握った。龍神の姿をしたドランとはずいぶん大きさが違うが左右の手の甲を並べる。二匹の龍が左右対称に向かい合っている。
「ルオ。何か困った時には俺を呼べ。飛んでくから」
ドランの言葉にルオはふふっと笑った。広大で神聖な龍神は本当に飛んできてくれそうだ。
「俺たちは半人前だけど、二人で力を合わせればきっとなんだって出来る」
「うん、ドラン。俺もいつでも飛んでいく」
この先、龍の都に双子が誕生したとしても、もう禁忌とは言われないだろう。
むしろ、幸福と繁栄の象徴だと都の住人は思うだろう。
朝から晩まで緑を植え、水を撒き、植物を育てている。ルオもドランもチューリッピもアクアもその作業に加わり、虹色の光で目を覚ました海洋研究所の職員たちも参加している。虹色の光で甦った彼らは、アクアスーツがなくても龍の都で生活することが出来るようになっていた。
少しずつだけれど、ルオが最初に想像した通りの穏やかで豊かな都に戻りつつある。深海の楽園にふさわしい都に。ルオはその様子を見ながら、決意を固めた。
「オレ、そろそろ帰ろうと思う」
「えっ? 帰る? 人間界に!? 帰る? 帰るの? なんで? どうして?」
ルオに告げられたドランは、その威風堂々とした見た目に似合わず、動転した様子で心細そうな顔をする。
「だっておじいが待ってるから」
自分の出生を知らされ、龍の都に呼ばれたとき、おじいは言った。
『お前が何者であっても、わしの孫であることは変わらん。いつでも帰ってきていいし、このままここにいてくれてもわしは大歓迎じゃ』
ルオは人の子ではないけれど、おじいの孫だ。
帰るのは、おじいがいる場所だ。
「お前は龍神だし、龍剣を取り戻した英雄なのに」
ドランはちょっと納得がいかない顔をしてぶつぶつ言った。
「ここにいれば好きに暮らせるんだぜ。お前は都の王だし、みんなお前を尊敬してるし、好きなもの食べて、好きな時に起きて、勉強しろとか歯磨けとかうるさいこと言われなくて済むし」
「まあそういうのもたまにならいいんだけどさ」
海洋研究所の豪華客船で過ごした時のことを思い出す。自堕落な生活はそれはそれで楽しかったけれど、……
「海藤君の幸せは別のところにあるわけだね」
近くで作業をしていた海洋研究所の海老沼さんが、二人の会話を聞きつけて口をはさんだ。
彼は自分の考えを深く反省していた。科学技術の力を妄信するあまり、極論に走ってしまった。バランスを欠いていることに気づかなかった、と。アクア王が築いた近未来的文明は跡形もなく消えてしまったが、復活させようとはしなかった。自然の流れを無理に変えると必ずひずみが起こるんだと言っていた。
アクア王の心臓に呑まれて、その孤独と絶望に触れ、思うところがあったらしい。
「私も今なら海藤博士が研究所を辞めて骨董屋を始めた気持ちが分かる。土や水に触れる生活は癒される」
海老沼さんは復興作業を続けるうちに少し元気になったように見えた。初めて会った時は陰湿な蛇みたいだと思ったが、陽気な丸太に見える。いや、褒めてますよ、これ。
「龍宮を離れるのも、ここで会ったみんなとも別れるのはつらいけど、オレはやっぱりおじいと一緒に笑ったり怒ったりしてさ、海の掃除人になりたいんだ」
ルオが考える幸せは、おじいと元気に過ごす日常。それに勝るものはない。
「…そうか。うん、そうだな」
ドランは何かを噛みしめるようにうんうんと深く頷いた。
「本当はさ、俺、ルオが龍剣を取り戻したら、ルオが龍宮王になればいいと思ってたんだ。俺たち双子なのに、お前だけ人間界に追放されたりして、辛い思いをさせた。本当に悪いことをしたと思う。もっと早く迎えに行けばよかったって、ずっと後悔してたんだ」
「オレ、全然辛くなかったよ?」
そりゃあ、両親がいないとか、左手に変なあざがあるとか、からかわれたり可哀想がられたりしたことはあるし、喧嘩したり悔しい思いをしたこともある。毎日毎日意味の分からない知識を詰め込まれてげんなりもするけど、でも。
「人間の生活も結構楽しいよ」
「うん。お前が楽しいなら、それが一番いい。おじいさんの淹れてくれる緑茶、美味しいしな」
「海鮮焼きそばもね」
「あれ、最高だよな。なあ、また食べに行ってもいい?」
「もちろん。いつでも来てよ」
「ルオもさ、いつでも来いよ。お前なら時空の歪みを通れる。案内人がいなくても龍宮にたどり着けるから」
ドランが差し出した右手をルオは左手で握った。龍神の姿をしたドランとはずいぶん大きさが違うが左右の手の甲を並べる。二匹の龍が左右対称に向かい合っている。
「ルオ。何か困った時には俺を呼べ。飛んでくから」
ドランの言葉にルオはふふっと笑った。広大で神聖な龍神は本当に飛んできてくれそうだ。
「俺たちは半人前だけど、二人で力を合わせればきっとなんだって出来る」
「うん、ドラン。俺もいつでも飛んでいく」
この先、龍の都に双子が誕生したとしても、もう禁忌とは言われないだろう。
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