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4章.きき色デイリーライフ
04.
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「ああ、雨宮さん、お疲れ様。もう家庭の方は大丈夫なの? 名字変わるなら、早めに人事に言ってね」
「あ、はい。この度は長らくお休みを頂きご迷惑を、…」
ん? 名字変わるんなら?
「ああ、平気平気。君はいない方が静かで助かる」
…ちょっとぉ!?
「今朝も門の前で参ったよ。マスコミ関係者って言うの? 君の勤務ぶりとか聞かれてね。まあ僕は社内一有能な上司だから仕方がないけど。今日のネクタイは余りお気に入りの柄じゃなかったからさあ。撮るなら事前にアポイント入れてくれないと」
…何の話だよ。
久しぶりに出社した我が社、天照ライフ食品でも、『ナナセ離婚』騒動の余波が蔓延っていて、私は『危険人物近寄るな』の扱いになっていた。
工場製造部でたまたま上司をやっている南平課長のように、直接言ってくれるのはまだマシな方で、
あ、いや、でも。
名字は変わんないから! 離婚しないからね! っていうか、離婚しても変わんないから!!
「最初から無理だったのよ」「世の中には釣り合いってもんがあるでしょ」「それにしても外国人と不倫とか」「大人しそうな顔して分かんないわね」
遠巻きに囁かれる悪意に満ちたひそひそ話に始まり、
「あ、あの人よ。あのナナセくんを裏切ったっていう不貞の妻」「え、あの顔で!?」「ヤダ信じられない。鏡見たことあるのかしら」
わざわざ見学に訪れて暴言を吐いて去って行く人も後を絶たず、
「つぼみさ~ん、その後いかがですか~~~」
「元恋人であるお義理兄さんと、ずっと関係が続いていたというのは本当ですか~~?」
な、わけあるかい。
な質問を、マンション周辺から駅からずっと私に張り付いて大声で叫び、出勤前早朝から勤務先の工場を取り囲み、通行人の迷惑も顧みず、マイクやカメラを向けてフラッシュを焚く報道関係の皆さんに、
「あの方ね、独特の媚びた感じがあるわね」「気が付くといつも僕のことを見ていて、思わせぶりっていうか」「女豹? あ、色気は皆無です」「仕事はそれなりにやってますけど、有名人の奥さんって言うんでちょっと傲慢なところがあるっていうか」
あんた、誰よ。
な無責任な回答を、自信満々に吹聴する人もそれなりに大勢いて、やっと戻ってきた日本での私の日常生活は、平穏とはかけ離れた状態で回り始めた。
「まあ、リアルよりネットの方が100万倍ひどいよ」
「つーちゃん、100万回は殺られてるね」
お昼休みの社員食堂で、周囲から不躾な視線を浴びながらも、同期のモカちゃんルカちゃんはこれまで通り一緒のテーブル席に着いてくれた。で、スマートフォンを片手に、ネット社会の現実を教えてくれるけど、まあ、見ないに越したことはない。
「てか、つーちゃん。あの日本人の男の人、誰?」
「同行したってあったけど。ナナセくんといい、お兄さんといい、つーちゃんの周りレベル高くない?」
後ろ指さされまくりの日常にげんなりしつつ、まあリアルに石を投げられないだけマシかと思い直し、タヌキうどんのかまぼこを食んでいたら、モカちゃんルカちゃんに聞かれて、思い出した。
そうだ。
絶望の淵にいたロンドンで、霧雨の中、私を連れ出して「また日本で」と、スマートに去って行った清家さん。出社したらお礼言おうと思ってたのにバタバタしてて忘れてた。今回の騒動の飛び火を受けてないとも限らない。
「会社の人だよ。営業部って言ってたかな。清家さんていうの。モカルカちゃん知ってる?」
「え、会社の人?」
「知らないなぁ…」
モカちゃんルカちゃんが顔を見合わせて首を横に振る。まあ、私も知らなかったし、と思っていると、
「チッチッチ。居ないわよ、この会社に。あんなエリートイケメン」
「そうよそうよ。居たらこのオバシスターズ網に引っかからない訳がない」
「勤続10年のサッチーが言うんだから間違いないわ」
勝手に隣のテーブルから出てきたチッチッチシスターズが指を振った。
…居ない?
「あ、はい。この度は長らくお休みを頂きご迷惑を、…」
ん? 名字変わるんなら?
「ああ、平気平気。君はいない方が静かで助かる」
…ちょっとぉ!?
「今朝も門の前で参ったよ。マスコミ関係者って言うの? 君の勤務ぶりとか聞かれてね。まあ僕は社内一有能な上司だから仕方がないけど。今日のネクタイは余りお気に入りの柄じゃなかったからさあ。撮るなら事前にアポイント入れてくれないと」
…何の話だよ。
久しぶりに出社した我が社、天照ライフ食品でも、『ナナセ離婚』騒動の余波が蔓延っていて、私は『危険人物近寄るな』の扱いになっていた。
工場製造部でたまたま上司をやっている南平課長のように、直接言ってくれるのはまだマシな方で、
あ、いや、でも。
名字は変わんないから! 離婚しないからね! っていうか、離婚しても変わんないから!!
「最初から無理だったのよ」「世の中には釣り合いってもんがあるでしょ」「それにしても外国人と不倫とか」「大人しそうな顔して分かんないわね」
遠巻きに囁かれる悪意に満ちたひそひそ話に始まり、
「あ、あの人よ。あのナナセくんを裏切ったっていう不貞の妻」「え、あの顔で!?」「ヤダ信じられない。鏡見たことあるのかしら」
わざわざ見学に訪れて暴言を吐いて去って行く人も後を絶たず、
「つぼみさ~ん、その後いかがですか~~~」
「元恋人であるお義理兄さんと、ずっと関係が続いていたというのは本当ですか~~?」
な、わけあるかい。
な質問を、マンション周辺から駅からずっと私に張り付いて大声で叫び、出勤前早朝から勤務先の工場を取り囲み、通行人の迷惑も顧みず、マイクやカメラを向けてフラッシュを焚く報道関係の皆さんに、
「あの方ね、独特の媚びた感じがあるわね」「気が付くといつも僕のことを見ていて、思わせぶりっていうか」「女豹? あ、色気は皆無です」「仕事はそれなりにやってますけど、有名人の奥さんって言うんでちょっと傲慢なところがあるっていうか」
あんた、誰よ。
な無責任な回答を、自信満々に吹聴する人もそれなりに大勢いて、やっと戻ってきた日本での私の日常生活は、平穏とはかけ離れた状態で回り始めた。
「まあ、リアルよりネットの方が100万倍ひどいよ」
「つーちゃん、100万回は殺られてるね」
お昼休みの社員食堂で、周囲から不躾な視線を浴びながらも、同期のモカちゃんルカちゃんはこれまで通り一緒のテーブル席に着いてくれた。で、スマートフォンを片手に、ネット社会の現実を教えてくれるけど、まあ、見ないに越したことはない。
「てか、つーちゃん。あの日本人の男の人、誰?」
「同行したってあったけど。ナナセくんといい、お兄さんといい、つーちゃんの周りレベル高くない?」
後ろ指さされまくりの日常にげんなりしつつ、まあリアルに石を投げられないだけマシかと思い直し、タヌキうどんのかまぼこを食んでいたら、モカちゃんルカちゃんに聞かれて、思い出した。
そうだ。
絶望の淵にいたロンドンで、霧雨の中、私を連れ出して「また日本で」と、スマートに去って行った清家さん。出社したらお礼言おうと思ってたのにバタバタしてて忘れてた。今回の騒動の飛び火を受けてないとも限らない。
「会社の人だよ。営業部って言ってたかな。清家さんていうの。モカルカちゃん知ってる?」
「え、会社の人?」
「知らないなぁ…」
モカちゃんルカちゃんが顔を見合わせて首を横に振る。まあ、私も知らなかったし、と思っていると、
「チッチッチ。居ないわよ、この会社に。あんなエリートイケメン」
「そうよそうよ。居たらこのオバシスターズ網に引っかからない訳がない」
「勤続10年のサッチーが言うんだから間違いないわ」
勝手に隣のテーブルから出てきたチッチッチシスターズが指を振った。
…居ない?
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