時間を止めて ～忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

time.89

「…チーフのバカ。教えてくれれば良かったのに」

握りしめた拳をチーフにぶつけると、チーフは黙ってされるがままなっていて、それから徐に口を開いた。

「お前が喜多見を欺けるとは思えない」

…うん。まあそれは。…そうだけど。

目の前で本人からの告白を聞いても、まだ信じたくない自分がいる。

『いらないものは、処分しなきゃね』

先輩がくれた勇気と希望のキャンディが、胸の奥に詰まって苦しい。

『先輩大好き～～～っ』

そんなに。ダメだったかな。
そんなに。いらなかったのかな。

「…お前はそのままでいいよ」

チーフが私の頭に手を伸ばして、ポンポン優しく撫でてくれた。
温かさが胸に沁みて、その手にそっと触れてみた。

…うん。でも。
この手は嘘じゃない。

この手を失わなくて、本当に良かった。

「…お前、高いところ苦手だったんだな」

私を見ていたチーフが、少し困ったように眉を下げる。

「そうですよ‼　もう、本気で死ぬかと、…」

言いかけて、何かが頭に引っかかった。

『ここは高いところが、…』

屋上に助けに来てくれた千晃くんの声がよみがえる。

私は高所恐怖症で。
千晃くんはそのことを知っていて。

でも。千晃くんは、…

「…雅くん」

物思いは、儚げな柔らかい声に打ち破られた。

紙吹雪が降り積もる静かなホテルの中庭を、外灯に照らされたグリーンドレスが優雅に横切る。

「…雅くんが、あんなところから飛ぶなんて」

梨子さんがチーフの前にしゃがみ込んで、伺うようにチーフを仰ぐ。

「高いところ、…ダメだったよね？」
「えっ⁉」

思わず私が声を上げてしまい、チーフに静かに小突かれた。

あんなミッション遂行しといて、まさかの同類⁉
高所恐怖症⁉

「…まあ。スクールに通ったからな」
「ええっ⁉」

涼しい顔をして言うチーフが、
またしても意外過ぎて大声を上げてしまい、再度小突かれた。

「お前と飛ぶのに、しくじるわけにいかないだろ」

小突いたその手を頭に回し、チーフが私を引き寄せる。

「その子のために、そこまで、…」

梨子さんが寂しそうに目を伏せたので、激しく居心地の悪さを感じ、

「…後はお若いお二人で」

そそくさとその場を去るべく立ち上がりかけたら、腰に巻かれたベルトのようなものに引き戻された。

よく見ると、しっかりとしたベルトで私とチーフがつながれている。

いつの間に、こんな。

チーフが素早すぎるのか、私がもはや気を失っていたのか。

「何言ってんだ、お前は」

チーフに再び引き寄せられて、気まずさが半端ない。

元カノとの感動の再会になんて、同席したくないわけですが、

「雅くんに謝りたくて、…どうしても謝りたくて、来たんだけど」

…チーフが離してくれない。

「それどころじゃなかったね」

寂しそうに言う梨子さんからは、チーフとやり直したい気持ちが透けて見えているのに、

「そうだな。俺は今、こいつに必死だから」

チーフはそっけないばかりか、なんか爆弾投げた。