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feel.13

03.

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ちらりと黎くんをうかがい見たら、魅惑の笑みを返されて、心臓が音を立てて縮んだ。

これ。いわゆる。キュン、てやつだ。

どんなに釣り合っていなくても、黎くんがいい。
こんな人、他にいない。黎くんじゃなきゃ駄目なんだ。

急速に強い強い思いが込み上げる。

未来を憂いても仕方ない。
私にできるのは、全身全霊をかけて、黎くんを好きでいることだけだ。

黎くんの退院は予定よりだいぶ早く、翌日に決まった。

当面の間、私と黎くんは澪さんのマンションに住まわせてもらうことになったけれど、
生活必需品は一つもなくなってしまったので、保険やらカードやらスマホやらの手続きを急がなければならない。

「スマホ、お揃いにしよ」

黎くんの長くて滑らかな指が、私の指を絡めとって約束の指切りをする。

なにそれ、可愛い。黎くんが可愛い。
可愛すぎて、私、明日死ぬかもしれない。

夢みたいに甘い黎くんの声と絡められた指の感触を反芻しながら、
病院の駐車場を横切っていたところで、

「深森っ、早くっ‼」

風のように素早い動きで手首をつかまれ、黒っぽいカ―フィルムの貼られた車の中に連れ込まれた。

「な、…どうしたんですか⁉」

驚きのあまり悲鳴を上げそうになったのを思い留まったのは、
それが見慣れた人物で、特有のスパイスの香りに満ちていたから。

まるで別人のように真剣な表情で、ものすごく焦っているように見える有住教授は、私を車の後部座席に押し込めると、

「榊の行方が分かったわ」

緊迫感をそのままに小声で言い放った。

「え、…っ‼ 無事、ですよね⁉」

衝撃と共に、教授から伝わった焦燥感に駆られる。

「…分からない。でもあんたの力が必要になると思う。これを飲んで」

白と青のカプセルに包まれた薬と思しきものを手渡してきた。

「なんですか、これ⁇」

手のひらに転がる一粒の錠剤を見つめる。
無機質な固まり。人工的な着色。

「感情増強剤よ。あんたの力が最大限にまで引き上げられる。榊の感情を感じて欲しいの」

落ち窪んだ有住教授の目が鷲のように鋭く光っている。時間がない。

「急いで」

榊さんの状態が心配だった。
一刻も早く会いたい。話がしたい。真実が知りたい。有住教授の指示に従ってカプセルを口に含む。

「OK, 行くわよ」

私が飲み込むのを見届けると、教授はハンドルを切って車を急発進させた。
速度制限を無視して、昼日中の街を縫うように走り抜ける。
あまりに高速度で揺られて身体が留まらず、舌を噛みそうになる。

「きょ、…じゅっ、…っ」

スピード落として下さい、と言いたかったのに、ろくに声も上げられない。

「少しの辛抱よ。警察につけられてるかもしれないから」

有住教授は涼しい声で言ってのけるけど、切迫した空気が揺るがない。

榊さんの行方は警察も追っている。連絡があったらすぐに知らせるように言われている。
でも多分、警察に知られたら個人的に話すことは出来ない。

黎くんにも。
一言連絡したかったけど、あいにく連絡手段がない。

下道を異様な速さで飛ばし、田畑や山並み、平家や庭園など、郊外の開けた眺めが広がってきたところで、徐に教授が口を開いた。

「あんた、榊のこと、全然気づかなかったの? 指輪の中にANが入っていたことも?」

警察官にされたのと同じことを聞かれて、自分が情けなくなる。

「…はい。榊さんの感情は、視えないんです」

教授の無謀な運転が若干和らいで、何とか舌を噛まずに話が出来そうだった。
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