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表面に見える物が正しいとは限らない。
虚偽の仮面を付けなければ生きていけない。
声をかけてくれた野田くんでさえ。
優しさの裏に、猜疑心が見える。
信じてないって何を。
「男好き」「被害者ぶって」「取り入った」
「あの子の言う通り」「薬漬け」「恐ろしい」
疑心暗鬼の中で作られた真実を。
犯人に仕立て上げようとする集団の力を。
野田くんを目で追いかけたら、複数の視線を感じて、
見ると、一斉に目を伏せられた。
誰も目を合わせようとしない。
『深森ちゃんともっと親しくなりたいって思ってたんだ』
明るく弾けたパッションフルーツの香りを振りまき、
桃色のオーラの中で温かに笑う芽衣子さんでさえ。
冷たい灰色の世界に囚われる。
犯人は、謂れのない糾弾を受ける。
集団はそれで安心する。
抑圧された苛立ちをぶつける対象を探している。
大丈夫。拒絶されるのには慣れている。
その日はそれから研究室の誰とも話をしなかった。
榊さんは今日、外出していて、
そのまま美南さんのところへ寄ると言っていた。
時々、無意識のうちにブレスレットを触っていた。
手に入れなければ失くすことも出来ない。
「お先に失礼します」
仕事を終えて退出するときに声をかけても、誰一人応えてくれなかった。
大丈夫なはずがない。
何でもないふりをしても。
どんなに慣れているふりをしても。
心は何度でも殺される。
研究センターを出ると思わずため息が漏れた。
見えない目で見張られて、無数の棘に巻かれている。
センターの敷地を足早に歩く。
外灯に照らされて、センター敷地内に植えられた大樹の影が揺れている。
研究室にはまだ人が残っていたけど、外は人影もなくひっそりとしていた。
守衛さんに身分証を提示すると、
「ご苦労様でした」
声をかけてくれて、思いがけず胸に沁みた。
「お、疲れ様です」
挨拶を返してセンターの門を出ながら、
このまま噂が浸透していったら、やっぱり守衛さんも私に不審を抱くんだろうかと余計なことを考えかけて、
軽く頭を振った。
「あの、突然すみません。少しだけ、お話いいですか」
研究センターの門から数歩。
植込みの前で待ち構えていたらしい男女2人に行く手を阻まれた。
反射的に固まって、相手の顔を凝視する。
有住教授より少し年上くらいだろうか。
きちんとした身なりで髪も整えられて、会社重役を連想させるような男性と、
大人しくて優しそうだけど、今は憔悴したように見える女性が、
有無を言わせぬ無言の迫力を持って私の前に立ちはだかっていた。
「あ、…ええと、…」
記憶をたどる。知り合いではない。
このところ暴走に巻き込まれ過ぎて過敏になっているけれど、
この人たちからANの匂いはしない。
今のところは。
虚偽の仮面を付けなければ生きていけない。
声をかけてくれた野田くんでさえ。
優しさの裏に、猜疑心が見える。
信じてないって何を。
「男好き」「被害者ぶって」「取り入った」
「あの子の言う通り」「薬漬け」「恐ろしい」
疑心暗鬼の中で作られた真実を。
犯人に仕立て上げようとする集団の力を。
野田くんを目で追いかけたら、複数の視線を感じて、
見ると、一斉に目を伏せられた。
誰も目を合わせようとしない。
『深森ちゃんともっと親しくなりたいって思ってたんだ』
明るく弾けたパッションフルーツの香りを振りまき、
桃色のオーラの中で温かに笑う芽衣子さんでさえ。
冷たい灰色の世界に囚われる。
犯人は、謂れのない糾弾を受ける。
集団はそれで安心する。
抑圧された苛立ちをぶつける対象を探している。
大丈夫。拒絶されるのには慣れている。
その日はそれから研究室の誰とも話をしなかった。
榊さんは今日、外出していて、
そのまま美南さんのところへ寄ると言っていた。
時々、無意識のうちにブレスレットを触っていた。
手に入れなければ失くすことも出来ない。
「お先に失礼します」
仕事を終えて退出するときに声をかけても、誰一人応えてくれなかった。
大丈夫なはずがない。
何でもないふりをしても。
どんなに慣れているふりをしても。
心は何度でも殺される。
研究センターを出ると思わずため息が漏れた。
見えない目で見張られて、無数の棘に巻かれている。
センターの敷地を足早に歩く。
外灯に照らされて、センター敷地内に植えられた大樹の影が揺れている。
研究室にはまだ人が残っていたけど、外は人影もなくひっそりとしていた。
守衛さんに身分証を提示すると、
「ご苦労様でした」
声をかけてくれて、思いがけず胸に沁みた。
「お、疲れ様です」
挨拶を返してセンターの門を出ながら、
このまま噂が浸透していったら、やっぱり守衛さんも私に不審を抱くんだろうかと余計なことを考えかけて、
軽く頭を振った。
「あの、突然すみません。少しだけ、お話いいですか」
研究センターの門から数歩。
植込みの前で待ち構えていたらしい男女2人に行く手を阻まれた。
反射的に固まって、相手の顔を凝視する。
有住教授より少し年上くらいだろうか。
きちんとした身なりで髪も整えられて、会社重役を連想させるような男性と、
大人しくて優しそうだけど、今は憔悴したように見える女性が、
有無を言わせぬ無言の迫力を持って私の前に立ちはだかっていた。
「あ、…ええと、…」
記憶をたどる。知り合いではない。
このところ暴走に巻き込まれ過ぎて過敏になっているけれど、
この人たちからANの匂いはしない。
今のところは。
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