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feel.10
01.
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暗がりに浮かぶ黎くんの眼差しが優しすぎて、呼吸が止まった。
な、…んで?
異質でいびつであることは、嫌悪の対象。
過敏な感覚なんて邪魔なだけ。
人生は、傷ついたほうが負け。
勝手に壊れて使えなくなって排除される。
なのに。なんで、黎くんは、…
多分。
私が相当、間の抜けた顔をしていたんだと思う。
数秒か数分か数時間、見つめ合った後に、黎くんがちょっと吹き出した。
それでようやく、夢から醒めた。
「黎くん。あのね、本当なんだよ?」
「うん」
「私、本当に気持ち悪いんだよ?」
「うん?」
「一緒に居たら、絶対嫌いになるよ?」
多分、黎くんは分かってないんだ。
若干楽しそうにさえ見える黎くんに思った。
感情の匂いが視える、とか、何言ってんだこいつ、って感じなんだ。
そう思ったら力が抜けて、もう地上で生きることさえ苦しいと思っていたのに、なんだか全て些末なことに思えた。
ずっと抱えてきた大荷物を降ろしたような、気が抜けたような安心したような、開き直ったような気分で黎くんを見て一緒に笑ったら、
「ならねえよ」
黎くんが私の髪に滑らかな指を差し入れて、
その麗しく整った顔を斜めに傾け、ほんの一瞬、唇で触れた。
「嫌いにならない」
黎くんの柔らかい髪が、長いまつ毛が、高い鼻が、くすぐるように頬に触れて、
「ずっと好きだよ」
甘くかすれた声が泣きたくなるくらい優しい言葉を紡いで、
艶やかに潤った唇が、もう一度、私に触れた。
「黎くん、…」
今度こそ本当に夢かもしれないと思って、いや、多分夢だと思って、
目の前の黎くんの顔をつかんだら、
「…痛てぇ」
黎くんが少しふて腐れたような目で私を見た。
「まだ『待て』? お前、誰に好きって言いたいんだよ?」
黎くんの澄んだ美しい瞳に触れそうなほど近くまで迫られて、
状況に理解が追い付かないまま、混乱して思考もこんがらがって、
口だけが素直に勝手に動いた。
「そんなの黎くんに決まってるけど、でもそれ確か、死んでも言っちゃいけないやつ、…」
つぶやいた言葉は、黎くんの唇に吸い込まれた。
柔らかくて甘くて艶やかで。
滑らかに潤って優しく食む。
黎くんの優しい唇に夢のように溶けた。
頭も身体も全部とろけて、現実を置き去りにして、
力が抜けていく私を、黎くんのしなやかに伸びた長い手足が軽々と支える。
身体の奥が熱を持って、体温が上がる。
瞼の裏が赤く染まる。
灼熱に溶けるガラス細工。高温オレンジ。
舞い上がる炎。色温度。赤、橙、黄色、青。
ガソリンの匂い。焦げ臭い。
瞬く間に上がる火の手。
え、…
ほぼ同時に気づいた黎くんと、レンガ張りの手すり壁から下をのぞき込むと、
見慣れたアパートの一階部分が炎に包まれて、黒い煙がもうもうと立ち込めていた。
な、…んで?
異質でいびつであることは、嫌悪の対象。
過敏な感覚なんて邪魔なだけ。
人生は、傷ついたほうが負け。
勝手に壊れて使えなくなって排除される。
なのに。なんで、黎くんは、…
多分。
私が相当、間の抜けた顔をしていたんだと思う。
数秒か数分か数時間、見つめ合った後に、黎くんがちょっと吹き出した。
それでようやく、夢から醒めた。
「黎くん。あのね、本当なんだよ?」
「うん」
「私、本当に気持ち悪いんだよ?」
「うん?」
「一緒に居たら、絶対嫌いになるよ?」
多分、黎くんは分かってないんだ。
若干楽しそうにさえ見える黎くんに思った。
感情の匂いが視える、とか、何言ってんだこいつ、って感じなんだ。
そう思ったら力が抜けて、もう地上で生きることさえ苦しいと思っていたのに、なんだか全て些末なことに思えた。
ずっと抱えてきた大荷物を降ろしたような、気が抜けたような安心したような、開き直ったような気分で黎くんを見て一緒に笑ったら、
「ならねえよ」
黎くんが私の髪に滑らかな指を差し入れて、
その麗しく整った顔を斜めに傾け、ほんの一瞬、唇で触れた。
「嫌いにならない」
黎くんの柔らかい髪が、長いまつ毛が、高い鼻が、くすぐるように頬に触れて、
「ずっと好きだよ」
甘くかすれた声が泣きたくなるくらい優しい言葉を紡いで、
艶やかに潤った唇が、もう一度、私に触れた。
「黎くん、…」
今度こそ本当に夢かもしれないと思って、いや、多分夢だと思って、
目の前の黎くんの顔をつかんだら、
「…痛てぇ」
黎くんが少しふて腐れたような目で私を見た。
「まだ『待て』? お前、誰に好きって言いたいんだよ?」
黎くんの澄んだ美しい瞳に触れそうなほど近くまで迫られて、
状況に理解が追い付かないまま、混乱して思考もこんがらがって、
口だけが素直に勝手に動いた。
「そんなの黎くんに決まってるけど、でもそれ確か、死んでも言っちゃいけないやつ、…」
つぶやいた言葉は、黎くんの唇に吸い込まれた。
柔らかくて甘くて艶やかで。
滑らかに潤って優しく食む。
黎くんの優しい唇に夢のように溶けた。
頭も身体も全部とろけて、現実を置き去りにして、
力が抜けていく私を、黎くんのしなやかに伸びた長い手足が軽々と支える。
身体の奥が熱を持って、体温が上がる。
瞼の裏が赤く染まる。
灼熱に溶けるガラス細工。高温オレンジ。
舞い上がる炎。色温度。赤、橙、黄色、青。
ガソリンの匂い。焦げ臭い。
瞬く間に上がる火の手。
え、…
ほぼ同時に気づいた黎くんと、レンガ張りの手すり壁から下をのぞき込むと、
見慣れたアパートの一階部分が炎に包まれて、黒い煙がもうもうと立ち込めていた。
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