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5章.なみだ色ユアワームス
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「そうです。あなたが海外で開設したアカウントですよ、雨宮ななせさん」
山邑刑事が妙に意気揚々としてななせに迫り、場に沈黙が落ちた。
ななせのアカウント?
え? つまり、どういうこと?
私だけが話について行けなくて、痛々しい沈黙に乗り遅れている。
だって意味が分からない。
神って何? なんでななせ?
分からないけど、ただ。
離れてしまったななせの手が、棘だらけの危ういものを握りしめているように見えて、それがとても痛くて、早く取り除いてあげたいと思う。あの手を取って、もう一度ちゃんと繋ぎたい。
「…日本はこれでも殺人事件の少ない国ですがね、残念ながら配偶者殺人っていうのは、増加傾向にあるんですわ。夫婦間ってどうして、憎しみ合うようになるんですかねえ」
黒木刑事がざらついた声で言いながらななせに近寄り、
「…雨宮さん。お話、署で聞かせてもらいましょうか」
ななせの肩に手を置いた。
「ちょっと待ってください! さすがにあり得ません。刑事さんたちが仰っているのは、ななせが首謀者ってことですよね? いくら何でも無茶苦茶だ。こうしていらしたからにはそれなりに確証があるんでしょうが、何があってもそれだけは絶対にあり得ません。だいたいななせは命がけでつぼみを助けに、…」
私よりも早く事の次第を理解したらしい侑さんが、憤りを隠さずに黒木刑事とななせの間に割って入り、対照的にひどく落ち着いた感じの黒木刑事にぎょろりとした目玉で見つめ返された。
「それが、そもそもおかしいと思いませんか」
侑さんより背が低いのに、黒木刑事には妙な迫力がある。
「ねえ先生。通話中のまま置き去りにされたスマホを不審に思ったとして、普通あそこまでやりますか。通報して、真夜中の会社に不法侵入して、従業員を殴り倒す。もはや一種のパフォーマンスと考えた方が納得がいく」
睨み合う侑さんと黒木刑事の隣に立った山邑刑事が、事件を解明する名探偵よろしくどこか得意げに語り出す。
全然訳が分からなくて、何なら茶番を見ているような気分だった。ただ、大きな濁流に押し流されて、大切なものを失ってしまうような気がして怖い。
「…雨宮さん、あなたは離婚に応じない奥さんに業を煮やして、意のままに操れる連中を武器に、奥さん殺しを企てた。そうですね?」
「違いますっ!!」
自分でも驚くほどの大声が出て、全員が私を振り返った。今まで存在感ゼロだったのに、急になに、みたいな顔で見られた。でも、山邑刑事がななせに迫りながら語るのを聞いて、急速に、状況を理解した。
この人たち。ななせのこと、疑ってるんだ。
絶対絶対、そんなことないのに!!
「…まあ、奥さんが信じられないのも無理はありません。この容姿にして世界的に人気があり、高収入。甘い言葉の一つも吐けば誰もがその気になるでしょう。でもね、アカウントについて調べた結果、疑う余地のない本人確認が出来たわけで、…」
「…つぼみ」
今まで黙っていたななせが、未だ得意そうに何か言っている山邑刑事を押しのけて、私に顔を向けた。
「…ごめんな、説明してくる」
ななせの目は、いつもと同じようにやっぱり綺麗に澄んでいて、こんな時なのにその瞳に見つめられると苦しいくらいに愛しさが募る。ななせの長い指が顔に伸びて、指の背がするりと私の頬を撫でた。
「…ななせ」
その手の感触が、温もりが、どんなに尊くかけがえのないものか、私は知っている。
「おい、ななせ。大丈夫か? 何なら冤罪に強い弁護士呼ぶぞ?」
駆け寄った侑さんに頷くと、ななせは静かに立ち上がり、刑事さんたちを伴って病室を出て行った。
山邑刑事が妙に意気揚々としてななせに迫り、場に沈黙が落ちた。
ななせのアカウント?
え? つまり、どういうこと?
私だけが話について行けなくて、痛々しい沈黙に乗り遅れている。
だって意味が分からない。
神って何? なんでななせ?
分からないけど、ただ。
離れてしまったななせの手が、棘だらけの危ういものを握りしめているように見えて、それがとても痛くて、早く取り除いてあげたいと思う。あの手を取って、もう一度ちゃんと繋ぎたい。
「…日本はこれでも殺人事件の少ない国ですがね、残念ながら配偶者殺人っていうのは、増加傾向にあるんですわ。夫婦間ってどうして、憎しみ合うようになるんですかねえ」
黒木刑事がざらついた声で言いながらななせに近寄り、
「…雨宮さん。お話、署で聞かせてもらいましょうか」
ななせの肩に手を置いた。
「ちょっと待ってください! さすがにあり得ません。刑事さんたちが仰っているのは、ななせが首謀者ってことですよね? いくら何でも無茶苦茶だ。こうしていらしたからにはそれなりに確証があるんでしょうが、何があってもそれだけは絶対にあり得ません。だいたいななせは命がけでつぼみを助けに、…」
私よりも早く事の次第を理解したらしい侑さんが、憤りを隠さずに黒木刑事とななせの間に割って入り、対照的にひどく落ち着いた感じの黒木刑事にぎょろりとした目玉で見つめ返された。
「それが、そもそもおかしいと思いませんか」
侑さんより背が低いのに、黒木刑事には妙な迫力がある。
「ねえ先生。通話中のまま置き去りにされたスマホを不審に思ったとして、普通あそこまでやりますか。通報して、真夜中の会社に不法侵入して、従業員を殴り倒す。もはや一種のパフォーマンスと考えた方が納得がいく」
睨み合う侑さんと黒木刑事の隣に立った山邑刑事が、事件を解明する名探偵よろしくどこか得意げに語り出す。
全然訳が分からなくて、何なら茶番を見ているような気分だった。ただ、大きな濁流に押し流されて、大切なものを失ってしまうような気がして怖い。
「…雨宮さん、あなたは離婚に応じない奥さんに業を煮やして、意のままに操れる連中を武器に、奥さん殺しを企てた。そうですね?」
「違いますっ!!」
自分でも驚くほどの大声が出て、全員が私を振り返った。今まで存在感ゼロだったのに、急になに、みたいな顔で見られた。でも、山邑刑事がななせに迫りながら語るのを聞いて、急速に、状況を理解した。
この人たち。ななせのこと、疑ってるんだ。
絶対絶対、そんなことないのに!!
「…まあ、奥さんが信じられないのも無理はありません。この容姿にして世界的に人気があり、高収入。甘い言葉の一つも吐けば誰もがその気になるでしょう。でもね、アカウントについて調べた結果、疑う余地のない本人確認が出来たわけで、…」
「…つぼみ」
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「…ごめんな、説明してくる」
ななせの目は、いつもと同じようにやっぱり綺麗に澄んでいて、こんな時なのにその瞳に見つめられると苦しいくらいに愛しさが募る。ななせの長い指が顔に伸びて、指の背がするりと私の頬を撫でた。
「…ななせ」
その手の感触が、温もりが、どんなに尊くかけがえのないものか、私は知っている。
「おい、ななせ。大丈夫か? 何なら冤罪に強い弁護士呼ぶぞ?」
駆け寄った侑さんに頷くと、ななせは静かに立ち上がり、刑事さんたちを伴って病室を出て行った。
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