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7章.あした色リユニオン

09.

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「うわぁ、ひどい顔!! …そ、相当つらい目に遭ったんだね、…」
「つーちゃん、可哀想、…っ」

久しぶりに会社に行ったら、会う人会う人一様にぎょっとされ、同期のモカルカちゃんには分かりやすく同情された。しかしながら、目が腫れていて顔がむくんでいるのは散々泣いたからで、冷凍室で殴られた痕はもうほとんど目立たない。

とはいえ、訂正するのも気が引けるし、出来ることなら経験したくない経験を積んでしまった感は否めないので、曖昧に笑ってごまかす。

「…大変ご心配、ご迷惑をおかけしました」

そしてまた、会社に多大なる損害を与えてしまったことも否定できないので、まずは頭を下げて回った。

「チッチッチ、いいのいいのよ、つーちゃんは何も悪いことしてないんだから」
「そうそう。全ては有名過ぎる伴侶を持ってしまったが故の受難」
「あの麗しの明星は神が与えたもうた試練」

…ところ。
どこからともなく現れ、何かに感じ入っている様子のチッチッチシスターズことパートタイマー職員の熟女三人組に囲まれた。

「「「…で、ナナセくん出てっちゃったってホント?」」」

…情報早いな、おい。

何気なく視線を上げると、分かりやすく目を逸らす南平課長がそこにいた。
ちょっとぉ、上司として口軽すぎじゃありません??

「ああ、ナンペイくんを責めないであげて」

ちなみに南平課長は「みなみだいら」と読むのが正しいが、シスターズ等熟練の職員さんたちには「なんぺい」と呼ばれているというどうでもいい情報を補足しておく。

「それよりなにより、もう私たちのであるつぼみちゃんのお宅を訪問してもナナセくんに会えないってことが重要で」
「あたしたち、お見舞いに行こうと思ってたのにっ」
「チッチッチ、ねえ本当にもう戻ってこないのぉ??」

…知らんがな。

ていうか、そんなの私が教えて欲しいよ。

微妙に傷口に塩を塗るシスターズたちの嘆きを振り切って、持ち場に戻った。

事件後大幅に注文数が減ってしまった提供先には、早期に信頼回復を図らなければならない。栄養・バランス・旬の食材・季節感・話題性・食べやすさ・笑顔、…献立を練り直し、調理担当者とやり取りし、仕入れ業者に連絡し、原材料と商品の現在の状況を確認する。

しばらく休んでいたので、滞っている業務も多いし、代わって回してくれていた同僚職員との引き継ぎ事項も多い。

あっという間に日が暮れた。

溜まっている仕事もやるべきことがあるというのも時間が早く過ぎるというのも、今の私には有難いことだ。余計なことを考えなくて済む。一通り残業に没頭して、課の職員が誰もいなくなっていることに気づき、そろそろ帰ることにした。急がなきゃいけないことは終わった。

工場の通用門付近で、何やら甘い空気を醸している男女4人組を発見し、よく見てみると、同期のモカルカちゃんと鈴木佐藤くんだった。

「ちょっとパラッとして来たかも」
「ルカ、折り畳み持ってるけど入る?」
「あ。アキも持ってるよな」

わいわいしながら、黒と淡い花柄の二つの折り畳み傘が開かれ、モカちゃんと鈴木くん、ルカちゃんと佐藤くんという念願のカップリングで降り始めたばかりの雨道をゆっくり辿っていく。

楽し気に揺れる二組の傘。

邪魔にならないように、彼らの姿が見えなくなるまで門を出ずに待っていた。

自然と相合傘、出来るようになったんだね。

時は移ろう。人は変わる。関係も環境も変わっていく。
確実な未来なんてどこにもないし、確かな明日もない。

少しずつ強くなる雨脚に濡れながら駅まで走った。

いつかのあの日も、私は傘を持っていなかった。

そこそこ濡れてしまったからか、電車の中では敬遠されて私の周りには微妙に隙間が空いた。外を見ると驚くほどひどい顔がこっちを見ている。暗い窓ガラスに映る自分の顔は疲れてやつれて気を抜いたら溢れそうな絶望を抱えて見えた。

自宅最寄り駅の改札を抜けても暗く湿った外気と家路を急ぐ人たちが足早に消えていくだけで。

『俺、雨の日、結構好き』

傘を持って迎えに来てくれたあの日のななせはもういない。
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