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8章.なな色ウエディング

07.

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「…まあ、いいんじゃないか?」

運転席の侑さんとバックミラー越しに目が合う。
理性と欲望の狭間で揺らぐ私を慰めるように言ってから、私の傍らで眠るななせに慈しむような視線を投げた。

「10歳でも20歳でも、ななせの気持ちは変わらないんだから」

私たちは今、侑さんの運転する車で海の見える丘にある教会に向かっている。今日そこで、結婚式を挙げるために。

夜明け前、まだ街も寝静まっている中、ななせを連れて病院に戻り、現在のななせの状態について診てもらったところ、

「記憶は欠如している部分があるけど、脳の働きは正常だし、一般常識も、社会的知識も一通り備わってる。つまり、22歳の成人男性として、判断能力に問題はない」

主治医である侑さんから、大人として扱っていいのではという診断を得た。

「記憶については変動する可能性もある。今は10歳頃の記憶しかなくても、段階的に今のななせに近い記憶が戻るかもしれない」

最初こそ動揺して病院を抜け出したななせだったけど、

「…了解。俺は今22歳でつぼみと結婚していて音楽の仕事をしている。あんたは俺の担当医で穂積の子ども。つまり、俺の兄さん」

自分の状況を落ち着いて受け止め、瞬く間に理解した。実際、スマートフォンに残っている仕事関係の履歴を見て、内容も把握できるらしいし、

「ななせくんっ、お母さんもいるのよ、お母さんっ! そう、私、穂積の妻の早百合さゆりです。さゆゆって呼んでね」

「…賑やかっすね」

「いやああん、キラースマイル。癒されるぅ~~~」

状況を理解した後のななせは言動に子どもっぽさがなくなった。

その上で。
今日これから私と結婚式を挙げることに同意してくれて、慌ただしく準備して、今現在、車で移動中。というわけなんだけど。

「…着いたら起こして」

失われた12年の記憶を一足飛びで迎え撃ったななせは、さすがに疲れたのか、車が移動を始めると早々に眠りに落ちた。私の傍らで、しっかり手を繋いだまま。

「お前が思うより、ななせにとっては嬉しい現実だと思うけどな」

そんな後部座席の様子を見守りながら、侑さんが優しく言う。
どうにもななせに結婚式を強要している気がして、後ろめたい私を慰めてくれているのだ。だって、ついさっきまで小5だったのに、目覚めたら22歳で、はいこれから結婚式に行きます、なんて。さすがに唐突過ぎるし、混乱極まりないし、心の準備ってもんが皆無だし。

「…ななせは、ずっとお前に片想いしてたんだろ。始まりもなんかこう、…棚ぼた的な感じで」

ななせは昔から死ぬほどモテてたし、カッコ良かったし優しかったけど、私がななせに思う「好き」はそういうのじゃないと思っていた。身寄りをなくしてうちに引き取られたななせが一番欲しいのは家族だと思っていたから。私は全身全霊でななせの姉に徹してた。

だけど。

『…ずっと。俺じゃダメだと思ってた。気持ちは、死んでも言わないつもりだった』

死ぬほどモテて女の子を渡り歩いてたななせは、ずっと私のことを想っていてくれたらしいと最近知った。

「だからどこかに不安があって、無意識に脳が試してるのかもしれないな。暴言吐いて、女遊びして、離婚切り出したり。本当に自分でいいのかって」

繋いだ手に力を込めると、無意識に握り返してくれる。ほんのり感じるななせの重みが愛しい。

『…ありがとう、つぼみ。俺を受け入れてくれて』

好きの重さは計れないし、ななせは基本飄々ひょうひょうとしてるし、私の方がいっぱいななせを好きな自覚があるけど、そもそもそんな風に気持ちを比べること自体、意味がない。

ななせが器用だから、髪を洗ってくれるから、豚汁作ってくれるから、好きでいるわけじゃない。ななせがななせだから。おたんこでも子どもでもおじいちゃんになっても。何があっても好きでいる自信がある。

「だからまあ、そんな背徳感じる必要、…」

ななせの温もりと重みは、何より安心をくれる。大切なのは今ここにななせがいること。

ななせの温もりを感じたら急激な睡魔に襲われて、侑さんの声が遠くなった。そう言えば昨日、一睡もしていない。

「…ま、いい加減、幸せになってよ。俺のためにも」

侑さんが何か言っている気がしたけど、眠気に負けて、何を言ったのかもうよく分からなかった。
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