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8章.なな色ウエディング
02.
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「えっ!? 結婚式、するの!?」
ななせとの結婚式を明後日に控えた週末。
結婚に伴う特別休暇を予定通り取得するかどうかを南平課長から確認され、お願いしますと答えたら、フロア全体に響き渡る声で大げさに驚かれたという、…
「だって旦那さん、出て行っちゃってもういないんでしょ!? 離婚話が拗れて体調不良で入院しちゃったんでしょ!?」
だからおっさん、声がでかいんだっつーの。
勤務先の天照ライフ食品西部工場製造部がある2階フロアは、馬鹿でかい南平課長の声に静まり返った。どこか息を呑むような沈黙の中、四方八方から注がれる視線が痛い。みんな、アーティストナナセの今後の動向が気になっているのだ。いや、分かる。分かるけどね、…
ななせは、Galaxiesという人気バンドのプロデューサー兼ギタリストで、世界的に注目を浴びている。が故に、つい先日も国際的なテロリスト集団が引き起こした事件に巻き込まれたばかり。
その一連の事件で、ななせと私は離婚秒読みと噂されていたけど(何という不名誉なうわさっ)、実際のところななせが出て行ってしまったのは、記憶を取り戻して挙式するため。記憶回復の治療を受けに行ったからだった。
そう。つまりは結婚式のためなのだ。
「ご心配なく。たとえ一人でも結婚式挙げますからっ!!」
だから、決めた。何があってもこの週末は、ななせの亡くなったお母さんと私の父が眠る海の見える丘の教会に行き、ななせと結婚式を挙げる。
「あ、…そう、…なの?」
私の勢いに南平課長は後ずさり、フロアには一気に同情めいた空気が充満した。
花婿に逃げられたのに一人で挙式する哀れな女。という我ながら痛々しい空気に思わずひるみそうになるけど、私の決意は固いんです。
「えっと、じゃあ明日から土日と合わせて5日間。次の出社は水曜ってことで、…ええっと、でも、一人結婚式って休暇認められるんだっけ、…??」
南平課長が何か一人でもぐもぐ言いながら首を傾げているので、
「大丈夫です。たとえ話です。ちゃんと二人で挙げてきますから」
うふふっと笑って訂正しておいた。
こわ、…という声がフロアのどこからともなく漏れ、課長が探るような目で私の顔に貼りついた笑みを眺めた。
「…そのまま帰って来ないなんてことはないよね?」
挙句、妙な心配をしてきた。
「あ、いやいや。意外と図太い雨宮さんに限ってね、そんな心配ないと思うんだけど。よくあるじゃない? 思い出の地で無理心中とか。犯人は岬に逃走して崖っぷちに追い詰められるとか? 犯行を自供した後やけになって海に飛び込んだりさあ、…」
…何のミステリーよ。
「いやいや、雨宮さんみたいな癖の強い部下の世話は僕みたいな優秀な上司にしか出来ないと思うけど。連日君の様子を聞かれちゃったりして困っちゃうんだよね。僕のビジュアル的には青が映えると思うんだけど、ネクタイ新調した方がいいかな?」
だから何の心配だよ。
「ご心配には及びません。お土産にネクタイ買ってきますから」
そんで、その軽々しい口にがんじがらめに巻いてやろうかな。
「え? じゃあ濃いめの青で」
三本巻き決定。
癖が強いのはそっちでしょ、な上司との会話を強制終了して、自席に戻ると休暇前の仕事に取りかかる。
「つ、…ついに妄想挙式よ」「もう引くに引けないのよ」
「可哀想に。来週出社したら挙式後に離婚した報告するのよ」
「やだわ、悲し過ぎるわ、ああいう女にだけはなりたくないわ」
ひそひそとフロアがざわついたけど気にしない。
何とでも言って。
ななせが私との結婚式を望んでくれた以上、私はそれをやり遂げるんだから。
ななせとの結婚式を明後日に控えた週末。
結婚に伴う特別休暇を予定通り取得するかどうかを南平課長から確認され、お願いしますと答えたら、フロア全体に響き渡る声で大げさに驚かれたという、…
「だって旦那さん、出て行っちゃってもういないんでしょ!? 離婚話が拗れて体調不良で入院しちゃったんでしょ!?」
だからおっさん、声がでかいんだっつーの。
勤務先の天照ライフ食品西部工場製造部がある2階フロアは、馬鹿でかい南平課長の声に静まり返った。どこか息を呑むような沈黙の中、四方八方から注がれる視線が痛い。みんな、アーティストナナセの今後の動向が気になっているのだ。いや、分かる。分かるけどね、…
ななせは、Galaxiesという人気バンドのプロデューサー兼ギタリストで、世界的に注目を浴びている。が故に、つい先日も国際的なテロリスト集団が引き起こした事件に巻き込まれたばかり。
その一連の事件で、ななせと私は離婚秒読みと噂されていたけど(何という不名誉なうわさっ)、実際のところななせが出て行ってしまったのは、記憶を取り戻して挙式するため。記憶回復の治療を受けに行ったからだった。
そう。つまりは結婚式のためなのだ。
「ご心配なく。たとえ一人でも結婚式挙げますからっ!!」
だから、決めた。何があってもこの週末は、ななせの亡くなったお母さんと私の父が眠る海の見える丘の教会に行き、ななせと結婚式を挙げる。
「あ、…そう、…なの?」
私の勢いに南平課長は後ずさり、フロアには一気に同情めいた空気が充満した。
花婿に逃げられたのに一人で挙式する哀れな女。という我ながら痛々しい空気に思わずひるみそうになるけど、私の決意は固いんです。
「えっと、じゃあ明日から土日と合わせて5日間。次の出社は水曜ってことで、…ええっと、でも、一人結婚式って休暇認められるんだっけ、…??」
南平課長が何か一人でもぐもぐ言いながら首を傾げているので、
「大丈夫です。たとえ話です。ちゃんと二人で挙げてきますから」
うふふっと笑って訂正しておいた。
こわ、…という声がフロアのどこからともなく漏れ、課長が探るような目で私の顔に貼りついた笑みを眺めた。
「…そのまま帰って来ないなんてことはないよね?」
挙句、妙な心配をしてきた。
「あ、いやいや。意外と図太い雨宮さんに限ってね、そんな心配ないと思うんだけど。よくあるじゃない? 思い出の地で無理心中とか。犯人は岬に逃走して崖っぷちに追い詰められるとか? 犯行を自供した後やけになって海に飛び込んだりさあ、…」
…何のミステリーよ。
「いやいや、雨宮さんみたいな癖の強い部下の世話は僕みたいな優秀な上司にしか出来ないと思うけど。連日君の様子を聞かれちゃったりして困っちゃうんだよね。僕のビジュアル的には青が映えると思うんだけど、ネクタイ新調した方がいいかな?」
だから何の心配だよ。
「ご心配には及びません。お土産にネクタイ買ってきますから」
そんで、その軽々しい口にがんじがらめに巻いてやろうかな。
「え? じゃあ濃いめの青で」
三本巻き決定。
癖が強いのはそっちでしょ、な上司との会話を強制終了して、自席に戻ると休暇前の仕事に取りかかる。
「つ、…ついに妄想挙式よ」「もう引くに引けないのよ」
「可哀想に。来週出社したら挙式後に離婚した報告するのよ」
「やだわ、悲し過ぎるわ、ああいう女にだけはなりたくないわ」
ひそひそとフロアがざわついたけど気にしない。
何とでも言って。
ななせが私との結婚式を望んでくれた以上、私はそれをやり遂げるんだから。
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