87 / 106
time.86
しおりを挟む
「んーっ⁉︎」
速やかに運ばれて行く途中、遅ればせながら身体をバタつかせて抵抗を試みようとして、
…力を抜いた。
分かったから。
暗がりの中、軽々と私を持ち上げて運び、事もなげにエレベータに乗り込んで上階へと向かうのは。
「…ごめんな」
心に響く低い声。胸を打つ優しい感触。
落ち着いた匂い。温かい鼓動。
チーフだ。
顔は見えないけど、長い足も硬い胸板も大きな手も。
ずっと一緒に居てくれたらいいのにって思ってた。
高野チーフだ。
照明の消えた薄暗いエレベータが上階に向けて高速で上昇していく。
ごめんって、何が。
やっぱりチーフは。本当は、…
このエレベータは地獄行きなのかな、と思った。
温かくて強くて優しいこの腕は。
全部。幻だったのかな。
泣いたり騒いだりする気持ちは起こらなかった。
ただ、
心が全部、散り散りになって飛んで行くのを感じた。
「ここちゃん。待ってたよ」
最上階でエレベータを降りると、屋上に出られるようになっていた。
屋上に設えられた外階段は、映画のワンシーンに出てくるように幻想的で、
遠くまで広がる街の夜景が一望できた。
照明はなかったけれど、外明かりに照らされて、
人影が誰かであるかの判別は出来る。
私の後ろには、まるで知らない人みたいなチーフが立っていて、
そのチーフに促されて階段を降りると、
夜風にドレスをなびかせた、まりな先輩が待っていた。
「はい、飴あげる」
ガラス張りの柵に寄り掛かるまりな先輩は、空に浮かんでいるみたいに見えた。
マリンブルーのドレスから、なまめかしくのぞく腕を私に差し出す。
手のひらに、赤いキャンディがのっていた。
「最高の舞台を用意したよ。愛しい高野さんに背中を押されて、ここから落ちるの」
夢見るような口調だった。
「…なかなか絶望してくれないから手間かかっちゃったけど、おかげで最高のラストになった」
まりな先輩はいつも通りで、バカな後輩をフォローしている時と同じ、優しい声音のまま微笑んだ。
この期に及んで、「先輩、大好き」って抱き着けたらいいのに、と思っている自分がいて、愚かすぎて笑えた。
何味かわからない、赤いキャンディを見つめる。
いつも。私を励ましてくれたキャンディ。
私を助けて、私に勇気をくれた、まりな先輩のキャンディ。
「全部、…先輩だったんですか?」
私の口元を覆っていた高野チーフの大きな手が離れて、
絞り出した声はか細く震えていた。
私にとっては、ただの飴玉じゃなくて。
希望、そのものだったのに。
「そうだよ。ここちゃん、簡単すぎて、…楽しかったよ?」
キャンディは、毒入りでした。
赤い毒リンゴを食べた白雪姫は、永遠の眠りにつきました。
「私、セキュリティ破るの、得意なの。知らなかったでしょ? 興味ないもんね」
そんな場合じゃないのに、
少しだけ、まりな先輩が寂しそうに見えた。
速やかに運ばれて行く途中、遅ればせながら身体をバタつかせて抵抗を試みようとして、
…力を抜いた。
分かったから。
暗がりの中、軽々と私を持ち上げて運び、事もなげにエレベータに乗り込んで上階へと向かうのは。
「…ごめんな」
心に響く低い声。胸を打つ優しい感触。
落ち着いた匂い。温かい鼓動。
チーフだ。
顔は見えないけど、長い足も硬い胸板も大きな手も。
ずっと一緒に居てくれたらいいのにって思ってた。
高野チーフだ。
照明の消えた薄暗いエレベータが上階に向けて高速で上昇していく。
ごめんって、何が。
やっぱりチーフは。本当は、…
このエレベータは地獄行きなのかな、と思った。
温かくて強くて優しいこの腕は。
全部。幻だったのかな。
泣いたり騒いだりする気持ちは起こらなかった。
ただ、
心が全部、散り散りになって飛んで行くのを感じた。
「ここちゃん。待ってたよ」
最上階でエレベータを降りると、屋上に出られるようになっていた。
屋上に設えられた外階段は、映画のワンシーンに出てくるように幻想的で、
遠くまで広がる街の夜景が一望できた。
照明はなかったけれど、外明かりに照らされて、
人影が誰かであるかの判別は出来る。
私の後ろには、まるで知らない人みたいなチーフが立っていて、
そのチーフに促されて階段を降りると、
夜風にドレスをなびかせた、まりな先輩が待っていた。
「はい、飴あげる」
ガラス張りの柵に寄り掛かるまりな先輩は、空に浮かんでいるみたいに見えた。
マリンブルーのドレスから、なまめかしくのぞく腕を私に差し出す。
手のひらに、赤いキャンディがのっていた。
「最高の舞台を用意したよ。愛しい高野さんに背中を押されて、ここから落ちるの」
夢見るような口調だった。
「…なかなか絶望してくれないから手間かかっちゃったけど、おかげで最高のラストになった」
まりな先輩はいつも通りで、バカな後輩をフォローしている時と同じ、優しい声音のまま微笑んだ。
この期に及んで、「先輩、大好き」って抱き着けたらいいのに、と思っている自分がいて、愚かすぎて笑えた。
何味かわからない、赤いキャンディを見つめる。
いつも。私を励ましてくれたキャンディ。
私を助けて、私に勇気をくれた、まりな先輩のキャンディ。
「全部、…先輩だったんですか?」
私の口元を覆っていた高野チーフの大きな手が離れて、
絞り出した声はか細く震えていた。
私にとっては、ただの飴玉じゃなくて。
希望、そのものだったのに。
「そうだよ。ここちゃん、簡単すぎて、…楽しかったよ?」
キャンディは、毒入りでした。
赤い毒リンゴを食べた白雪姫は、永遠の眠りにつきました。
「私、セキュリティ破るの、得意なの。知らなかったでしょ? 興味ないもんね」
そんな場合じゃないのに、
少しだけ、まりな先輩が寂しそうに見えた。
0
お気に入りに追加
283
あなたにおすすめの小説
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる?
「年下上司なんてありえない!」
「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」
思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった!
人材業界へと転職した高井綾香。
そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。
綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。
ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……?
「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」
「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」
「はあ!?誘惑!?」
「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる