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タクシーが道を変えると、
「…お前だからしたんだろ」
チーフがぼそっとつぶやいた。
隣を見上げた私の顔に手を添えて、長い指で涙を拭う。
「たとえ人助けでも。どうでもいいヤツにキスなんかするかよ。お前、本当にバカだな…」
チーフにそのまま頬をつままれた。
…痛い。
「お前のこと覚えていてもいなくても、迷う必要ないと思うけどな」
そうかな。
そうなのかな。
千晃くんの気持ちは難し過ぎて、
自分の気持ちでさえ難しくて、
どうすればいいかわからない。
オレンジ色の大きな月が、そっと見守るように昇り始めていた。
警察に届け出たら、警告してくれることになったけれど、基本的には自己防衛するように言われた。
自宅を知られているので、用心のため、チーフがマンションに連れて行ってくれた。
「飲め」
広いリビングのソファに私を座らせて、温めた牛乳に蜂蜜を入れたホットミルクを作ってくれた。
「…甘い」
温かくて、甘くて、優しい。
「るうはこれでイチコロだった」
チーフが自分にはコーヒーを淹れて、マグカップを持ちながら、得意げに私を見下ろしてきた。
るう。
…オンナの子の、名前。
ホットミルクを飲みながら目を上げると、
「世界一可愛い俺の姪っ子」
チーフは少し意地悪に口の端を上げた。
なるほど。噂の2歳児か。
…また同じ扱いか。
なんだか納得いかない気持ちでいると、チーフが冷たい濡れタオルを持って来て、
「…お前の次に」
バサッと私の目の上にのせた。
冷たい、気持ちいい、視界が遮られる。
…次。
次って、…次??
「冷やしとけ」
閉ざされた視界の向こうから、チーフの低い声が聞こえた。
「…あいつの記憶、不安定なんだろうな」
独り言みたいにつぶやくチーフの低音ボイスが、心を優しく包み込んだ。
「参考にはならないけど、認知症の俺の祖母は、日によって俺のことを完全に忘れてたり、急に思い出したり、別の人と間違えてたり、…状態はいろいろだったな」
弱った心に浸透して、潤して、慰める。
耳に心地よくて、身体中に染み入る。
濡れタオルの内側で、こっそりまた泣いた。
千晃くんの揺れる瞳。
ここ、って呼ぶ声。
つないでくれた手。
『俺、時々、どうしようもなく、…焦る』
千晃くんの中には、私の記憶が残ってるのかもしれない。
思い出したわけじゃなくても、
何かが引っかかったのかもしれない。
「…お前だからしたんだろ」
チーフがぼそっとつぶやいた。
隣を見上げた私の顔に手を添えて、長い指で涙を拭う。
「たとえ人助けでも。どうでもいいヤツにキスなんかするかよ。お前、本当にバカだな…」
チーフにそのまま頬をつままれた。
…痛い。
「お前のこと覚えていてもいなくても、迷う必要ないと思うけどな」
そうかな。
そうなのかな。
千晃くんの気持ちは難し過ぎて、
自分の気持ちでさえ難しくて、
どうすればいいかわからない。
オレンジ色の大きな月が、そっと見守るように昇り始めていた。
警察に届け出たら、警告してくれることになったけれど、基本的には自己防衛するように言われた。
自宅を知られているので、用心のため、チーフがマンションに連れて行ってくれた。
「飲め」
広いリビングのソファに私を座らせて、温めた牛乳に蜂蜜を入れたホットミルクを作ってくれた。
「…甘い」
温かくて、甘くて、優しい。
「るうはこれでイチコロだった」
チーフが自分にはコーヒーを淹れて、マグカップを持ちながら、得意げに私を見下ろしてきた。
るう。
…オンナの子の、名前。
ホットミルクを飲みながら目を上げると、
「世界一可愛い俺の姪っ子」
チーフは少し意地悪に口の端を上げた。
なるほど。噂の2歳児か。
…また同じ扱いか。
なんだか納得いかない気持ちでいると、チーフが冷たい濡れタオルを持って来て、
「…お前の次に」
バサッと私の目の上にのせた。
冷たい、気持ちいい、視界が遮られる。
…次。
次って、…次??
「冷やしとけ」
閉ざされた視界の向こうから、チーフの低い声が聞こえた。
「…あいつの記憶、不安定なんだろうな」
独り言みたいにつぶやくチーフの低音ボイスが、心を優しく包み込んだ。
「参考にはならないけど、認知症の俺の祖母は、日によって俺のことを完全に忘れてたり、急に思い出したり、別の人と間違えてたり、…状態はいろいろだったな」
弱った心に浸透して、潤して、慰める。
耳に心地よくて、身体中に染み入る。
濡れタオルの内側で、こっそりまた泣いた。
千晃くんの揺れる瞳。
ここ、って呼ぶ声。
つないでくれた手。
『俺、時々、どうしようもなく、…焦る』
千晃くんの中には、私の記憶が残ってるのかもしれない。
思い出したわけじゃなくても、
何かが引っかかったのかもしれない。
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