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feel.emotion
02.
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「あ、そうだ。大学寄っていい?」
結婚式がお開きになり、タクシーで帰宅する途中、大学の近くを通ったので、昨日研究室にスマホを置き忘れて、そのままになっていたことを思い出した。
「うん。俺も行く」
校門付近でタクシーに待っていてもらって、黎くんと一緒に大学付属施設の研究センターに入る。私は変わらず、ここ、中里大学薬学部付属研究センターで助手を続けさせてもらっている。
「…あれ、深森。どうした、休日に」
それはこっちのセリフって感じなんだけど、休日にも関わらず研究室に榊さんがいて、私を見ると、
「可愛いかっこしてるね。そっか、結婚式だったんだっけ」
穏やかに瞳を緩めて目じりを下げた。
「…一ノ瀬です。人の奥さんにデレデレしないでもらえますか」
「あ、黎くん。えー、フォーマルスーツ姿かっこいいな。相変わらず、何でも着こなすよね」
過保護に後ろから私に腕を回した黎くんが黙った。
「自分たちの式は、黎くんがドレスデザインするの?」
「…決めてない」
無敵の黎くんを黙らせるなんて。榊さんは天然人たらしなのかもしれない。
コンテナ船で撃たれた榊さんは、緊急手術を受けた後、長期入院と療養を必要とされたけれど、医療スタッフさんたちの素晴らしい処置と看護のおかげで無事に回復し、先日退院して職場に復帰した。
ただ、わき腹を貫通したという銃創はまだ通院治療の必要があり、日常生活に苦労することもあるようで、榊さんのマンションには元奥様のリカさんがお世話に通っている、らしい。大学に付き添って来る姿を見かけることもあるけれど、榊さんがリカさんを見る目はとても優しい。
「ソウルメイトとしてこれからもよろしく」
諸々の感謝と謝罪と敬意を改めて伝えると、榊さんは優しく笑って頷いてくれた。黎くんとの結婚を報告すると、「おめでとう」と、二人まとめて抱きしめて、傷痕に触ったらしく、「痛てて」と苦笑していた。
私たちはお互いの感情だけは、匂いが視えない。
そこに誤魔化しや無理があっても分からない。だから、触れたり耳を澄ませたり思いやったりする。そして、何度も感謝する。
「…新薬、好評らしいじゃん」
黎くんと榊さんの話し声を背景に、無造作にデスクに放置されたままのスマホを手に取った。新着情報なし。
置き忘れたことは黎くんに伝えてあったし、必要な連絡は黎くんに代わってもらったので、一日手元になくても何の不自由もなかった。何ならもう何日かなくても困らないだろう。
人付き合いの希薄さはそう簡単には変わらない。人間関係を深めて感情の悪臭を感じるのは今も怖い。
でも。
感情の悪臭は特別なものじゃないと分かった。
自分の中にも眠っていて、簡単に暴発する。大げさじゃなく、黎くんの声が聞こえなかったら、崩壊した私の感情は、榊さんを殺していた。
恐れるのは人間でも感情でもなくて、暴走して崩壊することだ。
「ああ、少しでも助けになると良いな」
その恐怖を経験した榊さんは、私と同じように、心底対処法の必要性を感じているんだと思う。
結婚式がお開きになり、タクシーで帰宅する途中、大学の近くを通ったので、昨日研究室にスマホを置き忘れて、そのままになっていたことを思い出した。
「うん。俺も行く」
校門付近でタクシーに待っていてもらって、黎くんと一緒に大学付属施設の研究センターに入る。私は変わらず、ここ、中里大学薬学部付属研究センターで助手を続けさせてもらっている。
「…あれ、深森。どうした、休日に」
それはこっちのセリフって感じなんだけど、休日にも関わらず研究室に榊さんがいて、私を見ると、
「可愛いかっこしてるね。そっか、結婚式だったんだっけ」
穏やかに瞳を緩めて目じりを下げた。
「…一ノ瀬です。人の奥さんにデレデレしないでもらえますか」
「あ、黎くん。えー、フォーマルスーツ姿かっこいいな。相変わらず、何でも着こなすよね」
過保護に後ろから私に腕を回した黎くんが黙った。
「自分たちの式は、黎くんがドレスデザインするの?」
「…決めてない」
無敵の黎くんを黙らせるなんて。榊さんは天然人たらしなのかもしれない。
コンテナ船で撃たれた榊さんは、緊急手術を受けた後、長期入院と療養を必要とされたけれど、医療スタッフさんたちの素晴らしい処置と看護のおかげで無事に回復し、先日退院して職場に復帰した。
ただ、わき腹を貫通したという銃創はまだ通院治療の必要があり、日常生活に苦労することもあるようで、榊さんのマンションには元奥様のリカさんがお世話に通っている、らしい。大学に付き添って来る姿を見かけることもあるけれど、榊さんがリカさんを見る目はとても優しい。
「ソウルメイトとしてこれからもよろしく」
諸々の感謝と謝罪と敬意を改めて伝えると、榊さんは優しく笑って頷いてくれた。黎くんとの結婚を報告すると、「おめでとう」と、二人まとめて抱きしめて、傷痕に触ったらしく、「痛てて」と苦笑していた。
私たちはお互いの感情だけは、匂いが視えない。
そこに誤魔化しや無理があっても分からない。だから、触れたり耳を澄ませたり思いやったりする。そして、何度も感謝する。
「…新薬、好評らしいじゃん」
黎くんと榊さんの話し声を背景に、無造作にデスクに放置されたままのスマホを手に取った。新着情報なし。
置き忘れたことは黎くんに伝えてあったし、必要な連絡は黎くんに代わってもらったので、一日手元になくても何の不自由もなかった。何ならもう何日かなくても困らないだろう。
人付き合いの希薄さはそう簡単には変わらない。人間関係を深めて感情の悪臭を感じるのは今も怖い。
でも。
感情の悪臭は特別なものじゃないと分かった。
自分の中にも眠っていて、簡単に暴発する。大げさじゃなく、黎くんの声が聞こえなかったら、崩壊した私の感情は、榊さんを殺していた。
恐れるのは人間でも感情でもなくて、暴走して崩壊することだ。
「ああ、少しでも助けになると良いな」
その恐怖を経験した榊さんは、私と同じように、心底対処法の必要性を感じているんだと思う。
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