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feel.3
04.
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夕闇を漂う湿った風の中に、焦げた塵が混ざる。
自分の部屋に戻ろうとしたら、足に力が入らなくて軽くこけた。
片足を引きずりながらなんとか部屋に入ってそのままへたり込む。
黎くんて。
黎くんて、こんな危険な感じだったっけ。
はにかんだように視線を逸らしていた美少年が。
『着拒すんなよ』
心臓が止まるかと思った。
近すぎて。
まだ耳鳴りがするほど高鳴っている心臓をなだめて、強く握りしめていたスマートフォンを見つめた。
業務連絡以外に震えることのない私のスマホが、急に特別なものになってしまった。
でも。
『逃げんなよ』
近づいたら、拒まれる。
いつだって、誰だって、本当の私を知ったら。
嫌いになる。
寄り掛かった壁の向こうに黎くんの気配がする。
近づいたらいけないと分かっているのに。
『やっぱり泊ってもいい?』
焦げた草の匂いは、私の香りかもしれない。
目を閉じて、聞こえる物音の一つ一つに身を焦がす。
エデンの園で禁断の果実を口にしたというイブ。
イブは誘惑に抗えない。
始まりは、終わりの始まり。
永遠に彼を失うくらいなら、何も望まない方がいい。
なのに。
スマートフォンを抱きしめた。
このスマホが震える時を心待ちにしている。
他の何を失うことになっても。
「え、…盗まれた?」
翌朝、研究センターに着くなり、センター長の有住教授に呼ばれた。
すぐに教授の研究室に行き、聞かされた話に言葉を失った。
開発中の新薬、抗不安薬の一種で感情増強作用のある、仮称 alicenote(AN)の量が減っている。何者かが無断で持ち出した。…盗まれたのではないか、という。
「もう、弱っちゃうわよねぇ」
両手を頬に当て、白髪が混ざり始めた癖のある長い髪を振り乱す。
50歳代の有住 伸介 教授は薬品業界では名の知れたベテランの研究者であり、
私の感覚過敏な症状を理解し、治療の相談に乗ってくれ、就職先としてセンターに呼んでくれた人物でもある。
見た目は渋めの化学者で、口調はオネエ。
趣味は筋トレというちょっと変わった人物でもある。
私は黙々と化学物質と向き合いながら、教授の開発する薬品の治験者にもなっている。
ANは強く精神に働きかけ、効果もあるが、副作用も強い。
まだ試作段階で、人体に投与するには危険を伴うため、センター内で厳重に管理されている、はず。なのだけど。
「一応警察には通報したんだけど、センターのセキュリティは万全だし、部外者はANの情報を知らない。内部犯行か内通者がいたか、どちらかだと思うのよ」
自分の部屋に戻ろうとしたら、足に力が入らなくて軽くこけた。
片足を引きずりながらなんとか部屋に入ってそのままへたり込む。
黎くんて。
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『着拒すんなよ』
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まだ耳鳴りがするほど高鳴っている心臓をなだめて、強く握りしめていたスマートフォンを見つめた。
業務連絡以外に震えることのない私のスマホが、急に特別なものになってしまった。
でも。
『逃げんなよ』
近づいたら、拒まれる。
いつだって、誰だって、本当の私を知ったら。
嫌いになる。
寄り掛かった壁の向こうに黎くんの気配がする。
近づいたらいけないと分かっているのに。
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目を閉じて、聞こえる物音の一つ一つに身を焦がす。
エデンの園で禁断の果実を口にしたというイブ。
イブは誘惑に抗えない。
始まりは、終わりの始まり。
永遠に彼を失うくらいなら、何も望まない方がいい。
なのに。
スマートフォンを抱きしめた。
このスマホが震える時を心待ちにしている。
他の何を失うことになっても。
「え、…盗まれた?」
翌朝、研究センターに着くなり、センター長の有住教授に呼ばれた。
すぐに教授の研究室に行き、聞かされた話に言葉を失った。
開発中の新薬、抗不安薬の一種で感情増強作用のある、仮称 alicenote(AN)の量が減っている。何者かが無断で持ち出した。…盗まれたのではないか、という。
「もう、弱っちゃうわよねぇ」
両手を頬に当て、白髪が混ざり始めた癖のある長い髪を振り乱す。
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ANは強く精神に働きかけ、効果もあるが、副作用も強い。
まだ試作段階で、人体に投与するには危険を伴うため、センター内で厳重に管理されている、はず。なのだけど。
「一応警察には通報したんだけど、センターのセキュリティは万全だし、部外者はANの情報を知らない。内部犯行か内通者がいたか、どちらかだと思うのよ」
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