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辿り着いた病室に駆け込むと、白いカーテンで仕切られたベッドの上に、上半身を起こして座っている季生くんの姿が目に入った。
「こまき、…?」
季生くんは頭に白い包帯を幾重にも巻いていて、綺麗な顔には血の気がない。虚ろな表情で空を彷徨っていた視線が私の姿を認め、何か、口を動かしたけれどほとんど声になっていなかった。
「季生くん、…っ」
頭の他にも身体中に巻かれている包帯やガーゼ、腕に繋がれた点滴が痛々しい。でも、ひとまず生きて、動いている季生くんを見ることが出来て、心臓が恐る恐る息を吹き返した。
「ちょうど今、検査を終えて意識も戻られたところです。外傷を負っていますが、身体機能に心配な点はないと思います。ただ、頭を強く打っておりますのでね、脳に刺激を受けて、少し記憶に混乱が見られるようです」
ベッドの傍らで付き添ってくれていた医師が冷静な口調で説明してくれた。
何度も頷いてから季生くんを見ると、不安そうな瞳と目が合った。迷子の子どもみたいで胸が締め付けられる。
「季生くん、無事で良かった」
季生くんの頭をそっと胸に抱きしめると、私の腕の中で季生くんが一瞬ピクリと震えた。
「ごめん、痛かった、…?」
「あ、いや、…」
季生くんはかすれた声を絞り出すようにして、私をじっと見つめてから、伸ばした指先でそっと私の頬に触れ、
「…泣くな」
少し困ったように眉尻を下げた。
頷いたら、涙がポロポロ零れ落ちて、季生くんの指を濡らした。
私は季生くんと会ってから泣いてばかりいる。
「お前に泣かれると、…」
季生くんは何かに耐えるように瞳を揺らしてから、長い指先で優しく私の涙を拭ってくれた。
「念のため、今日は入院していただいた方が良いと思いますが、明日にはお帰り頂けると思います」
医師が、季生くんと私、南条さん、それからスーツ姿で控えていた男性3人の方を順に見ながら言った。スーツ姿の人たちが安堵したように頷く。彼らは、季生くんの事務所の方々と事故を捜査している警察官ということだった。
「あなたに大事がなくて、鷲宮も本望だと思いますよ」
田上と名乗った警察官が、切な気に呟いた。
「…鷲宮?」
季生くんが鋭い瞳で警察官を見つめ返す。
何かを予感するように、心臓がギリギリと音を立てて絞られる。
痛い。息を吐けない。
「事故に遭った時、あなたと一緒にいた刑事です。暴走車に気づいて、あなたを全力で庇ったようですね。刑事の鑑のような奴です」
心臓が狂ったように早鐘を打った。
待って。ちょっと待って。
事故のニュースに、『巻き込まれた男性は、2人とも意識不明の重体で都内病院に救急搬送された。』ってあった。
じゃあ、事故に遭ったのは、…
「…そいつ、今、…?」
季生くんの声がかすれる。
「彼は、頭部に深刻な損傷を受けて、現在ICUで治療中です。意識が戻るかどうかは、分かりません」
警察官の田上さんの視線を受けて、医師が沈痛な面持ちで告げた。
その瞬間、地面に大きな穴が開き、足元が崩れて立っていられなくなった。
「こまき、…っ」
「大丈夫ですか?」
季生くんが素早くベッドから腕を伸ばして、へたり込んだ私を支えてくれた。看護師さんが駆け寄って来て、背中から抱えてくれる。
「…すみません」
そう言った自分の声がひどく遠くから聞こえる。
心臓に、とどめを刺された。
ギリギリで保っていた神経が、切れる。
「こまき、…?」
季生くんは頭に白い包帯を幾重にも巻いていて、綺麗な顔には血の気がない。虚ろな表情で空を彷徨っていた視線が私の姿を認め、何か、口を動かしたけれどほとんど声になっていなかった。
「季生くん、…っ」
頭の他にも身体中に巻かれている包帯やガーゼ、腕に繋がれた点滴が痛々しい。でも、ひとまず生きて、動いている季生くんを見ることが出来て、心臓が恐る恐る息を吹き返した。
「ちょうど今、検査を終えて意識も戻られたところです。外傷を負っていますが、身体機能に心配な点はないと思います。ただ、頭を強く打っておりますのでね、脳に刺激を受けて、少し記憶に混乱が見られるようです」
ベッドの傍らで付き添ってくれていた医師が冷静な口調で説明してくれた。
何度も頷いてから季生くんを見ると、不安そうな瞳と目が合った。迷子の子どもみたいで胸が締め付けられる。
「季生くん、無事で良かった」
季生くんの頭をそっと胸に抱きしめると、私の腕の中で季生くんが一瞬ピクリと震えた。
「ごめん、痛かった、…?」
「あ、いや、…」
季生くんはかすれた声を絞り出すようにして、私をじっと見つめてから、伸ばした指先でそっと私の頬に触れ、
「…泣くな」
少し困ったように眉尻を下げた。
頷いたら、涙がポロポロ零れ落ちて、季生くんの指を濡らした。
私は季生くんと会ってから泣いてばかりいる。
「お前に泣かれると、…」
季生くんは何かに耐えるように瞳を揺らしてから、長い指先で優しく私の涙を拭ってくれた。
「念のため、今日は入院していただいた方が良いと思いますが、明日にはお帰り頂けると思います」
医師が、季生くんと私、南条さん、それからスーツ姿で控えていた男性3人の方を順に見ながら言った。スーツ姿の人たちが安堵したように頷く。彼らは、季生くんの事務所の方々と事故を捜査している警察官ということだった。
「あなたに大事がなくて、鷲宮も本望だと思いますよ」
田上と名乗った警察官が、切な気に呟いた。
「…鷲宮?」
季生くんが鋭い瞳で警察官を見つめ返す。
何かを予感するように、心臓がギリギリと音を立てて絞られる。
痛い。息を吐けない。
「事故に遭った時、あなたと一緒にいた刑事です。暴走車に気づいて、あなたを全力で庇ったようですね。刑事の鑑のような奴です」
心臓が狂ったように早鐘を打った。
待って。ちょっと待って。
事故のニュースに、『巻き込まれた男性は、2人とも意識不明の重体で都内病院に救急搬送された。』ってあった。
じゃあ、事故に遭ったのは、…
「…そいつ、今、…?」
季生くんの声がかすれる。
「彼は、頭部に深刻な損傷を受けて、現在ICUで治療中です。意識が戻るかどうかは、分かりません」
警察官の田上さんの視線を受けて、医師が沈痛な面持ちで告げた。
その瞬間、地面に大きな穴が開き、足元が崩れて立っていられなくなった。
「こまき、…っ」
「大丈夫ですか?」
季生くんが素早くベッドから腕を伸ばして、へたり込んだ私を支えてくれた。看護師さんが駆け寄って来て、背中から抱えてくれる。
「…すみません」
そう言った自分の声がひどく遠くから聞こえる。
心臓に、とどめを刺された。
ギリギリで保っていた神経が、切れる。
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