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4章.きき色デイリーライフ

06.

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「…ごめん、つぼみ。ミスった。ななせに逃げられた」

着信相手は侑さんで、開口一番謝られた。

今日、ななせは頭の怪我の経過確認と治療のために侑さんの病院を訪れた。けれど、侑さんが記憶回復のための治療を試みようとしたところ、拒否して出て行ってしまったのだとか。

「あいつの気持ちを考えずに治療を急いでしまった。本当にすまない。帰ってくるとは思うが、もしなかなか戻らないようなら連絡くれ。一緒に探す」

侑さんがすごく申し訳なさそうに謝ってくれたけど、多分侑さんが急いだのは私のせいだ。私がななせの言動に振り回されて泣いてばかりいるから。

…ななせは。元の自分に戻りたくないのかな。
私のことを好きになってくれたななせには、もう、…

侑さんにお礼を言って電話を切ってから、ウエディングドレスをクローゼットの奥に閉まった。

素敵な。素敵すぎるウエディングドレス。清楚で純白で愛らしい。
このドレスを私が着ることは多分ない。
このドレスを贈ってくれたななせには、もう会えない。

気持ちに蓋をするように、クローゼットの扉をしっかり閉めた。
デザインを引き受けてくれた一ノ瀬さんに、謝罪の連絡をしないとかな、…

気持ちを引き締めるために、両頬を手のひらではたいた。
泣くな。切り替え切り替え。

よし。料理しよう。
なぜか唐突にナンの気分になったので、ナン作りをすることにした。
キッチンで材料を探してみたけど、イースト菌がない。

うーん、買いに出るかナンを諦めるか。悩みながらレシピを検索したら、4つの材料でナンが作れるという神レシピを発見した。小麦粉、ヨーグルト、塩、オリーブオイルを混ぜて捏ねて寝かせて焼くだけ。おお、素晴らしい。

早速ナンを作り始めた。
混ぜたり捏ねたりする工程は無心になれるから好き。
プライパンで焼くというお手軽さも嬉しく、早速一つ焼いてみるといい匂いが漂ってきた。美味しいご飯は元気をくれる。焼き上がったナンを味見してみると、外はパリパリ、中はもちもちで温かくて美味しい。

これはやっぱりカレーが欲しいな。
と思って、カレーも作り始めた。この前ハヤシライスを食べたばかりだけど、まあいいか。たちまちスパイシーな香りが立ち込める。

ななせ、早く帰って来ないかな。
残りのナンはななせが帰って来てから焼いて、焼き立てを一緒に、…

料理の手を止めて時計を見たら、結構な時間になっていて驚いた。
遅い。さすがに遅い。ななせが全然帰って来ない。

『帰ってくるとは思うが、もしなかなか戻らないようなら連絡くれ』

いやいやいや。
もうななせだって子どもじゃないんだし、そうそう心配しなくても、…と思いながら、ななせのスマホにかけてみたけど、応答がない。

え。帰って来ない?
ていうか、子どもじゃないからこそ帰って来ないのか。

『ちょっと外出て解消してくるから。今日は帰らないかもしれないってこと』

今のななせには、居場所を提供してくれる人が腐るほどいる、…

とてつもなく不安になってきて、カレー鍋の火を止めて、エプロンを外した。
もう一度ななせに電話したけど、やっぱりつながらない。
『ななせ、どこ?』メッセージを送っても、既読にならない。

居てもたってもいられなくなって、鍵とスマートフォンをつかんで、マンションを出た。マスコミの方々に目ざとく見つけられたけど、無言でタクシーに乗った。ななせが家に帰って来ないとか、格好のネタじゃん。どうかつけてきませんように。

夜の街がタクシーの窓を流れる。
出てきたはいいけど、ななせがどこにいるのかなんて、分からない。
以前のななせならともかく、今のななせは、…

なんとなく、引っ越す前に母とななせと3人で住んでいたマンションの近くで降ろしてもらった。私はななせを探しているというより、以前のななせの面影会いたいのかもしれない。

暗がりに浮かぶマンションから、ななせと通った小学校、中学校、並んで歩いた通学路、買い物に行った商店街、風邪薬をもらった小児病院、大型ドラックストア、スーパー、図書館、スポーツジム、公園、友だちの家、…夜の闇に紛れてひっそりとしている懐かしい記憶たちを辿った。

ななせはさりげなく、それでいて確かに、いつも一番近くに居てくれた。
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